EP100 傷ノ跡。君ノ跡。夢ノ跡。
地面は近づき、やがて細胞の破裂音と共に打ち付けられる。
力強く体を引き裂いていく重力に負け、跡形も残らず消滅する。
生きて帰るのは奇跡なのだろうか。そんな考えが、頭をよぎった。
『終焉に向かうものは生きて帰らない』
信じていた。必ずみんな帰ると。
でも、還る場所が違った。ただ、眺めることしかできなかった。
『——戦没者。第七師団1255名。ノスター革命兵7万6483名……』
軍服を身にまとい、ただ下を向いていた。
あなたがここにはいないから。どうしようもできなかった。
かつての記憶が、鮮明にはじけだす。
命は還るのか。空へと還るのか。
命ある者に死は義務である。
長らくの間、恒久的に無視し続けた俺は生命と言えるのだろうか。
多くの死者がの名が、戦いの後に石碑に刻まれていく。辞書のように分厚くなったその名簿は冷たかった。
『月乃原……お前……』
親友の声は遠く、あっという間に静寂に飲まれていった。
『グレイラ・セリス……アシュリー・リブ……シェン・チャオワ……』
友人の言葉に聞く耳を持たず、ただ戦没者の名を唱えた。
声は震えていた。手は冷たくなっていた。
もうじき夏だというのに、夏が終わった感覚がした。
重なった空気。肌に染み付いた傷跡。動きにくくなった両足。
そんな友人に、合わせる顔がない。数個目の世界で、俺が経験した物語。
数多の戦火に世界は燃やされ、ほどけていく糸を結ぶことのできない世界で、世界に干渉できなかった。
なぜか。と言われても答えられない。
ただ、何もせず終焉から逃げてきたと言うだけなのに終焉が追ってきて、今までの生活も、世界も滅茶苦茶にされて———
———そうして世界は俺を拒んだ。
俺が此処に「存在」することを嫌った。
ただそれだけなのだ。
幾千もの世界……いや、「無限」というべきの世界を旅してきた俺は、こんなこと何度もあった。
干渉できぬまま、終焉に翻弄され無惨に消し飛んでいく。
見ることしかできない俺は、突っ立ったままで……何にもできなくて……
ずっと前からわかっていた。
自分は無力だ。
俺は無力だ。
この目まぐるしく変わりゆく景色も、今や数百年前の古き世界に過ぎない。
懐かしい。消えた世界が懐かしい。
狭い道しかない村も、滅びかけた都市も、世界最後の地上都市も。今となっては、すべてが懐かしい。
それでも時は過ぎ、一度焦土と化した世界は、もう一度再生して崩壊する。何度も何度も死んで、生まれ変わって……
それは魂も、生命も物質も……俺も。同じだ。
もういいだろう?
もう飽きただろう。世界も次元も。同じものを繰り返すのは飽きただろう。
早く殺してくれ。痛覚も感情もこのままでいいから、どのような苦しみを受けても絶えるから。
「殺すんだ。その刀で」
『知ってるだろ。お前は世界に干渉できない。それは俺らも同じだ』
『だから何だよ。運命と言われたらハンコ押して認めんのかよ。違うだろ。お前はそんな奴じゃないだろ』
『……ああ。俺らしくないかもな』
目の前の親友は下を向いた、浮かない顔をした。いつも笑顔を絶やさない彼のそんな顔は久しぶりだ。
間を作らず、彼に問をぶつけた。
『もう何人死んだかわかるか?』
『……何人だ?』
『102億9827人。今日一日でだ』
世界の人口を上回るほどの死者が、今日一日で生まれてしまった。その現実をたたきつけられた彼は、拳を強く握りしめ、己が無力なせいだと、自身を責め始めた。
『じゃあ……じゃあどうしろってんだ! 俺だって死にかけなんだぞ! 守れるわけないだろ!』
『お前の役職は? ……世界同盟最高責任司令官。お前のやるべきことは?』
『……』
『人を守る。たったそれだけだ』
『……お前には分からん』
そう。小さくつぶやいた彼は背を向けて去っていった。
俺には分からない。わかるはずがない。世界をいくつも滅ぼし、ため込んだメダルや賞状を道具として見て、家族も友人も傷つけて……
俺は何のために朝日を迎えるのだろう。
部屋の一面を覆うガラスから夕陽が差し込む。茜差す世界は、広く、美しい。
海にポツンとある最前線のこの本拠地も、もう長くはもたないだろう。
モニターに映る市街地の映像を見れば、布切れを身にまとった3歳にも満たない少女と、6歳ほどの少女が膝を抱えて、小さなパンを食べているのがわかる。きっとこの子たちも……そんなことを思う暇もなく、少女らは悲鳴を上げ穢土へ消えていく。灰となった二人がいつか還ることを願っている。
終わりなき人生に、終わりは幾度も在ったのだ。
この場所は消えない。そう信じてた日はもう遠い昔だ、もう二度と戻らない過去なのだ。
目の前で静かに泣く過去の俺を見つめながら、「俺」に言い聞かせる。
「俺が招いたというのに、俺が泣いていてどうするんだ。和人。お前にはもう、……守るものがあるじゃないか」
この時の俺は、確かに大切な人がいた。彼女もこの基地の一人で、その言動一つ一つに懐かしさを感じる。そんな幼い少女だった。
少し年が離れているが、俺を兄のように慕い、俺も妹のようにかわいがった。
彼女が仕事を失敗しても、俺は飯をおごった。
……きっとこのままじゃ、セカイもろとも少女は消えていく。
名前は思い出せない、顔も思い出せないけれど、そんな存在だったのはわかる。
終焉に呑まれた先ほどの少女たちのように、きっと……
もし「彼」が動かなければ、その未来がやってくる。
しかし、これは幻想。これは夢。これは過去。
かつての俺は……動かなかった。動けたのに動かなかった。
この選択で、俺は激しく後悔する間もなく肉体は消滅。正確に言えば、空間の狭間に閉じ込められ、そのまま数十年眠ったままだった。
次に目覚めた世界では、戦争も終焉もなく、意気揚々としたローファンタジーの世界のような日常を送った。
終焉が来たのは数百年後のこと。その時まで、終焉の存在は忘れていた。
エルフやドワーフなど、長寿の生物がいたから、楽しく生きれてた。本当に本当に良かった。
この、死んでは生き返って、という輪廻を永遠と繰り返し、終焉に対抗し続ける。それが俺。この運命から、この輪廻から抜け出すことはできない。
美術館のように、記憶の断片が飾られている。白というよりかは色がない部屋には、その額縁しか存在せず、ただ長い廊下のようになっていた。
道は一本だが、遠くには大きな額縁が存在することもあった。
道をまっすぐ行ったところには鳥居が、そしてそのさらに奥に終焉が。
終焉の本体があった。
大きさは宇宙そのものに匹敵する、真の本体。実際に観測するには、次元と宇宙の狭間に行くしかない。
つまりここは、次元と宇宙の狭間。
観測できない。世界の裏側だ。
ここにあるものはいくら長くても現実世界で1㎝に満たない。
終焉と同じような存在でしか入れない。終焉は、この小さな「世界」から世界を破壊していく。
のうのうと生きた少年と、それによって生まれた終焉に、世界は呑まれていく。
きっと。反抗することはできない。
それがもし、生命を超越する者であったとしても。
戦いは終わらない。決して絶えやしない。
今までの人生で知っただろう。すべてそうだったじゃないか。
額縁の隙間を歩き、遥か彼方、黒ずむ終焉に向かって歩き出す。
記憶を横目に、苦しみながらも、かつて歩いた道を進んだ。
温度も、湿度も。何もない。
感情とは、なんて矛盾ばっかなんだろうか。
いつかきっと、訣別の時が来て、そしていつか、忘れてしまうのに。
愛が世界を変えるというのなら、少しだけ、今だけでも、それを信じていいのかもしれない。
もしその想いが、この世界を消し炭にできるのなら——。俺は——。
突如として。世界は暗転した。
立ち止まって、あたりを見渡す。後ろを見れば、幾つもの灯火が導いて、小さな二つの光の下へと案内する。
近づけば近づくほど、その光は小さくなり、消えていく。
「……エール? エリア? ……逝くな。まだ若いだろう! まだ死ぬんじゃねえ!」
光の消えた中、遠くへ叫んだ。
愛を結ぶこの声は、生命へ対する応援歌。どのような地域でも、きっと大丈夫、そう願い叫んだ。
「大丈夫だ! 必ず助けるから! だから眠ってろ、無理しないでくれ。頼むから!」
なぜ忘れていたのだろう。
かつて世界を作ったのは俺だった。
神に昇格し、神を超越し、数多の世界を作り上げたのに、数多の世界を滅ぼした。
なぜ忘れる。貴様のせいで多くの民が傷つき、苦しみ、残酷な死を遂げたのだ。
膝から崩れ落ちたが、もう一度立ち上がった。
うれしかったんだ。生きていることが。
己に対する怒りが、世界へ対する怒りが頂点へ達したと同時に、愛へと変わった。
暗転した世界は即座に崩壊、終焉の本体に終焉を見せつけた。
【同刻、ラシュトール北東部】
「ユズ! 光だ!」
フィエールに言われ上空を見上げると、一筋の光が上空から舞っているのが見えた。日は沈み、夜が明けようとするほうが近い時間に、そんな光は現れた。
きっと。と信じた過去を、今なら正しいと胸を張って言える。そんな気がした。あれは確実に和人だと、胸の高揚が教えてくれた。
「まだ戦える。最後までやりつくせ。そして俺を頼れ」
そういっている気がした。
だから。
「轟雷!」
雷属性の魔法。
多くの枝のように別れ次々に魔族へと命中する。
魔物も出てきた。きっと、終焉の時刻が近づいているのだ。
奪われた命を無駄にしない。
私は、勝てる。私たち人類は、終焉を見ない。
「フィエール! 光の真下のにラザニアをおびき出せないかな?」
「……理解した。ミライは後方支援を。私らは戦闘へ!」
「了解!」
フィエールがそう叫ぶと、ミライは支援へ、私はフィエールと同じく支援へ向かった。
暗闇での戦闘は視界が不調なうえ、魔力の濃度も高まるので控えたほうがいいが、今はそんなことを考えてはいられない。
『ユズ様! 残り20秒で到着です! 即座に支援を開始します!』
タブレットから流れるクレリアの声。
その声の数秒後、母船は姿を現し、狙撃を開始。また新しい機体が開発されたのか、衝撃波をまといながら近づくいくつもの戦闘爆撃機により魔物の多くは死滅、負傷。
彼らが来たのだ。絶対に負けやしない。
あの終焉に……




