EP 98 君は星のよう。
この世界と、あの世界の狭間に違和感を感じる。
何かがおかしい。この世界の終焉を初めて見た時と同じように、おかしさが、引っかかる。
普通であれば、この九百年間生きてきた俺の記憶と、信用はしていない七百万年の記憶。
その中に生まれたいくつもの世界での終焉。それは、今とは違う、もっと無機質で、生命の対義語を具現化したような、セカイに反する存在。
そんなようだった。ただただ冷たくくすんだ鉄のような、そんな物質であった。
ただ、今は……
「和人! あいつ勝てないよ! どうすればいい?」
「簡単だ。建物を使え。遮蔽物が建築レベルにもなれば、ほとんどの魔力探知は不可能だ。数少ない可能性に賭けるしかない」
「わかった、でも……」
「いいからやれ、とりあえず生きることを最重要事項として戦え」
「……わかった。行ってくる!」
この幻のラシュトールの冷たい空気が、状況の悪化を知らせる。
違和感はそれだけが原因ではなさそうだ。
終焉は大空に根を刺している。
ユズがここに迷い込む前、
今の世界とは違う世界だった。
ラシュトールではない別の世界。
死んでから5時間ほどたったのに、いまだに復活の予兆がない。そんな俺はこの幻想の中でさまよっていた。いくつもの「終焉世界」で戦闘もあれば、暇もあった。
俺の手から零れ落ちた、小さき命の幻を追いかけ続けた時もあった。
そんなことで思い詰めて、ただ下を向いて突っ立っていると、ユズと「和人」の戦闘の音だけが耳に入る。
……ユズ。強くなったな、というかなりすぎだ。「和人」との攻撃の音が完璧すぎる。
何があったのだ。という疑問を捨てた。
ふと見たユズは安定して飛行していたから、生命等級と関係があるだろう。
俺が初めて見た終焉も今のユズも変わってしまった。
かつてきれいだと馬鹿みたいに笑った世界も全部、変わってしまった。
俺自身。変わったのだろう。
俺が迎えた、人生初の死の前、俺は何を思っただろう。
気が付けば、あたりはまた別世界を映し出していた。
東京の、ようなうるささもなく、埼玉のような静寂もない、そんな世界。空は見えなかった。
分厚い雲が空を覆い、その隙間からはおそらく聖天地のような、巨大な浮遊大陸。
そういえば、高さを調整しなければそろそろ地球が持たないな。
「和人!」
「どうした。ユズ」
「あの和人がいなくなったの、それになんか周りもおかしくて……これって戻ってきたのかな」
うれしそうな声をしながら悲しそうな表情だ。
あふれるユズの感情が少しだけ、見えるように感じられた。ここから10kmもないところには都心だろう。
俺らは渋谷のスクランブル交差点近く、俺が墜落した場所へ向かった。
ユズの願いだ。聞いたわけではないが、少なくとも、その震えていく声と、目に溜まる結晶がそう叫んでいた。
なぜそこに行くのか、というのも、きっと「お母様」に関する事だろう。
「ユズ。大丈夫か」
「うん……大丈夫」
「ならついてこい」
俺は歩き出したが、ユズは動かなかった。
数歩歩いて、その事実に気づいて、振り返った。
「どうした? 歩けるか?」
「……」
黙ったかと思えば、今度は崩れ落ちた。
「大丈夫か?!」
「……おんぶして」
甘い声、頬をゆっくり伝う涙、いつもかわいい表情。そのすべては俺を誘惑し、断れなかった。
「よいしょっ、大丈夫か?」
「うん……」
少し、いやかなり柔らかいのが当たり、年頃の体をそそる。
数十分経つと、ユズはぐっすりと眠っていた。
向こうの、本当の世界での戦闘で何があったのかは分からない。けれど、ずっと恐ろしく激しい戦闘が繰り広げられ、文明のほとんどは消滅していただろう。そして、何よりユズのことだ。どうせ自分が一番傷ついて、消耗していたのだろう。
あと半分くらい。だと思う。「世界」は次々に世界を変えていく。持続しながらも、世界観が細かくなっている。どういうわけか、俺の過去に見た名所も、戦争に赴く前の景色もロードされている。
戦前がある。というのは、ユズの世界とは別の世界だ。
「……和人ぉ」
「ユズ? 寝言か」
「お母様ぁ……これが和人だよぉ……えへへぇ……」
かわいい、うん。かわいい。
ユズの知らない、俺の知ってる世界。
魔法で溢れ、技術で溢れ、仮初の平和を繕う世界。
飛び立つ鳩は、やがて狩られる。
どこか知らない場所で苦しむ少年少女の声は、「生きるのがだるい」という少年少女の声で消されていく。大人もそれを知っても動かず、ただの偽善に手を合わせ、平和を願うだけである。
単なる偽善者の集まりが、やがて国となっていく。文明となっていく。
痛みを忘れて、自分を殺して、"普通"を演じる人生の中で、君は何を思う?
差別が飛び交う街の中、雨に打たれたあの日を思い出す。
小5だったあの頃の記憶は今や鮮明に掠れている。
やっとのことで歩き出した俺は。
「君」のために成れるのか。
今日も明日も明後日も、人は夢を見て希望を抱く。
苦しむ人なんて知らんぷり、ただ脳内でセーフティかけて生きている。
こんなに優しい「君」も同じなのかな。
夕陽が空から逃げようと、必死にかけている。
夜空は陽を追い、行かないでと叫ぶように月は輝く。
今から約1年と半年前世界の息は途絶えたのだ。
この世界の生命の根が絶えたのだ。
たった一人の、悲しき人間によって。




