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鯉って何?

『やめとけやめとけ、顔だけ男じゃん』

『其の「顔」が好きなんだって』

『性格マジ最悪って噂だよ』

『良いの!顔で全部許せるから』




許す?


ありの儘の自分で居させて欲しい と請わねば、存在する事も許されないのか?

都合の良い理想を 決めつけられた人格を 他人のエゴを満足させる為だけに 演じなければならないのか?


むしゃくしゃする心を持て余し 帰途に就いていた初夏の夕暮れ

手を振るように さらさらと揺れる葉が、其処に在るものを教えてくれた。


深い茂みに覆われ 苔生した細い石段が下まで続いている。


何処か

世界の果てでも 異世界でも、何処でも良い 何処かへ連れ去ってくれたなら


階段の終点は 落胆の色に染まる深い水底だった。

肩を落として座り込む。

両足の間に顔を埋め、石段で塞ぎ込んでいた爽は 近付いて来る気配に気付き ―




「鯉子さん」


生い茂る木々の落とす影が、色濃く落ちる水の中に 白い羽衣がなびいている。

階段の下まで流れ着くと 水面に白い顔が覗いた。

大きな黒目 透明感のある白い体 美しい尾鰭を持つ此の鯉は、誰かに捨てられでもしたのか。此処には此の一匹しかいない。

飛沫を上げ、優美に舞いながら 鯉は、爽の投げたパンくずを一つ残らず平らげた。

水の中に手を入れれば すい と泳ぎ寄り 猫の様に、何度もしなやかな体を擦り付ける。


「鯉子さん 俺の事好き?」


言わずもがな。こうして、度々餌をくれるのだ。「餌をくれる爽が好き」なのは間違いない。だとしても

鯉は爽に理想像を押し付けたりしない。純粋に、ありの儘の姿を見ている。


― 僕 貴方が好きです


   やめろ


どうせ 一時の気の迷いだろう? 最後には




「うわ!?」

かか と走る稲光に ぼんやりと歩いていた爽の口は、思わず短い悲鳴を上げた。

石畳の地面の彼方此方へ 小さな斑点がばら撒かれる。


― また 明日も会えますか?


別に

此処を通る必要はないが 人通りの多い道より、人気のない公園の方が 自身の心が落ち着く。言われたから来たのではない。唯の帰り道だ。逡巡する足に、そう諭して歩き出す。

昨夜 奇妙な少年と出会ったベンチには

誰も居なかった。

想定内。居たのだとしても 此の荒天で、見掛け倒しの相手が来るかどうかも分からないのに 待つ選択をする筈がない。


勝手に想いを投げ付けて 勝手に走り去って    勝手に 心変わりする


居なくて良かった。


綺麗な言葉は嘘に 汚い言葉が真実になる瞬間を 此れ迄に何度も見て来た。


もう、是れ以上 掻き乱されずに済むではないか。浅ましい想いは 此の雨が洗い流してくれる。此の風が 昨夜の出来事を、空の彼方まで吹き飛ばしてくれる。

何も お馴染みの展開に、必要以上に傷つく事は無い。


「待って下さい!!」


公園の中央に 幅広の縁に囲われた、真円形の石造りの噴水が在る。水面に無数の礫を打ち込む、叩きつけるような雨が 噴き上がる水柱と混じり合い 溢れ出した水は爽の足元まで流れて来ていた。


声の主は


「ああ良かった!

「雨が降って来たのでどうしようかと


どうしようかと ― 思って、噴水に入って待つ事にしました?


   いやいや 待て待て

   おかしい 何かおかしい


「あ!!」

少年が急に声を上げたので

「え?!」

呆然としていたのが、反射で我に返る。

「大変です!!誰かこっちに来ます!!」

噴水に浸かる奇行をしているのは、少年の方なのに

「… な

「他人事かよ!早く出ろ!!」

あくまで他人事とは。

「は、はい!!」


   え


少年は縁に手を掛けると 壁を飛び越える様に体を横に倒し

肌に張り付いた、シャツよりも白い裸身 否 魚身を露わにした。




「だから早く帰ろうって言ったのにいー!!

「アンコールなんて言うから!!」

「自分こそノリノリだったじゃん!!」

ずぶ濡れの鞄を頭上に掲げ、女子高校生が雨音に負けない喧騒を響かせる。

稲妻の破裂音に絶叫で応えた二人の足は、更に速まった。


少女達が駆ける足音よりも、もっと速く 鼓動が高まってゆく。




此れは 現実なのか?

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