EP 96 結晶。
冷たいラザニアの目は確実に殺すという意思表示に他ならない、
さあ、何を選択する。ラザニア。
私へ殺意を向けたところで、私も殺意を向けているのだ。
それみこれまでにないほど、もし私が彼であれば、きっと世界事滅ぼすほどに。
私は彼女を恨んでいる。
確実に殺す。
お前を殺す。
剣を握れ、ユズ。
この先にある終焉も彼女も。葬り去るのだ。
【号哭】
この地に浮かぶ魂とともに、彼女の額を貫いた。
この刃は、決して高級品でも何でもない。少しほころびた、彼の失敗作だ。
武器庫にほこりをかぶされたまま、銀色に輝く刀身が、のうのうと生きる魔族を殺すのだ。
「……どうして、どうしてそこまでするの? 人間。神楽ユズ」
「お前が和人を殺したから」
そんなこと。言われなくても分かるだろう。
いいや。分からないか。
魔族だ。
理由も、意味もなく人を殺す種族だ。
「愛? これが愛の形?」
狂ったように目を見開いて頭を抱える。
少しどころかかなり気味が悪い。
咄嗟に投げたのはいいものの、どうやってあの剣を抜こうか。
「人間って不思議。ねえユズ?」
「……?」
「愛って何? どこからくるの? どうせ無意味じゃない!」
愛とは何か。人間にだって分からない。
「分からないよ。そんなこと」
「そう……」
ラザニアは静かに納得すると、また疑問を投げかけた。
焦げ臭い匂いに気を取られないよう、気をつけなければならない。
この異臭は、少し魔力を感じるからだ。
「理由もなく人を刺したの?」
そう言うと彼女は刺さった剣をゆっくり引き抜いた。
血の滴る音と、肉の裂ける音が重なる。
少し、記憶を呼び覚ますように、まるで私の過去を知ってるかのように、ゆっくり引き抜き、手が伸び切ったところで今度は刀身を掴み、また血だらけの手で引き抜いていく。
ああ。記憶と重なって行く。
あの思い出したくのない記憶が。
一瞬にして、友達も世界も失ったあの日が。
———でもそのフラッシュバックは、彼の声で消え去った。
生き返ったわけではなかった。
けれど、呼び覚まされかけた記憶の中に、彼との出会いと過ごした日々、温かい声が待っていたのだ。
『ユズ。この豆は、少し酸味が強くて———』
ぼーっとしていた。
目の前にいる和人に、見惚れていたのかもしれない。
『ユズ?』
『あっごめん……何?』
『……少し、休憩しようか。まだ魔法の負荷が多いのかもだしな』
『うん分かった。隣にいて』
いつも言わない言葉を、所詮幻の彼に投げかけて、そっと袖を掴む。
彼はにっこりと笑うと、少し待っててと合図を出して、ソファで私を待たせた。
不思議だ。
幻なのに、現実のようで、どこか、温かい。
まるで今の戦いを忘れさせるように。
『はい。コーヒーだよ。あったかくてミルクを沢山入れたから』
『……ありがとう』
この時期ならば、結愛も居て魔法の訓練をしていた頃で、本当ならあり得ない状況だ。
でも今のこの景色から想像するに、私の脳が、限界を迎え幻であるものの、世界を創り上げたのだ。
記憶を基に、全く同じような違う世界を創り上げたのだ。
少し。悲しい。
泣きそうだ。
『ねえ和人』
『どうした? 冷たい方が良かったか?』
『いや、そうじゃなくて……』
『なら、なんだ?』
こんなイチャイチャ。あり得ないのに。
これも幻想なのかな。
そう思いつつ私は彼でない彼に質問をした。
『私が死んでも、和人が死んでも。愛してくれる……?』
『……もちろんだ。絶対に死なせないよ』
『ありがと。嬉しい』
『なら、どうして泣いてるんだ?』
全く。おかしいな。最近の私は。
生命等級に変化があって、しっかりと考えることができて、冷静で———
本当に。私なのかな。
生きるべきは、私なのかな。
……もういいや。
「ユズ!」
泣きながら倒れた私に真っ先に声をかけて駆け寄ったのはフィエールさんだった。ミライは少し遅れて、バリアを展開した。
「大丈夫。だといいけど」
フラフラしながら、力の入らない私はフィエールの方を掴んだ。
「あら? どうしたの人間?」
「なんでもない……から……」
めまいもする。
ただ少し、違和感を感じた。
フィエールさんの肩がいつもより不安定だ。
「殺す……チャンス……!」
目を見開いて、大きなエネルギーを感じたのもほんの少し、あっという間に世界は真っ白に閉ざされた。
攻撃をもろに受けた。
ミライのバリアで命は助かったものの、立ち上がるのが困難な上、ミライもフィエールも負傷した。
「……もう、これで終わりなのかな……和人―」
その後、私は意識を失った。
でも少しだけ。和人の気配を感じた。
結晶となった魔法が、私たちを守るように地面から生えてくる。
それが、私の視界の最後だった。
高熱と呼吸、心拍の上昇、気だるさ、全身の痛み、極度の耳鳴り。
それらを感じ取ったのち、完全に意識は遮断されて行くのを感じた。
視界は真っ暗で、耳は聞こえず、感覚もなく、先ほどの焦げ臭さも消えて行く。
本当に。終わりかな———




