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第三十五話 駄猫vsアダマンタイトフォートレス オープニング 



 緊迫感のある叫び声が外から複数聞こえ、ただならない事態が迫っていることは俺でもわかった。

 それはパーシャックも同じだったようで近づけた顔を止めると「コホン」と咳払いしてから距離を取りなおし、真剣な顔で聞き耳を立てだした。

 


 いったい何だったんだろうか? まぁわからないことを気にするより 有事に備えるためシエラとライオットを起こしたほうがいいな。

 中身大人の俺が責任をもってこいつらの安全を確保せねばならないし。



「ふにゃ~……あと五分……あと五分だけ」とぐずったシエラは鼻をつまんで無理やり起こした。

 駄猫がこのセリフを吐いて五分で起きたことが一度もないから強硬手段に出ざるを得なかった。

 逆に、完全に寝入って天使のような寝顔をしていたライオットは起こさずに優しくおんぶすることにした。

 この対応の差、俺がロリコンだからというわけではなく、シエラの普段の行いが悪いだけなのでそこんとこよろしくな。



 いつでも動けるように準備を済ませていると、シエラが体をブルブルと震わせていることに気づく。

 武者震いだろうか?

 さすが魔王軍の幹部をタイマンで倒しただけはある。集中力が研ぎ澄まされ、神経が鋭敏になっているのだろう。

 いざという時に頼りになる奴だぜ――



「ちょっとおトイレ行ってきていいかにゃ」

「……行ってきなさい」

 股を抑えながら部屋の外へ駈けていったシエラの後ろ姿を見てため息をつく。

 あいつに女性としてのつつしみはないのだろうか?




「なぁ、アキラ」

「お、おう。どうした?」

 背中の暖かいライオットをおんぶし直し、返事をする。



「なんかドタバタしてて言いそびれちゃったからさ、落ち着いたら改めて話を聞いてほしい」

 数分前とは違い真剣なまなざしで言ってくるもんだから、どんな告白をされるのかちょっと心配になる。

 だって『もう無理だ』って言ってたもん、さっき……。

 まぁ、だからといって聞かないわけにもいかないわけで。



「おう。その時になったらちゃんと聞くよ」   

「よかった」

 

 

 パーシャックとの約束を取り付けた後はシエラをひたすら待った。

 待ったが、なかなか戻って来ない。初めてきた場所だからトイレの場所がわからないのかもしれない。

 だとしたら粗相的な意味で大丈夫だろうか? 

 お前の女子力信じているからな―― 



 シエラは戻って来ないが、代わりにパーシャックのお供二人が部屋へやってきた。

 二人とも装備一式を身にまとっている。この旅路では帯剣こそしていたが、ここまで物々しい恰好はしていなかった。

 思っていたより状況はかんばしくないようだ。



「パーシャック様、落ち着いてお聞きください」

「うん。どうした?」

 なんだか知らんがパーシャック妙に落ち着いている。ここにきてパーシャックに貫禄のようなものが芽生えているような?

 以前だったらもうちょっと取り乱していたはずだ。どこかで急成長するきっかけがあったのかな。



「この野営地は魔王軍に完全に包囲されました」

「うん、それで」



「本来ならあなたを守ることが私たちの役目です。ですが、ユークリッド様の判断でパーシャック二号を守らなければならなくなりました。私どもとしてはパーシャック様から直々に命令していただければ――」

「いや」

 話を遮られ無念そうなフィルダーかタップスのどちらか。



「二人の忠義はありがたい。けど、ユークリッドの判断通りに動いてくれ。おれは工房のみんなと一緒にいるから大丈夫だ」

「で、ですが」

 そう言って俺を見るフィルダーかタップスのどちらか。以前対峙したことあるだけにすっごい心配そう。

 


「大丈夫だって! いざとなったらアキラがおれのこと守ってくれるから! な?」

 ええーーー? ここで俺に話を振る!? 全盛期の中田英〇並みのキラーパスがきてしまい慌てる。

 早く、早く返事をしなくては! お供の二人がとんでもなく恐ろしい顔しちゃってるから!



 あたふたしてしまった俺の口からこぼれた言葉は「任せてください」の一言。

 本当はこう言いたかった。

『俺が作った武器と強力な仲間がいるので安心してパーシャックを』任せてください、と。 

 随分と言葉足らずになってしまったが伝われこの真意!



 無言で俺の顔を見つめる二人のプレッシャーに耐え続ける。

 目をそらしたらいきなりグーパン飛んできそう。いや流石にないか。


 

 このまま納得するまでにらみ続けられるのでは? 思ったがそれも束の間だった。「わかりました。私たちは与えられた任務に戻ります。ですがくれぐれも無理はなさらずに」とフィルダーかタップスのどちらかが答えた。

「わかってるよ。ありがとうタップス」

 あ、タップスだったんだ。



 二人が部屋から出て行ってもシエラは一向に戻ってはこない。

 戦力の要がいないのは流石に心もとない。探しに行くべきか、戻るまで待つべきか。

 選択の時だった。



 野営地の周りはすでに戦場と化し、兵士の怒号がここまで聞こえてきている。 

 魔王軍の戦力がいかほどか見ていないので何とも言えないが、タップスとフィルダーが殺気立っていたところを見るに、形勢はあまりよさそうではない。

 それに兵士が叫んだ『エルフの転移スクロール』という単語も気になった。

 


 この世界に来てからこういう空想じみた現象にあう場合、碌な目にあったことがない。

 今回もそんな嫌な予感がする。

 だって『転移』ということはスクロールがあればあるだけ魔物がやってくるわけで――



 そう考えた瞬間、唐突に体が浮いた。

 いや、正確には地面が揺れ体が浮いたように錯覚しただけで、原因は何か高重量のものが突然『降り立った』からだった。



 それは、ワン〇と巨象に出てきそうな『甲羅をまとった大きな大きな亀』の姿だった。

 外郭を形成する木の杭の高さを遥かに超えた高さのせいかまだ距離はあるがこの部屋の窓からも見える。

 あんなどでかい亀が数歩踏み込んだらどうなるだろう? 答えは簡単。

 この野営地はあっけなく崩壊してしまうはずだ。それだけ圧倒的な威圧感と存在感を持っている。




「ここを出てシエラを探そう」 

「え? なんでだ?」

「外も危険だけどここに居続けるのは得策じゃない。ここにとどまったままじゃ『あれ』にいつか踏みつけられてしまうだろ?」

「ま、まぁ確かにそうだけど」 

 俺は物語に出てくる英雄や主人公ではない。

 力を持たない故の恐怖を感じているから正常な判断が出来ていないかもしれない。

 


 でも、行動を起こさないままあんなのに踏みつけられて終わる選択肢を取るわけにはいかない。

 経験上受け身のままで事態が好転したことはほぼないのだ。

 


 それに勝てる見込みがこちらにはある。それを行使して自分の手が届く範囲の平穏を守るべきだ。

 そのためには魔王軍の幹部をタイマンで討ち果たしたシエラを探すしかない。

 他力本願でみっともなかろうが、大切な人を守るための最善策がこれだ。

『せっかくだから、俺はこの選択肢を選ぶぜ』 

 


 シエラの居場所はすぐに見つかった。

 いたのはもちろん女性用のトイレだ。

 野営地なのにしっかりとしたトイレが築かれている。ルナール王国の王女が要求したのだろうなということは容易に想像できた。




「シエラ、大丈夫か?」

 緊急事態でやきもきしているがそれをこらえて、トイレの個室越しに優しく声をかける。

 理由は簡単。

 


 シエラに作ってあげた『玄武短剣の能力を持ったグリーンタートルナイフ』の『まっしぐらIV』の効果が『シエラのノリや気分次第』な所がありそうだからだ。

 うまいこと嵌まれば強烈なバフ効果をシエラにもたらすが、へそ曲げたらデバフ効果がつきそうな危うさをあの武器は秘めている。



 能力や発動条件が確定してない今、前回の成功条件をそのまま踏まえるしかない。

 だから今はなるべくシエラのご機嫌をとり、甘やかせてその代償として働いてもらうしかない。



「ふにゃ~~」

 帰ってきた言葉に思わず「どっちなんだよ!」と突っ込みそうになったが突っ込まない。辛抱強くシエラを待たなくては……

 待た、待たなくては――



 ズシーンと地面が大きく揺れ、体が跳ねる。あの亀が一歩踏み出したようだ。

 体が大きすぎるためか一歩目に時間が相当かかった。

 これは正直助かった。俊敏な動きをされたら太刀打ちできなかったかもしれないから。



「今ので引っ込んだにゃ……」

 何がだよ! とは突っ込めない。相手はこれでも生物学上女の子だから――



「……シエラすまん。正直あとどのくらいかかりそうだ?」 

「それは神のみぞしる……って感じかにゃ」

 あああああ!!

 深呼吸をして心を落ち着ける。

 もうすぐで怒りゲージマックスで覇王〇の大斬り、ならぬ大蹴りをかましそうになってしまった。こらえた俺えらい。 



「それよりアキラ」

「なんだよ?」

「女子のトイレに入ってくるってにゃーはどうかと思うにゃ」

 横にいたパーシャックもうんうんとうなづいていた。

 そりゃそうなんだが、状況を把握しているんだから味方になってくれてもいいのに……。



「ああ!!!」

「こ、今度はどうした?」

 突然大声上げるもんだから口から心臓飛び出しそうになったぞ!



「で、でそうにゃのに。拭くものがないにゃ……にゃーは一体どうすればいいのにゃ?」

「……取ってくるからそこで待ってなさい」

「にゃーはデリケートだからザラザラじゃなくて、サラサラなのお願いするにゃ」 

「………………」



 サラサラなものを求め片っ端から色んなテントへお邪魔する。もちろん一声かけてからだぞ?

 どこのテントも本来いるはずの兵士達は既に戦場へ向かっており誰もいなかった。そしてサラサラなものは見つからなかった。

 横着していくらでも見つかるザラザラなものを持って戻ろうと何度も思ったが、シエラにデバフがついたら意味がないと考え直し、俺はサラサラなものを見つけるため奔走した。



 そしてようやく目当てのものを見つけた。

 簡易ではあるが豪華な内装のコテージから卒業証書のような大きさのサラサラな紙が見つかったのだ。

 拭くものにしては大きすぎるかもしれないが、シエラはこんな事気にしないで使うだろう。

 上等な箱に収められていたこれを持ち帰るのは完全に火事場泥棒みたいで気が引けるが、この大ピンチを救ってくれる救世主を戦場に立たすための必要経費として許してほしい。

  


 トイレに急いで戻ると入り口にパーシャックが立っていた。

 あとはおれに任せてくれと言われそれに従い、サラサラなものを手渡す。

 それから間もなくしてシエラとパーシャックが出てきた。 



 すっきりした顔のシエラは俺に向かって開口一番こう言ってくれた。

「それで? にゃーに一体何を頼みたいのにゃ?」

 やだ、セリフだけはかっこいい……


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