第34話:指先から伝わる鼓動
嵐が過ぎ去った後の、深すぎる静寂。
扉一枚を隔てて繋がれた手が、二人の魂を一つに結びつけます。
隣室から微かに聞こえていた剣鳴や足音は、いつしか止んでいた。
代わりに戻ってきたのは、冬の夜特有の、すべてを押し潰すような静寂だ。
私はリュカ様の寝室に続く扉のそばで、彼と背中合わせに座り込んでいた。
扉の隙間から、彼が差し伸べた大きな手が、私の震える指先をそっと包み込む。
魔法が使えないこの世界で、暗闇を照らす灯火は、この繋がれた手の熱しかなかった。
「……アイリス。眠れないか」
扉越しに届く、低く、掠れた声。
私は彼の手をぎゅっと握り返した。指先を通じて、彼の力強い鼓動が、私の速まった脈拍に同調していく。
「はい……。静かすぎて、自分の心臓の音が耳に障るのですわ」
「そうか。ならば、俺の音だけを聴いていろ。……俺がいる限り、お前の静寂を破るものは、すべて俺が斬る」
リュカ様の手が、私の指の間を縫うようにして絡みつく。
それは単なる保護ではなく、片時も離したくないという、飢えた男の独占欲そのものだった。
エドワード様の手は、いつも手袋越しで、触れ合ってもどこか遠い義務を感じさせた。けれど、リュカ様の掌は、厚い皮を剥ぎ取った生身の熱情を私に叩きつけてくる。
「リュカ様……。私、あの日雨の中で貴方に拾われて、初めて『温かい』ということを知りました。……この指先に伝わる貴方の熱が、今の私のすべてですわ」
私が囁くと、扉の向こうで彼が息を呑む気配がした。
不意に、繋がれた手に強い力が込められる。
「……アイリス。お前を一生、この離宮に閉じ込めておきたかった。針を持たせ、ドレスを刺させ、俺のためだけに微笑む……。だが、お前はもう、自分の翼で飛ぶことを選んだ」
リュカ様の指が、私の掌を慈しむように、そして呪いをかけるようになぞる。
「王都へ行っても忘れるな。お前のその指先に、この俺の鼓動を縫い付けた。どこへ行こうと、誰の前に立とうと、お前は俺の女だ」
指先から流れ込む、逃れようのない誓い。
恐怖はいつの間にか、とろけるような熱い昂揚へと変わっていた。
私たちは夜が明けるまで、一言も交わさず、ただ指先から伝わる鼓動だけを確かめ合っていた。
第34話をお読みいただきありがとうございます。
言葉以上の熱量を伝える「指先の鼓動」。リュカ様の重い愛がたまりません……。
「独占欲の塊のようなリュカ様が好き!」「指先の描写にドキドキする」と思ってくださった方は、
ぜひ【★★★★★】評価やブックマークで応援をよろしくお願いします!
次話、ついに逆襲の準備が整います。アイリスの最高傑作、完成へ。




