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第三十六話 十年分の軍事費



 戦場に赴くまでの間、パーシャックが俺とシエラに教えてくれた事がある。

 もちろんあのバカでっかい亀のことだ。



 あいつは『アダマンタイトフォートレス』という名を持っていて、別名『無敵の要塞』とも呼ばれていた。

 長い歴史の中で魔王軍が誇る『最硬』の防御を誇るあの魔物は、その恐るべき防御力を盾に、人類との戦いで幾度も暴れまわったという。

 歴代の英雄たちもあいつを撃退しようと躍起になったみたいだが、防御力の源である甲羅に傷ひとつ付けられなかったたらしい。 

 

 

 厄介すぎる相手ではあるのだが、周辺地域に与える被害が甚大なため無視するわけにもいかず、昔の人たちは『ある方法』を用いて『アダマンタイトフォートレス』を封印し、一時をしのいだ。

 その『ある方法』が気になったので「その方法は?」と話を遮ってでも聞いてみると、パーシャックから帰ってきた答えは「さぁ? おれもそれは聞かされてない」との返事。

 


 さぁって……。そこ一番大事なとこでしょ。

 王家の人もあの亀の対抗手段はしっかりとパーシャックに伝えておいてほしかったなぁ――




 


 さて、どうしたものか。

 魔王を倒したこともある建国王達パーティーでさえどうにもならなかったあの亀をどうやって倒せばいいのだろう?

 足をつまずかせてひっくり返せば『総攻撃チャンス』でワンチャンあるかも?

 いやいやいや、歩みは遅くとも安定感のある四足をどうやってつまずかせることが出来る? そんな手段はないので却下。




 そうしたらこれはどうだろ?

 水と縁の深い生物だから、水分を奪って干からびさせるのはどうだ? 

 いや、発想が陳腐すぎる。この手段もねーわ。



 その後も色々案を練ったのだが、あの極端な巨体が邪魔をし、実現不可能かつ的外れなものしか浮かばなかった。

 正攻法も絡め手もダメそう。

 知恵熱が出そうなほど考え込み、うんうんととうなっているとなんか知らんが、唐突に自分がやっていたMMORPGのクソボスを思い出した。

あれは本当にひどかったからな――




 待ちに待った大型アップデートで突如現れたそのレイドボスは、どんな廃ギルドが立ち向かっても倒せなかった。

 それでも廃ギルドのメンバーは自分たちが鯖一の最強ギルドだということを誇示するために、それまでご法度だった他プレイヤーへの情報提供をして集合知での勝利を選んだのだ。

 それならと、他プレイヤーも思いつかなかったような奇策を考え出し、討伐の機運は高まっていった。

 あの時期の匿名ネット掲示板は一番盛り上がった記憶がある。




 そして実装から数日たち、ボスの行動パターンがある程度出そろって皆が気づいたのは『これ調整ミスってね?』という事だった。

 そう皆が思った理由は以下の二つ。

 ボスの自己回復能力が廃装備で固めた精鋭たちの攻撃とほぼ同等である。

 そしてもう一つは一定時間以上経つとボスが暴走モードに入り、ステータスが極端に上がって後衛の回復が追い付かず壊滅してしまう事だった。

 

 

 プライドをかなぐり捨て、外部パーティーに回復協力を得たうえでの挑戦でも同様の結果が出てそれは確信にかわった。

『これやっぱり調整ミスってね?』と。

 自分もそう思ってみていたが、それでも当時の開発BLOGではギミックを理解すれば倒せるの一点張り。

 そんなこともあってか、ユーザーと開発陣が一番仲悪かった時期だったような気がする。

 いや、仲良かったのかも。




 この話のオチはサービス終了後の開発インタビューでわかる。

 端的にいうとあのレイドボスは、時間が足りないまま検証不足でだしてしまった開発の調整ミスで、大型アップデートの目玉コンテンツの一つだったため延期することも出来ず、上層部にせっつかれるまま生まれてしまったボスだったとのこと。

 


 ボスの仕様を理解した開発陣ですら、アップデート時の装備では倒せなかったと白状したので当時ネットで話題になったっけ。

 



 でだ、目に映る現実はゲームのようにアップデートや修正パッチでどうにかなるものではない。

 そういったものが一切望めないこの世界では、自力でどうにかするしかないのがおつらい。

 というか、あの亀も件のレイドボスのように今現在の戦力では倒す方法自体がないのかもしれない。

 


 あわよくばシエラのマンパワーでワンチャンあるか? とも思ったりするが、シエラの小柄な体躯と、見ないふりをするにはいささか無理がある前方の『アダマンタイトフォートレス』を見比べ、俺はため息をつきながらこう思ってしまった。

 『これやっぱり調整ミスってね?』と。





 手だては一向に浮かばなかったが、目の前に迫り続ける困難は片付けていかなければならない。

 この戦場での敵は『アダマンタイトフォートレス』一体というわけではないのだ。

 以前工房に襲撃してきたゴブリンや、レッサーウルフは大量にいるし、空を飛ぶ名前も知らぬ飛行生物だっている。そいつはゴブリンを背に跨らせ、上空から投石や汚物をまき散らすいや~な攻撃を繰り返していた。

 



 ゲームだったらイの一番に倒したい存在だが、地の利がある上空からの攻撃に対抗する手段はシエラにはない。

 上空からの脅威は後方に陣取った弓兵に任せ、俺とシエラは地上の敵に挑み続けていた。

 正確には敵を撃破し続けているのはシエラだけなので、俺はシエラの『玄武フィールド(仮)』にお邪魔して精神面のサポートを心掛けている。

 え、お前邪魔じゃねって?

 『そうかな…… そうかも……』

 



 じゃなくて!

 死が身近に迫る戦場に出るのは正直怖くて仕方ないが、それはシエラだって同じことのはず。

 そんな状況で戦闘の素人であるシエラを危険な戦場に立たせ、自分は知らんぷりってのはどうかと思うわけよ人として。

 


 まぁ、自分の作った武器の加護が働いているうちはお互い大丈夫だろうという打算みたいなものはもちろんあったし、こいつが『なんらかの理由』で動けなくなった場合は、命を懸けて守る覚悟はできているから許して欲しい。

 


   

 俺の思惑はともかく、戦場を駈けるシエラはすごかった。

 俺の心配も杞憂で終わりそうなほどにだ。

 敵味方入り乱れての乱戦に、最初は怖がっていたりもしたが『玄武短剣の能力を持ったグリーンタートルナイフ』の加護で敵の攻撃を全く寄せ付けないとわかるといなや、「にゃ~は、にゃ~の強さが恐ろしい」などとほざきながら魔物を蹴散らしまくっている。


 

 

 シエラに次いで目立っているのは我らがグロリア王国の団長であるユークリッドさん。

 得物を愛用の剣から短剣に変え、団員を引き連れながら戦場を無双していた。

 そして、その部下であるクール系女剣士のニーナさんと、もう一人の部下ゴドルフォンさんがそれに続いている。 




 そのニーナさんだが、戦場でもひときわ目立つ美貌も相まってか、両軍の兵士たちにえらく評判がよい。

「俺、一生あの人の下で働くわ……」

「いいよなーお前らは、俺もあの人の下で働きたかったよ」

「ああぁなんて素敵な人なんだ。うちの兵舎で口汚くののしられたい」等々……


 


 連合軍のむさいマッチョたちが、ニーナさんの良さを語らいながら陣形を乱してまでニーナさんのお尻を追いかけまわしていた。そこに確かな絆と団結力が生まれているのは気のせいだろうか? 

 いや、気のせいじゃないわ、すげーなニーナさん。




 みんな活躍しているな……俺も鼻が高いよ。

 などとシエラのバリアの中で後方鍛冶職人面をしていると、視界の隅に趣味の悪い金ピカの鎧を着た男と、それに付き従う男たちが、馬上から戦場を見守っている姿が目に留まった。

 先頭で苦虫を嚙み潰したような顔をしている男の顔には見おぼえがあった。

 あれはロリコンのカイル王子だ。




 最初は戦況が芳しくなくてそんな顔をしているのかと思ったが、そうでもなさそう。

 アンタッチャブルな存在である亀はともかく、それ以外の地上戦は素人目から見てもこちらに分があったし、ラインを押し上げ続けているので魔物たちは野営地にまったく近づけていない。

 だとしたら彼はいったい何を見てあんな顔をしているのだろうか?


 


 答えが出ぬまま、ほどなくすると、戦場から背を向けたカイル王子とその一行は、野営地のほうへ馬を駆っていった。

 ありゃ? いったい何しに来たんだあの王子は。戦場であんな馬鹿みたいに目立つ格好してるのだから武力自慢でもしに来たのかと思ったぞ?   

 などと考えていると前から声がかかった。声の主はもちろんシエラだ。

 こっちはこっちでまた何とも言えない顔をしていた。

 



「またお腹痛くなってきたにゃ……」

 その顔を見た瞬間、そうだろうと思ったよ。

「マジか」

「マジにゃ……」

「戦いが終わるまで我慢は」

「出来そうにないにゃ……」

 こいつにとっては魔王軍の脅威よりも、迫りくる『何か』のほうが重要なわけで――

 



 もし、もしもだ。

 シエラに向かって「そこらへんでしてきなさい」と言ったらどうなるか?

 考えられる答えはこうだ。




「にゃーは自由におトイレにも行かせてもらえないのにゃ!? にゃー戦うのやめる!」ってへそを曲げちゃうパターン。

 しかもその影響で『猫まっしぐら』の効果が悪いほうに働いてデバフがついちゃってピンチになっちゃうやつ。

 ありそう……超ありそう。




 なのでそれだけは避けねばならない。

 だからといって戦力の要であるシエラが持ち場を離れて大丈夫なのか?

 わからん……てか、戦場での皆さんは普段トイレはどうしてるのん?



 

 戦場でのおトイレ事情なんか知らない俺は、悩みに悩んだあげく答えを出した。

 その答えとは女の子としての尊厳と、やる気を保つためにシエラと一度野営地に戻り、こいつをトイレに格納することだ。これが一番早いと思います。

 



 優勢になってきている中、原動力の一人が戦場を離れるのはその勢いをそいでしまうようで心苦しいが、まだ相手側には『アダマントフォートレス』が残っていてそれを倒せるのもやっぱりこいつしかいないんじゃないかと判断したのが大きい。

 


 あ! もう一つやることがあるわ。

 そう、シエラの心のケアだ。

 わざわざ男の俺に恥を忍んでトイレのことを聞いたくらいだ、こいつも戦場を離れるのを気にしているのだろうと推測できる。同じ工房の仲間としてその気持ちを少しでも和らげてやらねば。




「ユークリッドさんたちも頑張っているし、ここは大丈夫そうだ。無理をせず一旦戻ろう」

「よかったにゃ、もうすぐで決壊するところだったにゃ……」

 女の子がそんなこと言わないの。




 


 野営地に戻るとすぐさま俺はシエラをトイレまで送った。

 その際シエラが「間一髪だったにゃ」とボソっと言ったことはすぐに忘れることにした。


 


 シエラが無事帰還するまでの手持無沙汰な時間、あの亀の対処法をどうにかひねりだせないかうんうん考えていると、複数人の声がだんだんとここに近づいて来ていることに気づいた。

 女子トイレの前で待つ不審者に思われたくなかったので一先ず物陰に隠れることにした。

 それは結果的にとても賢明な判断だった――




「なぜ見つからない! どこかに置き忘れてきたんじゃないだろうな」

 この声は……カイル王子か、なんか知らんがめっちゃ切れているな。

「い、いえ、カ、カイル様。『約束の地』であちらにお渡しする大事なものですから、間違いなく王国から持ってきております。私どもで厳重に――」

「言い訳はよい! 今どこにあるのかと聞いているのだ」

 途中で話を遮ったカイル王子の激高で、家臣であろう人達の体が、はた目から見てもわかるほどぶるぶると震えていた。

 



「それは、その……」

 尻切れトンボのように徐々に声がか細くなっていった。

 この家臣であろう男を見ているとこっちまでいたたまれなくなる。それと同時に転生前の会社のパワハラ上司を思い出してしまったわ、ちくしょうめ。 




「いいか、お前たち。このままでは戦果を全てグロリア側に持ってかれてしまう。これは俺の、いや、ルナール王国のメンツに関わる問題なのだ」

「は、はぁ」

 今俺のって言った!




「同盟国というのはお互いの力関係が対等で成り立つものだ。それがどうだ? 誉あるルナール王国軍がこの戦場ではやつらのフォローに周り、後じんを拝しているではないか。このままでは長年続いてきた両国の均衡が崩れ、ただの属国になり下がるぞ。それでよいのか?」

「い、いえ」

 大勢の人の生き死にがかかっている中で、メンツなんかにこだわっている場合じゃないだろうに……。




「現状を一気に打開するためには『あれ』がどうしても必要なのだ。『あれ』さえあればあの亀を必ず倒すことが出来るだろう」

「そうかもしれません。ですが『あれ』をここで使用するわけにはいきませんよ、カイル様。『あれ』は我々ルナール王国とグロリア王国の同盟の証であり、あちらへお渡しする大事な品でもあります」




 

「ふん、『あれ』は金さえあれば解決できる代物だ。金などまた民から集めればよい。俺は国と民の未来のためにやろうとしているのだ。これからどんなに重税を課すことになってもこれは正当な理由になりうる。父上もきっとそれはわかってくれるだろう」

「そうかもしれませんね……」

 


 内心納得いってないだろうが、自分たちの失態もあってか及び腰になっているようだ。

「わかればよい。お前たちは今すぐ戦場から数人兵をつれ戻し、守銭奴のエルフ共から『十年分の軍事費』を使って手に入れた『神雷の矢』(パイルバンカー)のスクロールを探し出すのだ――」






 うーーーーん。

 彼らが立ち去ってからも俺はこの場から動けずにいた。 

 いやな場面に出くわしてしまって大分メンタルが削られてしまったからだと思う。




 同盟国同士で共通の難敵を倒すのだから、メンツとか言っている場合じゃないだろうに、あのロリコンバカ王子はそれがわかっていない。

 とまっとうな感性では思うのだが、盗み聞きした『神雷の矢』とやらの一撃にすがりたい気持ちも正直あった。それぐらい手詰まりなのだ。

 


 『十年分の軍事費』という莫大な負担が、ルナール王国の人たちに今後のしかかることを考えると、他人事ながら胃が痛くなってくるが、あそこまで信頼を置いている手段なら『アダマントフォートレス』を倒せる威力は充分ありそうに思えた。

 希望的観測かもしれないが、パーシャックが言っていた『なんらかの手段』が実はこれだった可能性もありえるし――

 


 


「ふぅ~今度こそすっきりしたにゃ~」

「それはよかった。それよりすぐ戻れそうか?」

 トイレから戻ってきたシエラは顔がいつになく晴れ晴れとしているし、今度こそ出し切ったのだろう。

 何がとは言わんが。

「大丈夫にゃ! アキラも色々とありがとうにゃ」

「どういたしまして」




「そうにゃ――」

「うん?」

 野営地を出て、これから戦場に戻るぞ! というところでシエラがおかしなことを言い出した。




「アキラが持ってきた『サラサラ』にゃんだけど」

「使い心地よかったか」

 リクエスト通りのサラサラなものを探し回ったのだからよい返事欲しいよね。




「いや、そうじゃなくて。なんか使おうとしたら突然光りだして文字がポウっと浮かび上がってきて面白かったにゃ~」

 あれ? なんだか知らないけどすごく嫌な予感がしてきたよ?

「……う、うん? それでそれにはなんて書いてあったんだ?」

「にゃーは『エルフの古代文字』さっぱり読めないし、使ってすぐに捨てたにゃ」



 エルフの古代文字とか言い出したよこの子!

 なんかこの瞬間頭の中でバチーン! と何かがつながった音がしたよね。 

 



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