EP107 人は希望を眺める
感謝を叫んだ。
「ごめんなさい」はまた明日。
君は俺を見て、笑った。その笑顔は天使のようで、本当に、生きてて良かった。
———歯車が軋む音がした。
『最終警告。崩壊因子濃度が臨界へ到達。まもなく次元異常が確認さ———』
突如として流れる警告音。
赤く光出す世界。
慌てて転ぶクレリア。
「和人様! 逃げてください!」
転んで倒れたまま、立ち上がりながらクレリアは叫んだ。
逃げたとしても、ここは宇宙空間だ。
もう。母船内に逃げ場などない。
彼女も分かっているはずだ。
何より、この方舟の設計者でもあるのだ。一番分かっていると言っても過言ではない。
それなのにどうして。そう考えると、一つの答えに収束した。
『人間だから。』
ただその一つの言葉でまとまってしまう。
人間は複雑なようで単純だ。
「ユズ。どこかへ逃げよう」
「脱出ポットが有ります。今あるのは……4km先です」
「……うん。でも私ちょっとまだ動けない……」
忘れていた。ユズは病人だ。
「……じゃあおんぶしよう」
ユズを抱えて、クレリアと顔を合わせる。
「こちらです!」
リアを追って、近くの車へ乗り込んだ。
ガチガチカスタムのスポーツカー。
黒いくすんだラバー塗装は淡く光を反射する。
男は全員好きだろう。
「私の私用車です。ですが和人様。運転をお任せしても?」
「俺が? 久しぶりだけど大丈夫かな……」
「多分大丈夫です。私は後ろで解析を行います」
「分かった。ユズは辛かったら言ってくれ」
「うん」
ユズの小さな返事の後、エンジンを掛ける。
俺が一体幾つのレースゲームで優勝したと思っている。
脳の演算を最大限に。
崩れ行く方舟を駆け抜ける。
『———4km先の脱出ポットが使用不可能に。残り時は31km先です。』
先を越されたようだ。
エンジン音は高鳴り、「この感覚は久しぶりだ」というように叫ぶ。
MT車の運転は慣れていないが、電子制御によって上手くできている。
地上滑走を終え、空中道路となる。
東名高速道路の幼い頃の勘違いが具現化したようだ。
「和人様……」
クレリアの発言が、車を止めた。
何度か回転した後、完全に車は止まった。
———何故か。
という問いに、見ればわかる。と返したい。
既に脱出ポットどころか、方舟の半分以上が消滅している。
これが「崩壊因子」
あらゆるものを崩壊させ、世界を黒く染め上げる、終焉の手下のような存在。
薄らと見えるはずの透明な道路も、"存在していなかった"
静寂をエンジン音が貫く。
やがて停止する。オーバヒートだ。
旧式エンジン。つまりガソリン車のようなものだ。古き良き物に、故障などつきものである。
聖天地の結界のようなものを出しても、数時間しか持たない。
「どうしましょう。このままでは……」
クレリアが頭を抱える。
ユズは黙って外を眺める。
俺は演算を加速させた。
演算の速度や正確性は、魔法の威力や効力を強くする。
しかしいくらやっても近くの惑星へ到達するには程遠い。
どうすればいい。
そう考えていると、複数の光が遠くで光るのが見えた。
その刹那。方舟より更に大きい、別の母船が目の前に現れた。
その大きさはざっと地球の2,5倍。
周りには、青白く光る結界が貼られている。
たださえ広いラシュトールをはるかに上回る方舟は、何機かの応援を出動させる。
「……どうしてここに」
クレリアがそう言う。
言動から、これが異常事態であることは分かった。
「ねえ、他のみんなはどうなったの?」
ユズの発言が、ただでさえ寒い宇宙空間を更に凍えさせた。もう半分以上が消滅していて、酸素もないだろう。母船の人も、エールの者たちも皆……
すると、一気の見慣れた飛行船が飛んでいた。
10人乗りの調査船。レシオが乗っているのだろうか。
突如として現れた方舟の中へと入って行くのが見える。
近くで爆発音が聞こえる。
発電部へと繋がるパイプ。可燃性の燃料が中には通っていて、住民用の電力へと変換される。
それが、爆発した。
宇宙空間での爆発は危険。
何故か。
無重力が故に、自分の方へと破片が飛んでくるからだ。
まだ重力装置は稼働中のようだ。
しかし、ダークエネルギーが侵食した場合、こちらへも被害が及ぶ。
いっときの爆発か、と思ったが数秒後。
「伏せてください!」
クレリアの叫びで、頭上の爆発を凌いだ。
まだ遠く、重力装置があったからなんとか無傷で済んだが、もし破壊されてしまえば……
きっと、二人は危なかっただろう。
とりあえず、あの応援が来るのを待った。
そろそろ重力装置によって母船が崩れそうだ。
「和人……あれ」
隣にいたユズが囁く。
指の先には、少し小さな方舟があった。
ただ。ユズが見たのはその奥。
希望の先に在った物。
———絶望は、希望を覗く。
(補足:ダークエネルギーとは、宇宙のエネルギー量の9割以上を占めるとされている推定の物質。解明されていない。しかし和人は知っている模様)




