EP 103 ——そうして世界は滅ぶ。
また、落ちていく。
『……助けて、和人……もう無理だよぉ……』
ユズの、弱い声が聞こえた。
いつの間に、世界へ戻っていたのだ……俺は、この世界に戻っていいのか。
本当に、還ってきてよかったのか。
体の動かない原因は、再生がまだだったようで、終焉や幻想等の影響ではなかった。
目を開ければ、もう重力どころか、物理法則そのものが崩壊していた。
空に白い線が幾つもあった。
それは「世界繊維」と言うもので、世界が死を迎える際、苦しみを低減させる役目も果たしながら、最期の時を使い、再生を目指すものでもある。
幾つもの役目を持っている世界繊維は大きな穴になってしまえば塞がることは決してない。
加えて、その再生能力にはその時間にある世界への負荷によって変わる。
もう。この世界のは戻らないだろう。
しかし幸いなことに、まだ一部のみがちぎれている状態だ。
ならまだ勝算は……
『和人……お願いだからぁ……』
世界に響くユズの鳴き声。
ああ、あんなところに蹲って……
小さくなったユズは、全方位から魔物が押し寄せているのにもかかわらず、頭を抱えて、武器を置いた。
もう彼女は戦えない。そりゃそうだ、彼女は強い、けれどそれ以上に、彼女への負荷が、残酷な世界が強かった。たったそれだけの事。
目の前に敵がいくつもいて、後ろで仲間は死んで、もう足は動かなくて、手は震えて、何も聞こえない。
そんな彼女に、俺はなんていえばいい。
『頑張ったね』
それじゃあ俺は何もしていない上に、人ごとのようじゃないか。
『大丈夫だよ』
大丈夫なわけないだろう。下手すりゃ恒星系ごと消し飛ぶんだぞ。
『俺がいるよ』
俺がいるよじゃねえよ、俺がいるからこうなってるんだろうが。
『一緒にやろう』
最期に思いついて、結局たどり着いた答えはその言葉だった。
そもそも正解などないのだ。正解なんてあるわけないのだ。
もしこの世に『正解』があるとするならば、きっとそれは今すぐ世界を滅ぼして、だれも苦しむことなくその存在を終わらせることだろう。
……どうすればいい。俺は。
ただひたすらに落ち続ける。
もう体は動くというのに、動こうとしない自分が憎い。
いつまでも弱音を吐いて、結局死者を大勢出して……ユズもきっと。
——そんなのは嫌だ。
だから俺は往くんだ、逝くんだ、かつて臨んだ、美しい世界のために。
「ユズ。もう大丈夫だ」
目を開けて、ユズがおびき寄せてくれた魔族。ラザニアを殺す。
手を伸ばせば、終焉に呑まれた左腕が激痛を催す。
悲鳴を上げながら、必死で魔法を唱える。
なあフィエール。ミライ。
俺はこんなんでいいのかな。
お前らなら、どうしたかな。
『なあフィエール』
脳裏によみがえる、フィエールとの記憶。
サテウス中央王国にて、多くの言葉を交わしたあの時。
王国領の最東端、セルニア国立公園でのこと。
当時、ユズと結愛は都市へ出かけていた。
エリアは仕事のため会わず、二人で今後を話したあの時間のこと。
『——っていうのが私の考えだ。……和人?』
ただぼーっと、フィエールの話に耳を傾けながら遠くを見つめていた。近頃の終焉の影響か近くに人はおらず、二人だけで木の下に座っていたのに、一人のように感じてた。
『あ、ああごめん、ぼーっとしてた』
『そうか。なあ和人』
フィエールは少し暗い顔をして、俺に質問を投げ掛けた。
『ユズが、もし死んだら、お前はどうする?』
『……は?』
思わず驚きの声が漏れた。
『す、すまん。別にいやがらせとかではないんだ』
そう謝るフィエールに、俺はなんて返したっけ。
ああそうか。俺は——
「ああ、救世主!!」
こちらを見上げ、両手を広げるラザニア。
目は見開いていて、まさに狂気を覚えさせる。
「左手で」抜いた刀は白く輝き、空間ごと切り裂きながらラザニアめがけて一直線。
『俺は、ユズが死んでも、ユズを愛すよ。そして、二度と俺と同じ感情を抱くものを作らないようにする』
その答えが、正しいのかは分からないが、俺はこのラザニアの体のように、この意思を貫き通す。
しかし、ラザニアの死を見ることはなかった。
というのも、切り裂いて地面に到達した直後、もうすでにラザニアの体は消えていたからだ。
死んだのかすらもわからない。もしかすれば、転移魔法か何かで逃げたのかもしない。
何もないはずの空間から、ラザニアの声が聞こえた。
『終焉ノ執行官第十位執行官。ラザニア・ラグロス——』
『……』
死んでなかった。
彼女はまだ生きている。




