EP 106 静寂、感傷、混沌。謝罪、感謝。
ユズの心拍のたびに、甲高い電子音が鳴り響く。
あり得ないほど静寂に包まれた夜。
一歩も踏み出せず固まる俺と、泣きわめくことをやめないクレリア、そして、だんだんと間隔の短くなっていくユズの心拍数だけがあった。
このままユズは——
そう考えると、涙があふれた。
当然だ。
君の笑顔が見たいからって、たくさん振り回して、たくさん泣かせて……
俺は知っている。知っているよユズ。
君が、母のことを、愛する家族のことを、親友のことを。想いながら、毎日夜におぼれていることを。
行き場をなくしたんだろう。居場所がないんだろう。砂に埋もれたんだろう。
それでも知っているよ。君は優しく美しい人間で、世界には、俺には君が必要なことを。
だからお願いだ。目を覚ましてくれ。もう一度笑ってくれ。
何もない部屋に。静寂が響いた。
窓の外の星はもう、ほとんど姿を消している。
「ユズ……」
立ち尽くして、ユズとクレリアを交互に見る。
ため息を吐いた。
手が震える。
どうして。こんなことになったのか。その答えは誰にもわからない。
「40」と、心拍数を表すホログラムが。心を殺す。
憶えていた温もりも、まだ知らない暖かさも。すべて、消えていくのだろうか。
それでも、君のおかげで許せる気がした。
俺を置いて逝く君へ、憎しみなんて抱かない。抱けない。
「ユズ。君の夢は何だったのかな——」
涙の混じった声で嘆いた。
同時に生じた白い息は悲しそうに消えていく。
冷たくなった青白い手を握る。
気が付けばクレリアも、同じように握っていた。
ただじっと。不幸が過ぎ去るのを待った。
俺は、ずっと。己の無力さと、この世の残酷さに打ちひしがれた。
やがて、今回の件での戦死者が発表される。
全58ヶ国。およそ13億人の尊い命が失われ、その最後に、フィエールとミライの名が呼ばれた。
現実をたたきつけられた俺は、さっきまで静かに泣いていたというのについに声まで漏れてきた。
ふと、シズの方を見る。
白衣に身を包み、シワのできたニットに少し伸びたジーンズ。
首の下。鎖骨あたりが、赤黒く変色している。
ただ不自然に肌色がある。湿布のようなものか、まるでその跡を隠すように貼ってあるが、少し端っこが剥がれている。跡もその隙間から見えたものだ。
終焉のような。恐ろしく不安定で危険なものと感じられる上に、若干の終焉を感じる。
こんなところまで終焉は迫っている。
世界の息苦しさに、もう押し潰されそうだ。
哀しみの感情は、やがて怒りへと変化していく。
ユズを抱きしめて、回復魔法をかけ続ける。
意味のないことだと。わかっている。
分かっているさ。それでも、希望を持つのが人間だ。
どうせなんの意味もない、科学的根拠もあるわけでない。ただの感情論だ。
『想いがあれば人は救われる』そんな醜い綺麗事を、今だけは信じた。
更なる感染や中毒を防ぐため聖力で行った。
結果はボロボロだ。
怒りは満ちる。
陽の光を浴びれずに朽ちていく体は、自分の責任であるのだ。
かつて起きた、「終焉」と言う大厄災。
その名の通り世界の終わり。
アポカリプスでも、ラグナロクでもない、真の終焉。
それですら、俺の責任であったのだ。
戦争の話、大災害の話ををするたびに不謹慎だと叫ぶ人々を眺めながら、それが誰かの"日常"ということを思い出したあの日々を、きっと誰かは知らないのだ。
ただその誰かは、それを知って、きっと。
知らない人を侮辱する。
それは負の連鎖。
それは人の性。
『お疲れ様。和人……』
暗い部屋に、父と母がいる。
実家だ。久しぶりにきたな。
俺は灰色の軍服を着ているようで、父の優しい台詞から、帰還したと分かる。
13という若さで空軍へ配属された俺は、多くの人を殺した。
もちろん民間人は……と言いたいところだが、殺さざるを得なかった。
(一体何人"楽にした"のだろう?)
そう思えば、より一層自己嫌悪する。
13という若さ。というのは、身体能力、学力、魔力適正、精神的強度、聖力適正が極めて高く、世界でも数人程度と言われる者しかこの年齢で配属されることはない。
俺のようなものは数人居た。
その全員に、自分たち専用の衣食住に加え、専用の兵器も与えられる。それは職人の手作りで性能は勿論、使いやすく、文字通り秒で体に馴染むものであった。
ただ、俺を除く皆が死亡した。
6人の内2人が戦死、残る3人はそれぞれ、精神病による衰弱死と、事故死であった。
東京や大阪、福岡、加えその付近の都市などを除いた郊外は焼き尽くされ、毎日のように遠くには煙が上がって、花火が聞こえる。
軍事施設の効力範囲外だったのだ。
俺にはわからないが、何があったのかは分からないが、戦争が止むのは16を終えた翌日。
12月7日。
天皇陛下の放送によって終戦が告げられた。
2度目の玉音放送。それはもう。真実だと言うしかなかった。
その後見たニュースは、日本を除いた多くの先進国で、内乱やテロ、さらには経済の崩壊が続いた。
前から分かってはいた。けれど、あまりに同時過ぎた。
『———警告。警告。船内の崩壊因子濃度が上昇中。原因の特定、対策を』
過去を見たのは、その放送によって打ち切られた。
我に帰った俺は今、医療用ベッドをを引き裂いていた。
内部のスプリングが驚くように顔を出している。
呼吸が不安定で過度になっている。
心拍も同様だ。
ユズは……目を。覚ましている。
「……和人?」
心配をしている。
小さく甘い声。
思わず抱きしめる。
良かった。
生きていて良かった。
赤い光に照らされて、俺は大声で泣いた。
多分、外へ響いていたと思う。
何時間。経ったのか。
そして何より、この警告は何をを意味するか。
そんなもの。判り切っている。
ただいまは、「崩壊だ」とか、「ごめんなさい」だとか、そんな言葉より、どの言語にも存在する、すべての生命に唱えるべき言葉を。この、小さく可愛い子に与えるべきだ。
「———ありがとう。生きてくれて、ありがとう!」




