第四十二話 英雄とは
長時間に及ぶ一進一退の攻防は、呆気ない幕切れになった。あまりにもあまりにな結末にどんな感情もおっつかず、俺はただただ呆然とグロテスクな肉塊となった『アダマンタイトフォートレス』を見つめていた。キモッ……。
ほんの数十秒前まで躍動していた巨体は、当然だがピクリともしない。いや、正確にはピクピクと動いている部位があるのだがそれも風前の灯といったところで、直に生命活動を終え、完全停止するのも時間の問題だろう。
大量にいたほかの魔物たちはというと、大将である『アダマンタイトフォートレス』が敗れたことの重大さを理解できたようで、我先にと戦場から逃げ出していった。
が、大渋滞を形成した退路で王国軍に追撃されるとあっけなく討伐されていった。素人目から見ても完全勝利といってよい。
それにしても、とんでもない強敵だった。
魔王の幹部を倒したことがあるシエラでさえここまでの時間がかかってしまったのだ、連続生還ボーナスで新しいエピックェポンが出来ていなければ一体どうなっていたんだろう……。
ブルルと体が震えて俺はこれ以上考えるのを止めた。ここは素直に生還したことを喜ぼう。うん、そうしよう。
「あはは、本当に勝ててよかったわ~」と無理やり声に出すと面白いもんでようやく張りつめていた気が抜けてくれた。そしてほぼ同時に膝の力も抜けたのでそのまま自然と地べたに寝っ転がった。何時間戦ってたんだよ本当に。もうここから動きたくないぞ。絶対に動かないぞ!
そんなニート系アイドルみたいなムーブをかましていると、なにやら複数の蹄音がこちらに近づいてきているのに気づく。
すわ何事か? ニート系アイドルムーブを解除し立ち上がる。
土ぼこりを上げ、近づいてきていたのは一言でいうと『嫌な奴ら』だった。
その『嫌な奴ら』は人口密度の高い元戦場を、『王子の威光』でもってモーゼの十戒よろしく一直線でここまでやってくる。そして『嫌な奴ら』の中でもひと際嫌な奴は馬上のままで俺たちをひとにらみしてきた。
その敵意むき出しな行為に内心イラっとするも、殊勲者であるシエラがポケ~としたまま何の反応も返さなかったので俺は自身の感情をグッとこらえた。
一体なんのためにここへ来たのだろうか?
その真意を測りかねているとカイル王子は馬上から降り『アダマンタイトフォートレス』のもとへ近寄っていく。そして帯剣していたものを引き抜くと、それを一気に頭へ突き刺したっ!
はぁ!? 思わず声に出そうになったが済んでのところでこらえる。
こいついまさら何してるんだ!?
状況が呑み込めないままでいると、カイル王子は高らかにこう叫んだ。
「皆の者、大いに喜べ! 両国の宿願であった『アダマンタイトフォートレス』は、ルナール王国の王子、いや! ルナール王国の次期王カイルが打倒したぞ!」
一瞬の静寂の後、まばらな拍手がわく。
それに満足いかなかったのか、カイル王子の家臣らが四方を睨みつけると、万雷の拍手や歓声がようやくわいた。カイル王子もそれで満足したようでえらそうに腕を組んでうんうんとうなっていた。
ナニコレ。
これはあまりにもあまりな仕打ちではなかろうか。
ゲームで例えると数時間かけて倒したレイドボスの報酬分配時に、ずっとAFKしてたやつがいつの間にか戻ってきていて一番レアな装備をneedして持っていくようなもんだ。到底許される行為ではない。
というかリアルな世界で命が掛かっていた分憎しみも万倍です。許せんなこれは!
そうだろシエラ? って思って大武勲を挙げたシエラを覗き見るとなんだか気の抜けただらしない顔をしたまま空を眺めていた。この表情にオノマトペをあてるとしたら『ポケェ~』という言葉がよく似合う。
『ー』じゃなくて『~』なところがポイントです。
じゃなくて!
「おーい、シエラ? シエラさーん」
「……」
返事がない。本当にどうしたのだろうか?
真っ白に燃え尽きちゃったてきな?
まぁあり得ない話ではないし、そうだとしたら仕方ない。こいつはこいつでやることはしっかりやった。後は俺がこいつの名誉のために頑張る番だ。相手は王子だろうがそんな事知ったこっちゃない。
「おい、ちょっと――」
王子に文句を言いに行こうとしたら突然何者かに肩をつかまれ、そのまま強引に後方へ引っ張られる。あげくの果てには地面にぶん投げられてしまった。
いってーな! なんなんだよ一体!
「お前は黙ってろ。こっちのほうが都合がいい」
聞き覚えのある偉そうな声が俺を見下ろしていた。俺にしたこの行為を何とも思っちゃいない、そんな顔だった。俺を知っていてこんな事をしてくる奴は一人しか思いつかない。顔をしかめながらその人間を睨みつけると、やはりユークリッド、その人だった。
戦場を縦横無尽に駆け回っていただろうに、他の兵士たちに比べて疲労感というものを一切感じさせない。精悍な顔つきはグロリア王国軍の長の誇りや責任ゆえだろうか。そこはすごいと思うよ。でもさ、この仕打ちはどうかと思う訳よ。
「ユークリッドさんも戦場で見ていたはずです。あれはシエラが命を張って――」
「黙っていろと言ったはずだ」
「ぐ……」
あんまりじゃないですか。と言いかけたところで口をつぐんだ。
男として情けないが、ユークリッドさんの気迫に圧倒されて何も言い返すことが出来なくなってしまったのだ。
そのまま会話が完全に途切れ、お互い黙ってカイル王子が両手を振って兵士の歓声に応える光景を見ていた。
元の世界で何度も味わったのと変わらない理不尽な状況に、奥歯をかみしめる。
「ふん、納得がいかないといった顔だな」
「そりゃ……」
こんなことをされたら誰だってこんな顔をするだろ普通。
「お前達は英雄にでもなりたいのか?」
「え?」
英雄? 英雄 byKDD〇?
思ってもみなかったことを言われ思わず声が漏れた。
「英雄にでもなりたいのかと言ったんだ」
「……あいつはどうかは知りませんが、俺はそんな事考えたことすらないですよ」
英雄。
俺の考える英雄とは人より秀でた才能を生まれながらに持ち、その才能と勇気をもって困難に立ち向かい、世界のために自分の人生をかけることが出来る傑物だ。俺はその項目に一つもかすりやしない。残念ながら。
「ならいい。お前は英雄にはなれん。荷が重すぎるからな」
自分のちっぽけさをいまさら指摘されたところで何ともないと思っていたが、案外この言葉は俺に響いた。気持ちが落ち込むとさっきまであった勝利の余韻も一気に冷めてしまった。
なんのために俺たちは命を懸けて頑張ったのだろうか?――
本調子ではないシエラを背負い野営地に戻ると、ライオットとパーシャックが笑顔で俺たちを迎えてくれた。長時間ずっとここで待ってくれていたらしい。
そのことを感謝し言葉にして伝えたが、俺の顔を見て色々察してくれたらしい二人は何も言わずに食事をすぐに用意してくれた。遅い朝食を四人で取った後は汗だけ拭いてすぐに寝床に入った。
両隣から腕が伸びてきたと思ったらそのまま手をつかまれる。暖かくて心地いいなぁとか、二人に心配かけちゃったよなぁとか思ってたらそこで一気に抗えない眠気がやって来て、長い一日が、ようやく、終わりを、告げ――




