EP101 呑まれ往く。
ユズも、フィエールも、ミライも。こっちへ来ているのが分かった。
不思議と体は動かない。気絶して、目を閉じてて、それなのに鮮明に見えた。
終焉はユズを見た。
「きゃああああああああああ!!!!!!!」
瞬く間にユズを攻撃、左手をつよくえぐられたようで、血が噴出している。
フィエールの助けと、ミライの再生魔法で意識も命もをとりとめ、何とかなったみたいだ。
よかった……と言えば嘘になる。
……依然として体は動かぬまま、垂直に落ちていく。
重力はすでに崩壊していた。建物のがれきを持ち上げ、川は上への流れ、陸の終焉に近いところはすでに何百メートルと浮遊している。
もう。再生はできない。世界は死んだのだ。
だから終焉も、消えることはない。自然消滅はあり得ない。
世界は終焉を迎えた。こうしてまた一つの世界が過去になった。
星の瞬きは一瞬で、感謝する間もなく消えて散っていく。
遥か彼方、声の届かない場所に消えゆく世界は、それでも巡り合える。
もし君が、大切な人へ声が届くのなら、なんていうだろうか?
俺は……
『助けて……』
確かに聞こえた、衰弱した和人の小さな声。かすれた、聞き覚えのない声が聞こえた。
光はだんだんと不透明になっていく。まるで死んだ魚の目のようにかすれて、線香花火のように落ちていく。
左手がえぐれた。これまでにないほどの激痛と、初めて見た鮮血。
血ってこんなにきれいな赤だったっけ。そう思った。
あまりの痛みに叫んだけれど、心は叫ばなかった。
きっと信じていたから、そうすることができたのだ。
「ユズ! 大丈夫か!」
慌てるフィエールの声。終焉の攻撃と、その大剣の交わる音で、その声は聞こえなくなった。
「大丈夫?! 待って直すから」
目の前に来た攻撃をまるで知っているかのように避け、こうなる事態を想定していたのか、自然に、冷静に、静寂に対応するミライ。
二人のおかげで、私の傷口はふさがって、また立ち上がれた。
激化していく戦いの中で暖かさを感じた。
こちらへの攻撃は落ち着いた。
あまりの衝撃に、周りの音は聞こえず、ただ荒れる息と、心臓の音しか聞こえなかった。
目に入る景色が、壮大すぎた。
終焉とか、前まではアニメや漫画の話だと思っていたのに、いきなり現実になって、いきなり恋をして、いきなり離れて……またくっついて。
一つの塔のように、がれきや地盤が浮いている。らせん状に上り、上に行くほど消滅し行くその塔を中心に、同じようなものが10本、きれいな正十角形を作り、その小さな塔たちの頂を、土星の環っかのようなものがつないでいく。
この景色の目の前じゃ、終焉とか後悔とか、過去とか未来とかどうでもよくなった。
でも、どうしようもなさに包まれた。
『警告。終焉が空間の乖離を開始。直ちに避難を——』
「後ろ! 気を付けて」
ミライの叫びで振り返る。そこには、何万もの魔物がこちらに向かってきている。
「どうしよう……時間ないのに……」
「このままでは、あの魔族も逃げてしまうだろう。かといって和人が——」
「……だよね」
静かに、ミライは口を閉じていた。あたりは殺しあっているというのに、静寂に包まれていた。
「……ミライ、回復ありがとう。私たちなら大丈夫」
これが最期かもしれない。
だから。
「さあみんな——」
行こう。
そういいたかった。
でもフィエールがそれを止めた。
「ユズ。お前は振り向いて走りだせ」
「でも、それじゃあ……」
「いいんだ。お前‘‘ら‘‘が無事ならそれでいい」
フィエールが笑った後、ミライが言った。
「うん。私も同じ。行って、それで、その剣が、生きるためにあるんだと教えて、私たちなら、大丈夫」
みんな。強いなぁ……
私なんて、こんなにもちっぽけなのに。
「私は、強くない。貴様がいるから。ここまでこれたのだ」
「私もだよ。……戦いが終わったら、あの箱舟で会おう?」
「どうしてそこまでするの?」
私は聞いた。気になったから、まだみんなといたいから。
フィエールもミライも、同じだった。
「仲間だから」
その短い言葉だけだった。
多分、どちらかは後遺症が残る。多分。どちらかは無理をする。多分どちらかはあえなくなる。多分。どちらかは……死んでしまう。
私が下を向いていたら、ミライが背中を押した。
そして、まぶしい笑顔で言った。
「ミライからのお願い。『ミライ』を、よろしくね」
続けてフィエールが言った。
「多くの魔物を殺し、人も殺した私の24年の人生に、どうか、意味があったといわせてくれ」
その笑顔はまぶしかった、小さいころ、『生きるのは素晴らしい』といった教師の笑顔のようにまぶしかった。
私はどうするべきか。
反抗して残るべきか?
それとも、裏切って二人を殺し、自分も死ぬべきか?
否。
私は……
——私たちは、進むべきだ。
剣を握って、道なき道を往く。
泣きながら走った。
廻りの音も聞こえないのに、魔物を切り刻んで、時に転んだ。
でも転んだ次は立ち上がって、終焉に呑まれないように走った。
道のりは長かった。それでも、走り続ける。
『ミライ。お前は……生きるんだ』
フィエールは手をかざすと、ミライを転移させた。
和人の転移魔法を見様見真似で行った。不安定な転移魔法だったが、終焉のせいでそもそも世界自体が不安定だったから影響はなかった。
ミライは、その後、ユズの少し後ろに召喚され、魔物と戦った。気づかれないようユズを支え、そのまま死亡した。
触手族に四つある心臓を砕かれ即死した。
『これが最期の剣技とは、少し悲しいが誇らしいな。すまんな、ミライ。ユズ。和人——』
(少しだけ、終焉の力を借りよう。いいだろう? 和人)
『エールの最高神、エール・アストリアの加護よここに在らん。フィエール・ラ・アストリア参る——』
叫んだ。
剣を掲げ、魔力を集中させる。
この剣は、人を守るために握るのだ。
突如として世界を包みこむ眩い一筋の光。
その光は、代償を伴い、大きな救いの手を差し伸べる。
もし願いが叶うなら、この剣技が使われないことを願うばかりだ。
地は荒れ、裂けていく。
空は狂い、笑っている。
海は静かに目を背ける。
世界はもう、戻らない。
光に世界が飲み込まれ、魔物は死滅する。
残りの数秒、ボロボロになった体でフィエールは飛び回り、残党を切り裂き、進ませる。
フィエールの笑顔は、ミライの笑顔は、あれが最期だった。
死体をもし見たものがいるのなら、おそらくそいつも死んでいる。なぜなら、その肉体は、四肢から消え、次に腹、胸、首、最後に頭と次々に砕け散り、原子よりもはるかに小さく分裂するからだ。
そこから出た血肉は、少し歩けば見つかるだろう。
それほど、残酷で、醜く、儚く、美しい、苦しい死であった。
でも同時に、世界は進むべき道から外れ、彼らは生き残った。
この多大なる犠牲のもとに、彼らは前へと進んだ。
犠牲があるから未来がある。
もう一度言おう。
犠牲があるから未来がある。




