第四十四話 さて、どこから起きていたでしょうか?
「二人ともいいかげんに起きろー」
カンカンカンと中が空洞の金属を叩いた時のようなやかましい音で目が覚めると、俺を見下ろすパーシャックと目が合った。表面上は笑顔に見えるのだがその実、目がまったく笑っていない。というか少し涙目になっている……。
はて? 朝っぱらからどうしたのだろうかと思いつつ、布団から上半身だけを起こす。すると、体はバキバキに凝り固まっているし、頭は重く、貧血の時みたいに少しクラっときた。
パーシャックの涙と自分の不調、訳も分からず戸惑ったままでいると、パーシャックはそんな俺の心の中を読んだかのごとく知りたい情報を話してくれた――
「マジかよ!?」
「マジだよ」
衝撃の内容で目がすっかり覚めた。
何が衝撃的かって、あの大亀との激戦から俺とシエラは一度も起きることなく死んだように『一日半丸々』寝ていたのだという。
生まれたばかりの赤ちゃんじゃあるまい、そんな長時間眠れるかいな? と、にわかに信じがたかったが、パーシャックの後ろでうんうんと首を縦に振っているライオットの様子から見ても、パーシャックの言っていることに間違いはなさそうだ。というか嘘をつく理由がないわ。
そっかぁ……一日半丸々寝ちゃっていたかぁ。
水も飲まずそれだけ長時間寝続けるのははっきりいってただ事ではない。見守っていた側にどれだけ心配をかけてしまったか、自分がその立場だったと仮定するだけで心がひどく痛んだ。
寝続けていた原因は、十中八九『アダマンタイトフォートレス』との激戦からきた極度の心身疲労だろう。あの大亀を倒したのはシエラだが、一緒に走り回って、弱音が出そうなときには励まし、シエラの精神的な支えになれたはず。職人としてこのようなカスタマーへの手厚いアフターサポートも勝利の要因であったことは間違いない!
とはいえだ、パーシャックとライオットにいらない心配をかけたのは事実。ここは素直に謝ろう。
「心配かけた、二人ともすまん」
そう言って頭をぺこりと下げる。
「わかればいいんだ、わかればさ。だけどな、これ以上おれ達に心配かけさすなよ」
「そうじゃぞ」
そう言って涙をぬぐうパーシャックと、やれやれと言いながらも安心した顔を見せてくれたライオットを見て反省の気持ちがより強まった。
想定していた以上に俺たちの事を気遣ってくれていたらしい。
「うん……ほんと、気を付ける」
部屋に沈黙が訪れる。
湿っぽくなり過ぎた雰囲気に戸惑っていると、ふとあることに気づいた。そういやシエラはどこにいるんだ?
シエラが寝ているはずの端っこの掛け布団を見ても、人が中にいるような形にはなっていない。本当にどこいったんだ、あいつは。
「シエラは?」
「何ボケてるんだよ。猫の人ならそこにいるだろ」
「そこって?」
「そーこ」
確かに『そーこ』と指し示された場所にシエラはいた。
というか俺の真横でぐーすか寝ていた。なんか湯たんぽがあるみたいに温かいなぁとは思ってはいたけどさ……てかそうじゃねえ! お年頃のお嬢さんが男の寝床に裸同然で転がり込むのはどうなんでしょうね、シエラさん?
ぐ~~~~~
すぴ~~~~
ぐ~~~~
ダメだこりゃ。あの騒音のあとでもまったく動じることもなく熟睡してやがる。
シーツでなまめかしい肢体を隠してやったあと、ライオットが用意してくれたコップで乾いたのどを潤わせながらシエラを起こす方法を考える。
ただ、そんなことを悠長に考えている時間は既になかったわけだけど。
寝息は安定しているし、顔色も悪くはない。このまま寝かせたままでもいいかなと思ったがそうはいかなくなった。
なぜかというと、これから『アダマンタイトフォートレス』討伐の祝勝会が大規模で開かれ、そこに四人とも招かれているとパーシャックに聞かされたからだ。
人間の欲望が服着て歩いているような存在であるシエラをおいて、豪華な食事と酒がふるまわれるところに三人だけで行ってみろ? 「にゃーが主賓のはずにゃ? なんで起こさなっかたのにゃー」と切れて暴れること必至。ここでしっかり起こしておかねば一生ネチネチ言われかねん。
「シエラ、起きろー」
ペチペチと頬をはたいても「んにゃんにゃ」言うだけで一向に起きる気配を見せない。
というか、普段から寝起きが悪いのに疲労困憊も加味されているから起こす手段がまったく思い浮かばん。やっぱりおいていくのがいいのでは? いや、それはさすがに。
「起きそうにない?」
様子を見守っていたパーシャックから声が掛かる。小間使いという立場で行く二人は、立場上パーシャック二号を待たせ続けるのも問題があるのかもしれない。言葉の中に急いでほしそうなニュアンスがあった。
「まったく、な」
う~ん、どうしたもんか。
会場まで背負っていき、料理の匂いを直でかがせれば、パっと起きるだろうなとくだらないことを考えてみたが、それはさすがにシエラを馬鹿にし過ぎか。
だからといって、名案も特に思い浮かばないのよなぁ。
「猫の人には悪いけど、置いていくしかないなこれは。おれ達はおれ達の役目もあるからこれ以上は待てない」
「そうか……」
本来の祝勝会の主役であるシエラをおいていくのは気が引けるが、こればっかりは仕方ない、のか?
「会場にはさ」
「うん?」
「ルナール王国御用達の料理人達が呼ばれているんだ」
「それはすごい」
「でさ、贅の限りを尽くした食材が大量に運ばれてきて、それを使った古今東西の料理が大きなテーブルに所狭しで並べられるんだ。もちろん大量の高価なお酒もだぞ?」
ごくりっ。
「普段だったらこういった料理は、言い方は悪いがおれたちのような王国の人間以外にはふるまわれたりしない」
「まぁ、そうだろうな」
「ただ今回は話が違う。物語で語られる歴代の英雄たちがついぞ成し遂げられなかった『アダマンタイトフォートレス』をルナール王国と合同で倒したんだからな。ルナール王国の賢王も大層お喜びで、功績をねぎらうため食事会は戦場で戦ってくれた全兵士が招かれ盛大に行われる。こんなことおれだって初体験なんだぜ?」
そう言ってパーシャックはニコっと笑った。
そして、少し貯めてから続けてこう言った。
「だからなぁ、猫の人には、いや本当の殊勲者である猫の人にこそ、会場でおいしい料理をたらふく食べてほしかったんだけどな」
「……だよな」
「そのとおりにゃ」
今回の殊勲者は間違いなくシエラだ。
だがしかし、歴史に残る記録では『カイル』がとどめを刺したことになった。俺からすると怒りが有頂天ではあるが、シエラがあんまりそういった名声とかを気にしないことに加え、ユークリッドさんから両国のためにはこのほうがいいと言われ我慢するしかない状況になっている。理不尽だが耐えるしかないのだ。
ただ、その理不尽を我慢する分、会場ではシエラと一緒になって全身全霊で食事を満喫したかったんだがなぁ……。
コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。誰か来たらしい。
「パーシャック様、そろそろお時間です」
この声はタップスだろうか、それともフィルダーだろうか。いまだに声を聴いてもどっちがどっちだかわからん。
「ああ、今行く。ちょっと待っていてくれ」
「と、言うことだ。猫の人には申し訳ないけど」
「だな。こればっかりはしゃーない。ライオットいくぞ」
「わかったのじゃ。わらわがシエラの分も食べてやるのじゃ」
「その意気だ。頼んだぞ、ライオット。お前の底なしの胃袋で会場の度肝をぬいてやれ!」
「まっかせるのじゃ」
「ちっちっち。これだから素人は困るのにゃ。にゃーが本当のフードファイトってやつを見せてやるのにゃ」
!!
なんともいえない部屋の空気にシエラ以外の三人が真顔になった。
そして――
「あはは、こいつめ~」
「ふにゃっ!」
起きていたのなら、早く言えという意味を込めてシエラの鼻を強めにつまんでおきましたとさ。




