第四十三話 しえらちゃんごちゃい
誰かに肩をゆすられていることに気づくと、そこで目が覚めた。あたりは真っ暗なのだが夜目が利いたので俺をゆすり続ける手の主はすぐに判明した。
暗闇でもきらりと光る眼のせいか、いつもより猫感が増した猫娘のシエラだ。
こんな時間にどうしたんだ? 珍しい事もあったもんだと思っているとシエラは唐突に「おしっこ」と、一言もらした。
いや『もらした』の語感がよくないな。シエラは俺に向かって『おしっこ』とこう『つぶやいた』。
これでよし! っていやいやいや。衝撃的な一言で一瞬にして目がさえちゃったよ。
「ったくお前なぁ、年頃の女の子がそんなこと言うなよ」
シエラ家の教育は一体どうなってるんですか? 一度ご両親とお話ししなければなりませんね。などと生活指導の教師みたいな感想を持っていると今度は
「おしっこぉぉー」と駄々をこねる五歳児みたいに暴れだした。しかもそれなりの声量で。
ガバっと寝床から起き上がってシエラの口を手でふさぐ。
そしてそのままの態勢でピタッと動きを止め、心地よいリズムで寝息を立てている二人の様子をうかがった。
二人はスースー、ふにゃふにゃと寝息を立てている。
「大きな声出すなって。二人ともまだ寝てるだろ」
「おふぃっほぉー!」
普段とはまた一味違った面倒くささを発揮するな、こいつは……。
原因はわからないが、このまま放っておいたらいつまでも暴れ続けていそう。それはパーシャックとライオットに迷惑がかかるから、ここは早急に要望に応えておいたほうがよさそうだ。
そしたら自分も一緒にトイレを済ませてしまおう。
と、ポジティブな考えが浮かぶと重い腰もすんなりと上がった。
「ついていくから、そんな大きな声出すなって。わかったか?」
うんうんと首肯されたので、一緒に外へ出ていく。
――おかしい。
何がおかしいってシエラの行動が、だ。
今シエラは俺の腕に自分の腕を絡ませ、体を密着させながらゴロゴロにゃんにゃんと体をこすりつけている。
この飼い猫のマーキングみたいな行為に最初は酒に酔っぱらっているのかとも思ったが、足元はしっかりしているし酒臭くもない。
酒に酔ったうえでの痴態はいろいろと見てきたが、素面でこんなのは初めてだ。
一体どうしたのだろうか?
普段通りであればシエラだってさすがにトイレくらい一人で行くし、こんなベタベタとスキンシップを取ってきたりもしない。年頃の女の子として最低限の常識は持ち合わせているはずなのだが……。
この謎の行動原理を追究しようと熟考を試みるがそれも長くは続かない。なぜって?
腕を絡ませてくる際同時についてくる胸のやわらかな感触と吐息が、俺の思考を完全停止させるのだ。
くそっ! 俺はなんて無力な人間なんだ。
とかくだらない思考を張り巡らしていたら目的地についていた。
「いっといれ」などと地球産の小粋なダジャレを送ってこの場から離れようとすると、シエラに服をつかまれそこから動けない。
俺もトイレ行きたいんだが? と言いかけたところでやめる。
まぁね? ちょっとくらいはこいつのこと心配だったし。
「どうした?」
「ここで待っていてにゃ」
そう言いながら地面を指さす。その意味に気づくとさすがの俺もドン引きですよ。
「いやいやいや。どうかと思うぞ、その発言は」
「怖いにゃ……」
シエラ……。
そう、だよな。こいつは両国のために数時間にも及ぶ死闘を繰り広げてくれたのだ。いまになってその時の恐怖が出てきたっておかしくはないって、あれ? シエラさん?
「あっ」と依然と同じように不穏な言葉を残すとそのままトイレに駆け込んでいった。
その『あっ』はどっちの『あ』なの? 間に合うの? 間に合わなかったの? どっちなんだい!
「おるにゃー?」
「おるよー」
音を消すような便利な装置がこの世界にあるわけもなく、少しでも意識を『そっち』に持っていかないように努力しているのに当の本人がこんな感じ。
女子トイレで待っている男の身にもなってほしい。
漫画やアニメなどで女の子の買い物の付き添いで下着売り場にいる主人公が居心地悪そうにしているシーンがよくあるが、あれの何倍も精神的にきつい。
あっちは「俺、ちゃんと女の子と来ていますからね?」という免罪符で事なきを得ると思うが、今俺が置かれているこの状況は、他人に見られたら即アウト。
だって年頃の女の子のトイレに付き添い、声が届く範囲にいる必要性などあるわけがないのだから。こんなところ誰かに見られでもしてみろ? 弁解の余地まったくないから即ギルティ。
はぁ……。早く出てきてもらえませんかね、シエラさん――
シエラのプライバシーに配慮して『無』になっていた時間がようやく過ぎ、トイレから出てきたシエラを無事回収。俺の所用もさっさと済ませ部屋へと戻る。
そーっと寝床まで行き、元の配置に戻ろうとすると、俺がいた場所にはパーシャックとライオットが向かい合ってすやすやと寝ていた。その光景はかわいいとかわいいが合わさって最強に見えた。もし、この間に入りたいという不届きものが現れたら、全能力を以って阻止したいと思う。
そんな気持ち悪いことを考えている間に、幼稚園児みたいなムーブをかましていたシエラは、何事もなかったかのように布団へもぐりこんで即寝息を立て始めていた。
強いっ……!!
……さて、俺も寝るか。なんかどっと疲れたし。
シエラのことをもっと考察すべきではあるのだろうが、本当に疲れていたみたいで布団に入ったら俺も秒で寝て――




