第三十三話 ふたりのパーシャック
工房の仕事が始まるいつもの時間に目を覚ました俺は、なんともなしに一人で大食堂へ向かった。
早朝も早朝なので誰もいないだろうと思っていたが、女将さんは仕込みをしていたし、他にも五人の先客がいた。
ユークリッドさんに、ユークリッドさんと酒場に来た二人の部下、それにパーシャックのお供であるフィルダーとタップスの五人が一つのテーブルに集まって何やら険しい顔で話し合っている。
そのうちの一人ユークリッドさんが俺の存在に気づき、顔をこちらへ向けてきた。
場の空気がビリビリしているように見えたので、ここに来なかったほうがよかったかな? と思いはしたが来てしまったものは仕方ない。目礼を返して話が聞こえない窓側の席に座った。
ちょっとしたハプニングはあったがこの場所を選んで正解だった。
この席は窓の外、ゆっくりと夜から朝へ変わっていく風情ある景色を臨める事ができる良席だったのだ。
最近は一人でゆっくりしていられる時間もなかったし、のんびりとしていられるこの至福の時を大切にしたい。女将さんがいれてくれた温かい飲み物をすすりながらそう思った――
「カグツチアキラ」
「ふぁい!?」
自分の世界に深く入り込んでいてまったく気づかなかったが、俺をフルネームで呼ぶのは誰だ?
視線の先の対象に焦点があっていくと、ユークリッドさんの部下である女性に声をかけられていたことがわかった。他の四人はすでにいなくなっているのでいつのまにか会議は終わっていたようだ。
「酒場の時以来だな、あの酔っぱらいは元気にしているか?」
あの時酔っ払いは二人いたのだがどっちのことだろう? まぁどっちでもいいか。
「あの酔っ払いはあいも変わらず酔っぱらいで、ある意味元気にしていますよ。えっとぉ――」
そういえばこの人の名前を知らない。このクール系女剣士はなんという名前なのだろう?
「ん、まだ名を名乗っていなかったな。私は『ニーナ』王国軍の兵長をやっている」
初対面は高圧的な態度を取ってきたが、その後のシエラへの優しい対応を知っているのでこの人に嫌な感情はない。なので緊張せず会話ができそうだった。
「『ニーナ』さん、ですか。覚えました。俺に何か用でも?」
わざわざここに残って俺に声をかけてきたのだからなにか理由があるはず。
その理由はまったく検討もつかないが。
「ああ、話が早くて助かる。早速ですまないが、きみに頼みたいことがある――」
『このあと暇か? よければ私の部屋に来ないか?』
とか色めき立つような特別な頼み事ではなく、普通に仕事の依頼だった。
ニーナさんともうひとりの兵長であるゴドルフォンの武器の手入れを頼まれたのだ。
お金ももらっているのでちゃんとした依頼ではあるのだが、その依頼内容が個人の範囲内でかんたんに出来る事だったので少しだけ違和感があった。
まぁ実際は手間暇かける時間がないほど忙しいだけなんだろうけど。なんか気になったんだよな――
「――こんなもんかな?」
預かった武器は改めて手入れをする必要がないほどだったが、言われたとおりやることはやった。剣を陽光にかざし、サビや微細な凹凸の有無、艶を確認してから鞘に戻す。
うん、完璧な出来栄え。あとは依頼主であるニーナさんに渡すだけだ。
「ここにいたのか。探したぞ」
「パーシャック、どうしたんだ?」
作業場の外からひょっこりと覗く可愛い子がいると思ったらパーシャックだった。
「そろそろ出発するぞ。荷物はもうまとめておいたから早く馬車に乗ってくれ」
「あいよう、その前に用事済ませてくる。先に行っててくれ」
「わかった。なるべく早く来てくれよ」
なんか今日も機嫌いいな。ステップが軽やかだったわ。
依頼の品を届けた俺は馬車に乗り込み、昨日と同じ乗車メンバーで馬車に揺られながら次の目的地へと向かっていく。
乗車メンバーであるシエラは二日酔いでゾンビのように「うーにゃー」うなっている。そのシエラと同室になって歯ぎしりとうめき声に睡眠を阻害されたライオットは、寝不足分を補充するためシエラと仲良くシーツをかぶって横になっていた。すまなかったライオット、ゆっくり休んでくれよな。
「なぁパーシャック」
「ん~?」
乗車中体重を預けるようにぴったり俺の横にいるパーシャックは、返事さえも軽やか。今のパーシャックなら俺の疑問に何でも答えてくれそうだ。
「昨日からずっと気になってたんだけどさ」
「うん?」
「なんで今日も俺たちと同じ服装なんだ? お前はルナール王国の偉い人と会う立場の人間だろ? それなりの服に着替えておいたほうがよくないか?」
「う~ん。それはなぁ~そうなんだけどなぁ~これ言っていいのかな」
なんでそうもったいぶった言い方するのん?
「パーシャック様」
「わかってるって、言ってみただけだよ」
「それならいいのですが」
何その秘密のやりとり。きになる! でもこれ以上は突っ込むのは野暮っぽいしやめておこう。
「ま、そういうことなんだよ」
「今は教えたくないってことはわかったよ」
「えへへ」
タイミングを間違っただけっぽいし、いつかおしえてくれるだろう、その時まで待てるし、待つわ。可愛く笑ってごまかされたわけじゃないからね!
しょーこりもなくちょっかいを仕掛けてくる魔物や盗賊をあしらい続けていると、辺りはもう夕暮れ時に。短い休憩を何度か挟んだが流石に疲れも溜まってきた。そんなタイミングで先行している兵士たちから歓喜の声が連なって聞こえ始めた。どうやら無事に目的地についたらしい。
ルナール王国が用意してくれていたテントが至るところに設営されていた。それが松明に照らされている。外郭を大きな木の杭で囲われて最低限の安全も保障されているので安心して休めそうだ。
早速馬車から出て伸びをする。
うへ、座っている時間が長かったから体がバキバキに固まってるわ。
「パーシャック様、いえ今からあなたは『パック』でしたね」
うん? 何そのやり取り?
左右の腰に手を当て体をそってストレッチをしていると、フィルダーがパーシャックに向かって意味不明なことを言い出した。
「それからこちらを」
この旅の間、重量のある『聖都の戦乙女』の持ち運びはタップスが担当していたのだが、ここに来て初めてパーシャックにその仕事が回ってきた。
「おう」
パーシャックは不思議がることもなくそれをタップスから受け取り……まではよかったのだが休憩を優先するためか馬車にそれを立て掛けた。……もっと大事に扱ってくれよ。
いやそれより! お供の二人もだが、パーシャックの様子もなんかおかしいぞ?
「どういうことだよ、パーシャ――ふぐっ!」
いきなりパーシャックに後ろから手で口を抑えられしゃべることができなくなってしまった。
一体何なの!?
「アキラそのまま黙って聞いてくれ。あそこに一人だけきれいな服装の子がいるだろ?」
「ふがふが」
ふがふが言いながら首肯する。
パーシャックが指差す先に、一番作りの上等な馬車があって、その近くにユークリッドさんときれいな服装の子がいた。その子は見た目年齢はパーシャックとそう変わりがないように見える。
あの子は一体誰だろう? そう疑問を頭に浮かべた時、パーシャックから驚くべきことを聞かされた。
「今からあの子がパーシャックだ。そして俺たちはあのパーシャックの小間使いになって世話をすることになる。それとおれのことは『パック』と呼ぶように。いいな?」
ううん、全然よくない。




