EP 102 帰らぬ旅人。
終焉が声明を飲み込んで、まだそれほど時間もたっていないだろう。
でもどうしてか、何かを失った気がする。
とじた目を貫いた閃光が、命のように感じた気がする。
……。
もう会えないのかな。
だなんて、仮にもなんとなく見当はついているけれど、考えるのはやめよう。
時が歪み、空が点滅し始める。
太陽がぱっと出てきたと思えば消えていく。それは回線の悪いゲームみたいな挙動をしていて、世界の終わりを感じさせる。
やがて体の感覚が戻ってきた。
冷たい風を感じ、時に水分を感じた。雲にでも入ったのだろう。
戦闘の音が鮮明に聞こえる。
でも、一つの聞きなれた剣の音と、戦闘機の出す音しか聞こえなかった。
ああ。きっと、あいつらは……
そう。「察した」俺は、静かに怒りをためた。
このあらゆる感情を一転に集中させた。
目を開けれた。
目の前に入った景色は、どこか、懐かしさを覚えた。
まだ体は動かないけれど、俺は君を見ている。君なら大丈夫だ。
ふと遠くを見ると、だんだんと黒くにじんでいくのが分かった。
その黒さは、正直、「黒い」というより、「何もない」に近いだろう。といういうかそのものだろう。
そんなものを見ていると、視界が白く濁り始めた。
空間のもつれに突入したのだ。
『……これでよかった、そう思えるな』
『いつ見てもこの景色は残酷だね。でも私たちがいたから、これで済んだのかな』
『ああ。きっとそうだ。彼が目覚めないと何も変わりやしないがな』
『……きっと、何とかなる。よ……』
二人は暗い顔をしている。
この時の俺に実体はなく、存在というより観測していた。
目の前に来ても、こちらへ気づく気配はない。
そりゃそうだ。死者は還らない。
旅人は旅をするから旅人であり、旅をしなかったら旅人ではない。
ここは……天国。冥界と世界の境目なのだろう。
そう思った。
『フィエール・ラ・アストリア様、ミライ様でよろしいでしょうか』
双子の天使が、二人へ話しかける。
間違いない。俺が記憶へ迷ったときに名付けた双子の天使。雫と愛莉だ。
元気で何より。ただ、前より傷ついているようだが。
それもそのはず。天使たちには、終焉により残酷な死に方をした者の目の前に現れ、その記憶を消し、かつて彼らが歩みたかった世界をできるだけ自然に見せているからだ。
きっと後輩たちも、同じ道をたどったのだろう。
そんな物語が、この世界だ。
世界へ戻った。
空が溶け出した。
何時間もたっていない。たったの一時間で、世界はここまでほろんだ。
……俺は。どこで間違えた。
そっと胸を撫でる冷たい風は、別れを告げるように去っていった。
瞬きの後には、だれもいなかった。
ごまかしてきた哀しさも後悔も、この閉じていく世界に置いていけたらどれほど良いものか。
俺は今日も夢を見る。
ありふれた幸福と、あり得ない世界を見ては泣いて。目を覚まして、再びその目を閉じれば見える景色は、きっと、もう存在しない世界の亡骸だ。
『あいつ何やってんの』
嘲笑交じりのその声は、俺の心を貫いた。
俺が誰かを悪く言えば嫌がるくせに、言われるのは嫌なんだな。
ちっとも変わってないな。お前ら人間は。
——いいや、俺もそうか。
誰かに笑われても、誰かが笑えるならそれでいい。
その考えは、今も昔も変わらない。
『和人様。お久しぶりです』
気が付けば、愛莉と雫が手をつないで目の前に立っている。
右手に必ず在ったバインダーもなく、手ぶらであった。
『久しぶり。この感覚は——』
『幻想です。あなた様の指示なので』
『そっか。そうだよな』
少し間を開けて納得した俺は、小さくうなずいた。
数歩踏み出して、両手で二人を撫でた。二人は少し微笑んで、顔を赤く染めた。
愛莉は受け入れ、雫は少し抵抗をした。
『頑張ったね。二人とも……俺は……』
『和人様……早くお目覚めになってください』
哀しそうに答えた愛莉。その瞳には、少量の涙が浮かんでいる。ただそれは、我慢しているように思えた。
『ここにいては行けません。来てはなりません』
『ごめん。でも……』
話すのをためらった。というよりかは、言葉を出そうにも溶けるだけで、言葉にならなかった。
息が詰まった。
夏が終わり、秋が終われば、花は枯れる。
でも、いずれ春は訪れ、きっと花を咲かせる。
たとえ人がいない場所でも、きっと咲いて、咲き誇って。人に見つかって、それは誰かの生きる意味へ変わる。
人がいなくても。俺がいなくても——
もう大丈夫なんだ。
和人。その門を通るんだ。そして、死を迎えよ。死を受け入れろ。
もう。終わりにするんだ。
だめだ。
ユズがいる、みんながいる。
戻らない人の犠牲が無駄になってはならない。
『か、和人様!』
慌てて駆け寄る愛莉に、雫は手を放さず、その行為を否定した。
「もう帰るよ」そう小さく囁いて、愛莉は察したのか下を向いた。
もう消えたい。
そう思っても、消えることは許されないのだろうか。
「逃げてもいいよ」「もうあきらめなよ」「全部無駄だよ」そんな声が、絶えず脳に木霊する。
きっと、俺が滅ぼした世界の誰かの魂だ。
『……俺……は、もう….…』
泣いた。
気が付けば二人はいなかった。
こんな時。俺は後悔する。
『あのとき、反抗すれば』
そう思うのだ。
それでも、この贖罪が誰かのためになるかわからない。
旅人が還るとは限らない。




