第三十七話 ホウレンソウ
「シエラ、緊急事態発生だ」
「ん、どうしたにゃ?」
すっきりして機嫌がいいのか、深刻な顔をしているであろう俺を気にも留めず話を聞いてくれた。
「実はかくかくしかじかで――」
シエラには事の顛末をかいつまんで伝えた。
端的にいうと、ルナール王家の大事な品をどうやら俺たち二人でダメにしてしまったっぽいと伝えたわけ。
「その話マジにゃ?」
「マジだ」
真顔で即レスをする。これでシエラにこちらの本気度が伝わればいいが……。
無言で見つめあうこと数秒、真意がどうやら伝わってくれたようだ。シエラは女の子がしちゃいけない顔をして反応を示してくれた。
「わかってくれたようで助かるが、そんな顔すんなって……年頃の女の子がしていい顔じゃないぞ、それ」
「はぁ~アキラはにゃーと年齢大して変わらないくせに、時々とと様みたいな小言言い出すからうざいにゃ」
う、うざいって……元気がなくなるよりはマシだが、シエラの父親と同じように邪険に扱われるのはちょっと複雑だ。なんなのこの感情?
ま、まぁ? 俺もいらん事言ったし気難しい年ごろの女の子と言い合いしても仕方ないので話を戻そう。
「それより! こんな事が相手側にバレてみろ? 俺たちタダじゃ済まないぞ」
「……タダじゃ済まないってどういうことにゃ?」
「そりゃ、お前。最悪これもあるぞ?」
そう言って手で自分の首を切る仕草をする。
「ふにゃーー」
駄猫の叫び声があたりに木霊し、慌ててシエラの口をおさえる。
「あんま大きい声出すなって」
「ふぐーふぐー」
口を押さえられたシエラはあからさまに非難の目を俺に向けていた。
「すまん、いきなりショッキングなこと言いすぎた。あくまでも最悪な場合だから。落ち着け、な?」
そう言ってから手を離す。
「ふにゃ、にゃーはそんな事知らなかったにゃ。にゃーは関係ないのにゃ! 悪いのはアキラにゃ!」
初手を誤った感がすごい。
前線で戦ってくれるシエラに強く拒否されてしまうと自分のふがいなさもあってか強く言えなくなってしまう。
だからといってこのままシエラがいなくなってしまっては元も子もないわけで。
ここは冷静になってもらえるよう説得せねば。
「よく聞け? 相手はこっちの事情なんか知らないんだ、そんなこと言っても納得なんてしてくれるわけないだろ」
「んぐぐ」
仮に俺たちの行いがバレて運よく極刑にならなかったとしよう。その場合どうなるか? 十中八九弁償しろといわれるだろう。そうなった場合鍛冶工房の一職人と、その工房のお手伝いの二人がルナール王国の十年分の軍事費を弁償できるわけがない。だからこそ、大戦果をあげてうやむや、もとい許してもらえるような下地を作る必要があるのだが『アダマンタイトフォートレス』がそれを許してくれそうにない。
「にゃーは悪くないったらないにゃ。そうだ! にゃーは実家へ帰らせてもらうにゃ」
「ちょ、待てよ」
明後日の方向へ歩き出したシエラの肩をつかんで、無理やり引き留める。そうしないと本当に実家に戻りそうだ。
「はーなーすーにゃー」
「よく考えろ。戦場であんだけ目立っていたお前が突然行方をくらましたら余計怪しまれるだろうが」
「うう、し、知らないったら知らないにゃ」
そう言って肩の手を振り払い歩き出してしまった。
「待てって」
「いーやーにゃー」
決意の固いシエラを引き留めるため、進行方向へ回り込んで通せん坊すると、キっとにらまれ今度は付き飛ばされてしまった。
「あいたっ」
それなりに痛かったのでこちらも応戦すると、小学校低学年のような決め手のない取っ組み合いが始まってしまった。
こんなことで争っている場合じゃないのに……てかこの体勢なんか覚えがあった。そうだ、あれだわ。
『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』って有名なあれだ。俺こいつと同レベルだったんだな……。
いや、そうじゃない。
「マジ落ち着けって」
「いーやーにゃー」
こういう時こそ男の矜持の見せ所だ! と意気込んでみたものの腕力でまったく敵わない。
終いには対面で手と手を組みあって、プロレスラーのような腕力比べになりそこで完全に『力の差』をわからされてしまう。
鍛冶でそれなりに育ったはずの俺の筋肉は一体なんだったというのか……のけぞらされながら自分の無力さに涙した。
こいつをどうにかして止めないといけないんだが、戦場でこいつに頼りっきりなこともあってか、どうしても後一手が出てこない。万事休す、なのか――
「お~い」
「うおっ!」「ふにゃああ!」
いきなり第三者の声がして取っ組み合いのバランスが崩れブリッジ状態から地面へ倒れこんでしまう。そしてシエラはそのまま俺に覆いかぶさってきた。
酒の匂いがかすかに香る吐息がかかる距離で見つめあう年頃の男女。
トゥンク…………ってなるわきゃない。
まさか俺たちの凶行がバレてしまったのか? いや、いくらなんでも早すぎる。
そろりそろり、声のした方へ首を動かすとそこには見慣れた顔があったのでホッと胸をなでおろす。
声の主はパーシャックだった。
左手に『聖都の戦乙女』を持ち、右手はライオットと手をつないでいた。
子供が起きている時間がじゃないのでライオットの方は目をこすりながら、むにゃむにゃ言っている。
「二人とも何やってんだ? 戦場に行ってたんじゃないのか?」
「いやぁ、ちょっと一大事で、な?」
「にゃ……」
「一大事!? 怪我でもしたか?」
そう言いながらパーシャックは目線で俺達の体を点検し始めた。
本気で心配してくれているのが目に見えてわかるので、すぐに訂正する。
「いや、怪我はしてない。ただ、それよりも厄介な状況になっちまってな」
言ってからしまったと内心後悔する。こっちのほうが余計心配かけるじゃないか。
「厄介な出来事って、どんな?」
「いや、えーと」
返答に困ってシエラと目で会話をするも、お互い言葉が出てこない。
思わず言い淀んでしまったのには訳がある。
パーシャックとライオットをこの件で巻き込んでしまっては不味いとお互い気づいているのだ。
特にパーシャックは今回の件で相手国と密接なかかわりを持つ話の中心人物。
下手をすると相手国にこいつが俺たちにスクロールを盗むよう主導したと思われてしまう恐れがあった。
それは絶対に避けねばならない。
ではどうやって話をごまかし、この難局を切り抜けることが出来るのか。
どうすれば、どうすればいいんだ――
白旗を上げたいくらいの難題が幾重にも積み重なって切羽詰まったこの状況で、にっちもさっちもいかない俺はどうしたらいいのだろう。……わからない。
それが露骨に顔に出ていたのか、パーシャックに詰め寄られ上目使いで見とがめらてしまった。
「お前たち、いまさらおれに隠し事するつもりか?」
澄んだ声、まっすぐの瞳で射貫かれ、自分が間違った選択を取ろうとしていたことに気づかされた。
そう、だよな……いまさらなんだよな。
ここで隠し通せたところで事態が好転するビジョンは正直見えない。というか悪くなる一方だろう。もう自分の手に余る事態に発展しているのだ。
ここは素直に相談し、二人に頼るべきと判断した。困ったら基本に立ち返り報連相だ。
「悪かった。じつはかくかくしかじかで――」
「なんだそんな事か」
「なんだそんな事かって」
想定外の楽観的な答えが返ってきて拍子抜けしてしまう。と、同時に少し安堵する。
「駄目にしちゃった貴重なスクロールってさ、元々あっちがおれのために用意したモノなんだろ?」
「そうだな」
使い道が変わる予定ではあったが、ロリコンバカ王子が言ったことだから間違いない。
「おれ元から贈り物とか興味ないから大丈夫。国同士の問題はおれがなんとかするから、お前たちは本来の仕事を全うしてくれ」
パーシャックがなんとかすると言うならここは信頼して任せよう。と一瞬で思えるくらい言の葉が強く俺の心に響いた。
「じゃあ、俺たちはあの亀をどうにかすればいいわけだ、なっシエラ?」
対処法自体はいまだ思い浮かんでいないので、空元気感は否めないが、気持ちはさっきよりは大分上向いているのでそこを素直に歓迎する。
『猫まっしぐら』の効果が生命線っぽいシエラもこれで持ち直してくれるといいが――
うん? シエラの返事がないな。どうしたんだ?
と視線を動かすとなんか俺を除いた三人でこそこそ話してるの。
「何の話してるんだ?」
俺も混ぜてほしかったので声をかける。すると三人にシッシッと手であしらわれてしまった。
えっひどくない?
疎外感に浸り続ける事数分、なんか知らんが話がまとまったらしい。
戻ってきたシエラはわかりやすいほどやる気に満ち溢れていた。
鼻息荒く「ふにゃふにゃ」言ってるし、気持ち肌ツヤまでよくなって見えた。
これならダート合わせ一杯で一回おえば状態もバッチリコメントもらえそう。
途中パーシャックがシエラに耳打ちして以降、なんかやたらやる気だしてたからこの数分でなんか密約でも交わされたのだろう。
聞いてみようか? いや、やめておこう。これで教えてもらえなかったら俺がへこんじゃいそうだし。
戦場と、一先ずの安置である野営地の境界線で俺はパーシャックに礼を言った。
「大きな借りが出来ちまったな」
「お前とおれの仲じゃないか、気にするなって。それにその『借り』なんてすぐに返してもらえそうだし。にひひ」
「?」
なんのこっちゃわからないが、俺の肩をバンバンと叩くパーシャックがやけに上機嫌なので、ヨシっ――
「じゃあ、行ってくる」
「おう、頑張ってこい。おれは邪魔にならないようここで祈っているから」
「おう、ありがとう」
ニッコリ笑顔で俺たちを送り出してくれたパーシャックにお礼をいって、シエラと戦場へ一歩足を踏み入れた。
ここで俺は考えていたことを実践するべくなけなしの勇気を出すことを誓った。
シエラが『玄武フィールド(仮)』を展開させたタイミングでシエラの『横』に立ったのだ。
驚いた顔をしたのは一瞬、すぐに人を小馬鹿にしたような顔になったシエラは「にゃーについてこられるにゃ?」と挑発してくる。
即座に「なめんな」と返して俺は『アダマンタイトフォートレス』に向かってシエラと共に走り出した――




