第四十九話 完全決着までの軌跡二
「今から俺たちがあいつにとどめを刺してくる。だからさ、俺たちのためだけに祈ってくれないか」
このセリフでパーシャックの静謐な表情がみるみるうちに解けていき、いつもの親しみやすいものへ変わっていく。
「おいおい何を言い出すんだ、本気かよ?」的な顔をされると思ったんだが、なんか俺を見つめる目がキラキラしているし、顔も耳たぶもなんだか赤くなっている。どうやらとっても期待してくれているみたい。悪い気はしないし、この期待を裏切る訳にはいかないな。
「じゃ、行ってくる」
「にゃ」
「おれ、信じてるからな!」
「任せとけって、あ、それからさ、もう一つ頼まれてくれないか?――」
ちょっとコンビニに行ってくるくらいのテンションで言ったけど、これは相手を心配させないためであって緊張はもちろんしている。
まぁいいさ、緊張とか言っている場合じゃない。その状況はとうに過ぎている。俺は息を大きく吐き精神を整えた。よしっ! 本格的に復活する前にさっさと登っていくぞ。
『アダマンタイトフォートレス』登頂計画だが、実は既にできている。
足を起点に垂直で登るか、傾斜の比較的緩くなる長い尻尾から登るか、考えた結果俺が選んだのは『足を起点に登るルート』だった。
ちなみに尻尾からの登頂はすぐに諦めた。
頂上に登る意図が相手に伝われば間違いなく抵抗されるはずなので、その際長い尻尾につかまっていたら上下左右に振り回されてしまう。そして遠心力に握力が耐えきれず吹っ飛ばされるのだ。それにテイルレーザー(仮)の存在だって怖い。
足からの登頂でもテイルレーザー(仮)の脅威はあるにはあるが、自分の足に撃つことでもあるので自滅を狙える。なのでこっちのほうが絶対にいい。
「よしっ行くぞ」
「んにゃ」
シエラの返事を合図に気合を入れなおし、『アダマンタイトフォートレス』へ警戒しながら近寄っていった――
さてと、感触はどうか。そっと触れてみる。ほんのり温かかく表面がザラザラしていた。
ツルッツルだったらどうしようかと思ったが、肌がザラザラしているおかげで適度な摩擦抵抗が生じ、非常に掴みやすそうだ。これはありがたい。後は俺の握力と体力が持てばいいだけだし。
さて、これで足を引っかける場所があればさらに登りやすいのだが――よしっ! 適度に引っかかりがある。これならいけるぞ。
シエラを背負ったまま登り始める。
何かにつかまって重力に逆らうのは小学校でやった登り棒以来か、あの何かに目覚めがちな遊具とは何もかも違うが、まずは右手でつかんで――
おっとと、誰かに危害を加えられたと思わせたのがトリガーになったのか『アダマンタイトフォートレス』がゆっくりと動き出した。そして、見える範囲の体に開いた大穴がみるみるうちに埋まっていく。
うーん……これは落っこちたらセカンドチャレンジはなさそうだな。
二度目がない事を覚悟し、シエラと自分の体重に耐えながら一歩一歩上へ登っていく。ここで意外だったのは戦闘では役立たなかった筋肉が、意外と頼りになっていることだった。
きついにはきついが、登れない事もない。ってのが嘘も強がりもない真実だったのだけど、シエラの体重分が地味に効いてきた。運動強度が跳ね上がって、三分の一も登っていないのにもう両手両足の筋肉が悲鳴を上げている。それに呼吸も荒くなってきていた。今気づいたわ。余裕がちょっとなくなってきたのかも。
まずいね。
そして、こういう時にこそ嫌なことは重なる訳で。
『アダマンタイトフォートレス』が躍動し、体に張り付いている俺たちをフットスタンプの体勢を取って、ふり落とそうとしてきた。
「うわわわわ――」
くそっ! もう完全復活してたのかよ。
とっさに体を『アダマンタイトフォートレス』に密着させ、両手両足に力を込め、しがみつく。あとは来るべき衝撃に耐えるだけ。
ズドーンっと地面に叩きつけられた前足の高重量の衝撃はすさまじく、地面が波打ちグラグラと揺れた。
「うわぁぁぁぁ」
「んにゃにゃにゃぁぁぁ」
衝撃の直後に訪れた地震の揺れに必死に耐える、耐える、耐える。
耐えた。ギリッギリ耐えることが出来た。
「うお~あっぶねぇ」
予備動作を察知できていなければ、シエラともども地面に叩きつけられたと思う。
今回はなんとか助かったが、そう何度も耐えられる衝撃ではない。さすがに握力が持たん。
急がねばならないが、そういう時は注意が散漫になって事故を起こしがち。よくあることだ。
だから急く気持ちを抑え、地道に登り続ける。
数度のふり落としに耐え抜き、無我夢中で登り続けた結果、足から甲羅の部分の境目まで到達することが出来た。大体半分まで来たと思っていいはず。
さて、ここからはどうすればいい?
休憩が出来るならしたい。ただ、一度休んでしまうと気力が再度湧くまでに時間がかかってしまう恐れがある。それは避けたい、でも休憩も大事だ。
むぅぅ。
「アキラ、これを使うにゃ」
「へ?」
久々に声をかけられてビビったが、シエラが俺に渡してくれたのは木の筒だった。中には水が入れてあるので、まぁ飲めという事だろう。お言葉に甘えさせていただこう。
「ありがとうな、でも今は手が離せねぇ。後ろから飲ませてくれないか」
「注文が多いのにゃ」
とかいいつつも後ろから、筒が伸びてきて口元へ運んでくれる。
のどを潤し、礼を言うと後ろからごくごくごくと音が聞こえてくる。
いい飲みっぷりだ。こいつもよっぽどのどが渇いていたんだなってところで気づいた。
「シエラさん」
「んにゃ?」
「もう体調よさそうですね?」
「ん~そうかもしれにゃいし、そうじゃないかもしれないのにゃ」
「実際は?」
「いけるにゃ……」
「紐、解くね」
「わかったにゃ……」
こいつはだらしない人間ではあるけど、悪い奴ではない。俺を想って体調がいいようにふるまってくれている可能性はある。それは確認しないとな。と思っていたら紐を乱暴に解こうとして諦めたシエラが密着した状態で真横に移動してきていた。ドキリとしながらもシエラの顔色をうかがう。
うん、悪くない。アルコールが抜けて本当に体調が回復したようだ。
俺の負担が減るのはありがたい。前途が急に明るくなったわ。
「アキラには頑張ってもらったから、ここからはニャーが足場を作りながら進むにゃ」
「お前そんなこと出来るんだ?」
意外過ぎる提案に面食らう。
「にゃーは元冒険者なのにゃ。そのくらい出来て当然にゃ」
「そういや、そうだったな。飲んだくれのイメージが付きすぎて忘れていたけど、こいつは元冒険者だ。親元から離れてすぐ詐欺にあった冒険者なのだ」
「んぐっ。心の声が漏れているにゃ。そこは抑えて欲しかったのにゃ……まぁいいにゃ。にゃ~は心が広いから特別に許してあげるのにゃ」
「さよで」
「じゃ、そろそろシュッパツシンコ~」
「いや、待てってまだ紐がっ」
二人のタイミングが合う前に急に上へ進んでいこうとするもんだから、抱っこ紐がピンっと張ってまもなく張力の反動が訪れた。勢いよく前に進もうとしていたシエラはそれでバランスを崩し、両手両足が離れ空に放り出されてしまった――




