第四十五話 『ひと時』のやすらぎ
ややこしいので再掲
『パーシャック二号』はパーシャックの思惑で大遠征中パーシャックになりきっている人です。
『パック』はパーシャックが本来の素性を隠すために使う偽名です。名前の由来は実際にいる自分の小間使いから。
祝勝会が始まってからは、四人でパーシャック二号の小間使いとしての役割を一通り果たした。
といっても実際は、ノリノリで『パック』としての役割を完璧にこなすパーシャックとは違い、上流階級の作法一つわからない俺たちは完全に足手まとい。
要人への対応ひとつとっても気苦労や失敗が絶えず、俺たち三人は早々にお役御免となり代役を立てたのち自由時間をもらうことになった。
あまりのふがいなさでパーシャックに一言詫びをいれると「気にすんなって。よくやってくれたよ」とねぎらいの言葉をもらえたのは非常にありがたかった。パーシャックとは後ほど合流する約束を取り付け、俺たちはシエラの強い希望で両国の兵士たちがどんちゃん騒ぎをしているエリアへと移動した――
両国の兵士とルナール王国から派遣された職人たちが、短期間で作り上げた祝勝会の特設会場では、全兵士が参加できることもあってかとてつもない賑わいをみせている。
パーシャックの言っていた通り王国御用達の料理人が腕によりをかけたフルコースは想像以上で、皆が皆、舌鼓を打っている。
ふるまわれている高価なお酒と、今日は無礼講とのお達しが出ているせいか少しハメを外し過ぎているのが気になるが、許容範囲内だろう。
宴席で酒が入るとハメを外し過ぎてしまう人筆頭のシエラはというと、両国の屈強なマッチョ(兵士)たちと肩を組んで歌を歌うほど意気投合していた。こいつのこういうところ本当にすごいよね。
まぁ実際にすごいんだ、こいつは。
目の前で始まったシエラの講演会めいたものを見ていると再認識できる。
ひとしきり語って歌って満足した『シエラとゆかいな仲間たち』は円卓へ移動し話し始めた。
ここでの場面がこいつのすごさだ。
シエラが言葉をひとたび発すれば皆食事や飲酒の手を止め、耳を傾け聞き入る。そしてワンテンポ置いてから聴衆が感嘆の声をあげ、拍手喝采からの国歌斉唱ってなもんで大変元気があってよろしい。シエラが言っていたのは他愛もない下ネタだったのにね。
「色んな意味ですさまじいのう」
お酒を飲まないライオットはアルコール摂取時の陽気さがわからないので、口をポカーンとあけている。まぁ呆れていたのは少しの間だけで、今はもう両手に持っていた大ぶりのお肉をリスみたいに口いっぱい頬張り、食べる事に夢中になっていた。ほほえましい光景である。いっぱい食べて大きくなるんだぞ。
で、話を戻すけど、シエラはシエラで周囲の反応に満足し、酒も入っているからか下ネタ以外にも大言壮語な話題を振りまき始めた。
これはさすがに止めてやらねばこいつの今後の評判にもかかわる、と思ったところに金ぴかの鎧をまとった男がお供とやってきた。
バカ騒ぎしていた周りの連中もその男が誰だかわかると、とたんにシュンッとなってしまう。
そりゃそうだ。
だってこの場の雰囲気に最もふさわしくないカイル王子が来ちゃったのだから。
そしてそんな王子の第一声がこれ。
「なぜ黙る? 騒げばよかろう、さっきまでのように」
「……」
一国の王子にこんな言い方をされて、そうできる奴がいるとしたらそいつは命知らずか、ただの馬鹿だ。先ほどまでとは打って変わって皆一様に静まり返ってしまった。
しかし、この静寂を打ち破った『おバカさん』が一人だけいた――
「にゃはは、みんないきなり暗い顔してどうしたにゃ? もっと飲めや騒げやにゃ~」
シエラさぁぁぁぁん!?
酔っぱらっているとはいえそれは流石にやりすぎじゃないですか? 周りの顔を見てごらんなさい。一緒になってバカをやっていた連中もみんな顔真っ青にしてますよ?
うちのおバカ猫がお騒がせしてすいませんと言ってどうにかなる相手とはとても思えない。カイル一行から漂う戦場並みの緊張感がそれを物語っている。
まぁね? 本当にどうしようもなくなりそうだったらこいつおぶって逃げますけどね。そのくらいなら周りも察して手助けくらいはしてくれるはず。なんたって戦場で命をかけあった仲間だ。人も多いし人ごみにまぎれたら何とかなるでしょ。
などと、逃げる算段を考えているとカイル王子から思わぬ反応が返ってきた。
「ちっ……興がそがれた。いくぞ」
特大の舌打ちをかましたカイル王子は、背を向けると家臣をおいて一人で歩き出していってしまった。
その行動に一番驚いたのは間違いなく家臣達だろう。こちらと王子に視線を交互に動かし何か言いたげそうだった。
「カ、カイル様。よろしいのですか?」
「二度同じことを言わせるな」
「すいません……」
しかめっ面でこちらを一瞥した家臣たちは小走りでカイル王子を追いかけていった。
ふ~助かった……。
脅威が去った安どで自然と息を深く吐けた。
九死に一生を得るとは正にこのことだろう。人生の中で実際にこの言葉を使う日が来るとは思いませんでしたよまったく……。
「調子に乗り過ぎだ」
「んにゃ~」
と軽くシエラの頭をこつんと叩いてから、ベロンベロンに酔っぱらっているのがわかったので少し休ませたほうがよさそうだ。酔っぱらいの英雄をおぶって休憩できるところを探してやろう。
移動する際、後ろから「独り占めはずるいぞー」などとブーイングをしてくるマッチョメンな兵士たちは無視した。役得に見えるかもしれないがこれでもこの駄猫のお守も大変なんすよ――
どこもかしこも兵士たちがどんちゃん騒ぎをしているので、静かなところがなかなか見つからなかった。それでも比較的静かに飲んでいる集団がいたのでそこの近くで休憩することにした。喧騒から離れすぎる場所を選ぶと魔物や野党に襲われる可能性もあるかもしれないのでここは最適だと思う。
シエラを草むらに横たえると、俺とライオットもその横に腰かけた。
「雲がぐるぐる回っているにゃ……」
「目をつぶってなさい」「飲み過ぎじゃ」
「んにゃ……」
そう言ってからすぐにシエラは寝息を立て始めた。
あと歯ぎしりも……。
しばしの休息が訪れた。
最近忙しなかったからこういう時間が非常にありがたい。
にしても目の前の困難を片付けていたらここまであっという間だったな。
ただ、最大の目的である魔王討伐の進捗率はこの世界に来てから大して変わっていないのはうーんとうなるところではある。
それに、その他の問題も山積みだ。
まず初めに直近で一番大事なパーシャックの婚姻の儀がまだ終わっていない。死亡フラグまであったくらいの高難度ミッションでそこを解決できたのはいいが、想定外だった『アダマンタイトフォートレス』との死闘があったりと最後まで気が抜けそうにない。
それからライオットのお願いもあるし、新旧の鍛冶ギルドの問題もまだ未解決だ。
その他もろもろやるべきことはあろうが、やれる範囲で全力で当たっていくしかあるまい――
「――キラ、アキラ!」
「へ?」
「お主にお客が来ておるぞ」
知恵熱が出そうなくらいうんうんとうなっていて気づかなかったが、いつの間にか誰か来ていたようだ。
「ちょっといいかしら」
その女性の声に聞き覚えがあるなと思って顔を上げると、そこには思いもよらぬ顔があった。
ルナール王国の王女で、婚姻の儀の後パーシャックの妻となるミレイユ王女その人だった。
カイル王子とは違って一人で来ている。よっぽど自分の力に自信があるらしい。
「あ、あのどういったご用件でしょうか?」
目的が読めず、顔が少しこわばってしまったかもしれないが無難な返答はできた。
「そんなに畏まらなくてもいいわ。その子を愛でに来ただけだから」
と、その子と言われたシエラを見つめる情熱的な瞳がなんだか恐ろしい。見た目の美しさに隠された他人に褒められぬ本性を知っているからだろう。
「お金ならいくらでもあるんだけど『あの件』考え直してくれないかしら」
『あの件』とは初対面の宴席でシエラとここにいないパック(パーシャック)を自分のものにしたいと言ったことだろう。しっかり断ったというのに相当あきらめの悪い人だこと……。
いくら美人でルナール王国の王女様だからといってこんなこと言われたところでどうしようもないわけよ。
わたくしめにそんな決定権もないし、あったとしても絶対に許可しないし。
「自分たちにそのような話を振られても困ります。私たちはパーシャック様の小間使いでしかありませんので」
機嫌を損ねずに、これまた無難な返答が出来たと思う。
「それもそうね」
ひとまずわかってくれたようで一安心。このまま興味をなくしてくれるといいけど。
用事は済んだのか、長居は無用ってことでミレイユ王女は作られた笑顔から真顔に戻ると、踵を返してそそくさと歩き出していった。
去り際に「パーシャック様、どうすれば私の願いを聞いてくれるのかしら……」
とブツブツと言っていたのがこの女性の闇をあらわしていて恐ろしかったわ。
さて、シエラが起きるまでどうするかねと思ってゆっくりしていたところで異様な光景が目の前に広がっていった。周囲からは叫び声や悲鳴、怒声も聞こえてくる。それだけの事が実際に起きている。隣にいるライオットもあまりの事態に強く手を握り返してきたくらいだ。
そんな中で俺がやっとひねり出せたセリフはたった一言。
「……嘘だろ」
これだけ。
セーブを数時間できなかったダンジョンでいきなりハ〇オンやムド〇ンを食らってゲームオーバーになった時の数千倍のやるせなさが俺を襲う。だってさ、これってあまりにもあんまりじゃん――
和やかでにぎやかな祝勝会を地獄絵図に変えたものはありえない、あっちゃいけない事が現在進行形で起きているからだった。それは、何かというと。
戦利品として両国で分配作業に入っていた『アダマンタイトフォートレス』の素材が逆再生映像のように徐々に『元』の大亀に形成されていき、ものの数十秒でその姿を完全な状態に復元したからだった――




