EP 97 遊泳
意識を失って、私は宇宙のような空間にいた。
ここが宇宙なのかはわからないけど、何かがあるのはわかる。
意識不明の中、私はただただ浮かんでいた。
この空間では、意識がないというより、意識がもうろうとしているだけだった。
少し、懐かしい声が。この空間に、脳に響いている。
母のような温かい声。でもお母様ではない。知らない人の声。
何と言っているのかはわからない。歴史について語っているのだろうか。それとも、絵本を音読しているのだろうか。あまり見ないから、よく知らないが異世界系アニメのような、予言のような伝説のような……
「……運命は。どうして私たちを拒むの。和人」
朦朧とした意識の中はかれた言葉は、どこかで響いて消えていった。
だんだんといろんな人の声が聞こえる。
小さな子から、老人まで。何も共通点はない。
ただ一つ、あるとするなら。その声たちが、戦火に吞まれていることだけだ。
不思議と、鮮明に浮かぶ、崩壊した大地があった。
消えゆく文明があった。嘆き倒れる海があった。ただ、見守ることしかできない空と、願うことしかできない人間がいた。
「かずと……?」
はるか上空で、灰色の軍服に包まれた少年がいた。
その姿は完全に和人そのもので、ほかの誰と言われても納得ができないほどだった。
でも、様子がおかしい。
動きにくいはずの左手に刀を持ち、崩れた大地を望むその目は、終焉とそっくりである。
あの皆既月食のような。そんな黒い瞳が。近づいてくるようだ。
私は、この世界を、幻想であると理解した。
これが幻想。この世のすべてを映し出す存在。
誰にもあらがえない。宇宙の理。
「幻想」
ずっと和人らしき少年を見ていた。
どうやら、ここは和人の引き起こした、終焉世界のようだ。
今から何年前のことかはわからないが、確実に過去の世界だ。
……沈黙が続いて少しした後、1発の強力な魔法が、空に浮かぶ少年を巻き込んだ。
大きな爆発とともに衝撃波が大地を大きく揺らす。
その衝撃か、私も地面に落ち、自由に動けるようになった。
魔法も使える。言葉も話せる。意識もある。身体もしっかり動く。
しかし、あの少年が気がかりだ。
「どうすればいいんだろう———」
つぶやいた直後。その少年こと、軍服を着た和人が、もう直ぐ目の前におり、確実に仕留めるという意思を感じた。
まずい。このままではこの攻撃をモロに受けてしまう。
そう思った。
でも。彼を信じた甲斐があった。
「不意をつくとは。随分と合理的だな。俺」
「和人……!」
「でも残念。今の俺に"俺"は勝てない」
片手でバリアを張り、余裕な表情。
腕を組んで仁王立ちした彼は、こちらを振り向いて言った。
「久しぶり。ユズ。どうやって迷い込んだかは置いといて、ひとまずこいつをなんとかしよう」
「う、うん! 和人! 会えてよかった!」
そう言って。私は強く、大きな背中を抱きしめた。
ユズに説明する間はなかった。
どうやら、ユズは"向こう"で気絶したようだ。
そして強い意志があったから、ここへ流れ着いた。
俺の意思は、拒否された。
復活したいという、「再生の意思」
世界に拒まれたその意思は、結晶となって現れたようだ。
この世界は、おそらく俺が過去に破壊した世界だ。
しかもここが「ラシュトール」そう。俺らのいた場所、いた世界だ。
ミライと出会った世界だ。
……そんなことより。ユズの事で頭が一杯だ。
おそらく気絶したのは、あの魔族によるもの。
手刀で俺の首を切ったあいつが直接、もしくは、その抵抗時にかかった負荷によるものだ。
絶対に殺す。
生かしてはならない存在だ。
「ユズ。早く"俺"を倒して、世界へ戻ろう」
「うん。もちろん!」
顔を合わせ頷いた俺らは、同時に剣を握った。
「行こう」
掛け声とともに、一斉に地面を蹴り上げる。
刀身に魔力を付与し、世界は大きく燃え上がる。
もうすでに幾つもの死者と、火災を引き起こしているこの幻想。
たとえ偽物の魂であれど、俺はここで戦う義務がある。
———何のために闘うの。和人。
知らない声が、脳裏に響く。
途轍もなく不快だ。
———どうせ無意味よ。
「ユズ、あっちに聖堂があるようだ。そこの広場なら、魔法が放ちやすい。任せたぞ」
「分かった! いつものね!」
ああ。懐かしい感覚だ。
知らない声も、この戦いも。会話も。
またユズに会える。ユズを抱ける。いっぱい話せる。
そう考えると、より一層。早く仕留めたくなってきた。




