↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/52

第三十二話 前夜



 トイレから親指を立てて戻ってきたシエラを無事回収した俺たちは、今日泊まる宿に移動するとそこの大食堂で少し早めの食事を取ることになった。

 食事の準備が整うまでの間、俺は以前から興味のあったことをパーシャックに聞いてみた。



「そういやさ、相手はどんな人なんだ?」

「相手ってルナール王国のか?」

「うん」

「そう言われてもなぁ。小さい頃に一度会ったことがあるらしいんだが、まったく記憶にないんだよ。どんやつなんだろ?」



「それでよく婚姻を結ぶ気になれたな」

「何言ってるんだ。相手方の申し出を受ける受けないの決定権、おれにあるわけないだろ」

「そういうもんか。大変だな」と軽く返答をして場の空気が凍りついた時、自分の失敗にすぐ気づいた。対面に座るパーシャックの表情と、憤怒の形相をしているタップスとフィルダーを見てそれが確信へと変わる。

 



 そこで思い出してしまったあの苦い記憶と感情。

 小学校の時くだらない事で女子を泣かせてしまい、それを契機に他の女子から集中砲火を食らったあのとき。

「あーー! 高坂くんがまた――――ちゃんを泣かせた! いーけないんだ、いけないんだ。先生にゆってやろー」

 女子特有の団結を発揮された後、先生にチクられその一件がその日の帰りの会で議題に上がり、女子全員からぼろくそにけなされてしまった。今思うと子供って残酷よな……。

 俺は泣かせるつもりはなかったんだ。ただなんかちょっかいを掛けたかっただけなんだ――



 俺にとってこの場は、女子に囲まれ逃げ出せなかったあの時よりも居心地が悪い場所になってしまった。

  



 

 両国の結びつきのため、国のため――

 王子だから、そういう伝統だから――

 本人の望む、望まないに関わらずそういったしがらみや責務を、生まれたその日から一身に背負ってきたというのに、俺は当人しかわからない気持ちを勝手に推測し、無遠慮でくだらない質問をしてしまった。

 建国王の件以降はナーバスな面を見せていなかったとはいえ、婚姻のことを甘く見積もりすぎた。

 俺はなんてバカで浅はかな人間なのだろうか。

 

  

 

「……すまなかったパーシャック。さすがに無神経だった」

 後悔したところで遅いが、謝るべきことは早めに謝っておく。

「いや、おれのほうこそすまなかった。自分では気持ちに折り合いがついて大丈夫なつもりだったんだけど、お前に言われたらなんか一気に気持ちが高ぶっちゃって、な」



 本来は婚姻の前祝い的な意味あいをはらんでいたであろう食事会が俺のせいで一気にお通夜のような雰囲気に。気を利かせてどうにか場を和ませてくれるユイリちゃんも、場の空気を強引に変えてしまうサーニャさんもここにはいない。

 大食堂の従業員も料理をもったお皿を両手にオロオロしてしまっている。

 こんな状況ではほどなくお食事会もお開きか、と思われたその時意外なところからのんきな救世主が現れた。


 

 グ~~~~~~~~~

 ぐ~~~~~~~~~

 二箇所から情けないおなかの音が聞こえてきたのである。



「あ、あのう……にゃーお腹ペコペコだしそろそろ食べてもいいかにゃ?」

 その主の一人は、そんな事言いながらすでに両頬がリスのように膨らんでいた。

「わらわも」

 もう一人の主は顔を真赤にして恥ずかしそうにうつむいているが、その野獣のような眼光は『ある』一点を見つめたままだ。



「……ぷっ! あははははは」

「パ、パーシャック様!?」

 さっきとまでは打って変わって腹を抱えて笑い出したパーシャックを心配そうに見つめるお供二人は、どう対応していいのかわからずといった様子。


 


 数十秒間ひーひーと笑い続けて涙目になったパーシャックは、涙を拭ってから呼吸を整え、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。そこにはいつもどおりの笑顔が輝いている。

「いやぁやっぱりお前達最高だよ。連れてきてよかった本当に」

「ほえは、よかったにゃー。にゃーもふぉんなおいひいごはんたべられてうれひいにゃ」

「シエラ、はしたないのじゃ。食べるかしゃべるかどっちかにせい」

「食べるにゃ!」



 いつもどおりなシエラはともかく、まともなこと言っているライオットもとんでもない量のご飯を食べ続けている。工房の住人は一体どうなっているんだ? まともなやつが俺しかいねぇ!

 それにこの二人の食べっぷりを見ていたら今更工房のエンゲル係数が心配になってきた。というか二人の食費は誰に付けられているのかしらん?



「女将! 今日は祝いの席だ。料理と麦シュワあるだけ持ってきてくれ! 全部おれのおごりだ!」

「かしこまり!」

 このやりとりのあと俺たちのテーブルに次々と豪華な料理と麦シュワが運ばれてくる。

 


 その物量に負けじとシエラとライオットが「にゃーーー!」とか「ふおおお~なのじゃ」と雄叫びを上げながら次々と胃に流し込んでいった。異世界フードファイターかよと言いたくなるほどの食べっぷりでギャル○根と競わせたいくらい。いい勝負するのでは?



 ドラゴンボールの天下一武道会後のゴクウ達のような無茶な量の食事を平らげたシエラとライオットは妊婦のようにお腹を膨らませまどろんでいた。

 こうして二人がある意味退廃的な姿を晒したところでようやく狂宴は終わった。



「うぷっ……ウエストがきついにゃ……」

「わらわも……」

「……いやまぁそれだけ食べればなって、おいっ!?」 



 ひと目があるというのにきつくなったウエストを少しでも開放しようとシエラはワンピースを脱ぎ始めようとする。いやそれ意味ないから!

 見る人によっちゃ目が離せない状況だろうが、俺はこいつのルックスに負けたりなんかしない! というかライオットに悪影響だからやめてくれ。



「シエラ」

「んにゃ~?」

 とろんとした上目遣いで体を擦り付けながらしなだれかかってくる様は、こいつを知らない人にとっちゃ欲情を掻き立てられるのかもしれないが、俺は普段のこいつをよーく知っているので惑わされたりなんかしない。惑わされたりなんかしないのだ。



「そういうのは自分の部屋に戻ってからにしなさい」

「にゃーは少しくらい見られても平気だし、何より部屋に戻るのめんどくさいのにゃ~」 

 ……本当に世話のかかるやつだ。

 だからといってこのまま放っておいたら何をしでかすやら……ああ、考えただけでも恐ろしい。



 ぶーぶー言って今にも本格的に脱ぎだしそうなシエラを半ば無理やり抱きかかえ、服を戻し、胸元まで大胆に開けたボタンをとめていく。

 すると服を脱ぐのを邪魔されたのがよほどしゃくにさわったのか、シエラは俺の肩に何度も無言で頭突きをみまってきやがった。



「痛いからやめろ。俺はお前がこれ以上恥や無駄にアダルティーな下着を周囲に晒す前に助けてやったんだぞ。感謝されてしかるべきだろ」

「そんなの誰も頼んでいないのにゃ! アキラはにゃ~のとと様かよ!」

 なんなのその理不尽な怒り……。

 反抗期の娘をもったお父さんの気持ちを疑似体験した気分だわ。



 流石にこのまま絡まれ続けるのもめんどうだ。こうなったら力技で寝かせてしまったほうが早い。

 そう思い立ったら即行動。

 俺はジタバタ暴れるシエラを担ぎ、無理やり部屋まで連れていくことにした。 



「ということでパーシャック、食事ごちそうさまな。ちょっとこいつ寝かしつけてくるわ。で、その後ライオット回収しにくるからそれまで見ていてもらえるか?」

「お、おう。それはいいけどさ、アキラお前本当に十五歳なのか?」

「もちろん」




 俺たち工房組に用意されたのは二部屋。ライオットは俺と一緒に寝たいから同室がいいと言っていたが、俺としては酔っ払ったシエラの様子を見てほしいので、断ることになる。

 まぁ、本音を言えばゆっくりしたかったので傷つけずに断る口実ができたのはよかった。それにライオットが寝ぼけてかましてくるプロレス技も疲れた体にはちょいこたえる。



「さてと」

 ベッドの上にシエラを寝かせてみたものの、いやいやと駄々をこねながら蹴ってきたりするので早急に寝かしつけないといかない。

 と、その前に。

「ほら、これ」

「んにゃ?」



 酔っぱらいに歯ブラシをもたせ、歯磨きを促す。これはおとなしく従ってくれたので助かった。

 あとは寝てもらうだけだ。

 両目を手で塞ぎ、無理やり暗闇を作ると、ものの数秒で寝息を立て始めた。ちょろい。

 


 部屋を出ていく前にお腹を壊していたことを思い出し、シーツをそっとかけてから部屋を出た。その後ライオットを迎えに行って同様に寝かしつけることに成功した。今日の俺、頑張り過ぎでは?




 大仕事を終えた俺は自分の部屋に行き、ベッドにダイブ。

 そのまま大の字になってまどろんでいるとノックの音が外から聞こえてきた。

 うん? 何だ? と不審に思ったがもうここから動きたくないので無視。閉店ガラガラーです。

 


 だがこちらのことなどお構いなしに再度ノックの音が聞こえてくる。これは用事を済ませるまで続けるパターンだな?

 しゃーない。

 最後の気力を振り絞ってドアの前まで移動すると小さな声で「アキラ、おれだ。パーシャックだ。開けてくれ」と聞こえてきた。

  


 パーシャック? こんな時間にどうしたのだろうか?

 答えが出てくるわけでもないので扉を開けてパーシャックを部屋に招き入れる。

 お風呂に入ってからきたのか、めちゃくちゃいい匂いがパーシャックから香ってきた。

 本当間違いを起こしてしまいそうなほどいい匂いがするなこいつは……同性じゃなかったら危なかったぞ。 



「こんな時間にすまない」 

「いいよ別に。それよりどうしたんだ?」

「明日はさ、予定通りならルナール王国の王国軍と合流するはずだ」 

「うん」 

 

 この情報は知っていることなので、本当に伝えたいことが他にあるはずだ。

 ただ、短い付き合いだがパーシャックは本心を伝えるのが苦手っぽいと知っているので急かさずに眠気と戦いながら続きを待った。

 待った――――ってパーシャックさん? 俺そろそろ限界なのですが!?



「アキラ、これから旅でどんな事が起きてもおれを信じてくれないか?」

「へ?」

 眠気に耐えている状態で、いきなりおかしなことを言い出すもんだから素っ頓狂な声しか返せなかった。ただ俺のそんな反応にも動じず、パーシャックの顔は険しいままだった。

 本当にどうしたんだ? 



「信じられるか、信じられないかどっちなんだよ」

 茶化す雰囲気は皆無だ。

 わけが全くわからないけど、こいつが信用にたりる人間であることは重々承知だ。

 それを踏まえた上でしっかり伝え、パーシャックを安心させてやったほうがいい。

 



「どんな事があってもお前を信じる。……これでいいか?」

「それがどんな無茶苦茶なことだとしても?」

 や、やけに食い下がるな。もっと安心させてやらなければならないらしい。

 俺はパーシャックの目を見据えてこういった。



「お前が俺を必要とする限り、俺はお前を信じ続けるよ。これでどうだ?」

 誰かの受け売りじゃない俺の言葉で気持ちを伝えると、パーシャックはいつもどおりの柔和で優しい顔に戻っていた。正解だったらしい。



「おやすみ、アキラ」

「おやすみ、パーシャック」

 不安なことが減り安心したのか、挨拶を終えたパーシャックは軽やかなステップを踏んで部屋を出ていった。

 覚えているのはそこまでで『体力の限界千代の富士』になった俺の意識はそのまま明朝まで吹っ飛んだ。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。