第二十九話 生きた金属
「お前が驚くほど軽いと感じたなら素材に『グロリア鋼』を使っているはずだ」
工房に戻り経緯をサーニャさんに話すと、求める答えはすぐに返ってきた。
「グロリア鋼?」
名前からしてこの国に関係することはわかるが、転生前の日本でも、こちらの世界に来てからも見聞きした覚えの無い素材だった。
「ああ。聖都グロリア領土内の、今は閉山した鉱山でしか採れなかったグロリア鉱石を精錬して出来るレアメタルの事だ。錆びない、刃こぼれしても気付いたら復元している等の特異性を持っていた事から、職人の間では『生きた金属』とも呼ばれていた」
無茶苦茶な特異性も気になるが、もっと気になるのはその入手難易度。
唯一産出していた鉱山が閉山しているって事は新たな入手手段が望めないわけで――
「それって今や入手困難ってことですよね」
「まぁな。最盛期でも産出量が極端に少なかった事に加えて、現在『グロリア鋼』が使われた武具は英雄たちの関係者がほぼ独占してしまって鋳潰すこともできん。まぁ、今となっては鋳潰す方法も無いわけだが」
「そう、なんですか……参ったな。素材さえ調達できればパーシャックを守る完璧なハルバードを作ってあげられる自信があったのですが……」
「ふ、素材さえあれば……か。相変わらずたいした自信だな」
自信があるというか、図らずも手にしたチートスキルがとんでもないだけですよ。と、心の声でつぶやく。
「ま、その『グロリア鋼』ならうちの倉庫にあるぞ」
「ふぇ?」
入手不可能な体で話が進んでいただけに、思わぬ告白にみっともない声をあげてしまった。
「そんなに驚くことか? 伊達にマクシミリアン工房は建国時から店を構えているわけじゃないんだぞ?」
そう言ってサーニャさんは自慢げに胸を張った。さすが親子だけあってそういう仕草似ていますね。
「ただまぁ、『グロリア鋼』があったところで私達の力ではハルバードに加工することは出来んがな」
「え、どういうことです?」
「『グロリア鋼』は普通の炉じゃ溶かせないんだ。今の冗談に聞こえたろ?」
「ええ」
俺が無学なだけかもしれないが、高温の炉で溶かせない金属など聞いたことが無い。
「だが事実だ。昔の職人は『古代種のドラゴン』の力を借りて『グロリア鋼』を溶かし、武具へ加工したらしい」
『古代種のドラゴン』とな……。いきなり武器製作の難易度が跳ね上がったぞ。
「その話が全部真実なら、確かに無理そうですね」
「そういうこと」
『古代種のドラゴン』ねぇ……そんな都合のいい存在がいたとしてどうやって協力を取り付けるのだろうか? というかその手段を現在持ち得ない時点で、現存しているのかも怪しいと感じる。
ん~まいったなぁ。
「ん? 無理そうなのか?」
話を聞いていたパーシャックが心配そうな顔で俺に問いかけてくる。依頼を請け負った手前、無理そうでも無理とは言えない。というか言っちゃいけない。
大事な人の命がかかっているからな!
「大丈夫だ。心配するなって」
と根拠の無い返事をしたところでこのままでは前に進めそうにない。
早急に代替案を見つけねばならない。
理想は『古代種のドラゴン』がひょんな所から見つかって交渉してどうにかしてもらう事だが、自分で考えておいて都合のいい話すぎて悲しくなってくる……。
いかん! 次だ、次!
過去の成功体験から答えを導き出すのはどうか?
いい案かもしれない。
転生してから起きた奇跡的な出来事と言えば……『ピクシーストーン』のおかげではあるが、ユイリちゃんの包丁をエピックウェポンに進化させたことが一番だろう。
そうだ。『ピクシーストーン』さえあればどうにかなりそう!
あれさえあればこの難局も一発で解決してくれるに違いない。ってこっちの方が現実味無いわ。
あのカミシマでさえ俺の手に『ピクシーストーン』が渡ったのを知った時は大分嫌がってたくらいの超絶レアアイテムだ。今の戦力では正規の方法で手に入れることは不可能だろう。
んあー八方塞! 一体俺はどうすればいいんだ。
「何だか賑やかだと思って見に来たら、やっぱり帰って来ておったのか」
ユイリちゃんの世話を見て貰っていたライオットがいつの間にか階下に降りてきていた。
「ライオット、ただいま。ユイリちゃんは?」
「一度起きて色々話したが、もう心配せんでよいぞ。今はまた寝ておるが夕食時には降りて来るじゃろう」
「そっか、よかった。ありがとうな」
「うむ」
「で、どうしたのじゃ? 皆見るからに深刻そうな顔をしておるぞ」
幼女のライオットに仕事の話をしたところで事態が好転するとは思えなかったが、背中に生えた翼と大きなシッポを見て、思い直した。
可能性が少しでもあるなら、それを試さない手は無い。
「実は、かくかくしかじかで――」
「ふむ、炉で溶かすことの出来ない金属か……。わらわにちょっと見せてみるのじゃ」
いい反応が返ってきて思わず期待してしまう。
「って言っていますけど、お願い出来ませんか?」
「見てどうにかなるもんじゃないが、後学のため見せてやる。ちょっと待っていろ」
サーニャさんはそう言って回れ右をすると倉庫のほうへ向かっていった。
が、すぐに怒気をはらんだ声が聞こえてきた。一体何があったのだろうか?
「シエラ! お前頼んでおいた倉庫整理全然してないじゃないか。ちょっとこっちこい」
「ふにゃにゃにゃ」
またお前か!
がっくりうなだれたトラブルメーカーは、手をぶらぶらさせながら倉庫へ向かって行く。途中振り返って潤んだ瞳で俺を見つめてきたが、あえて無視する。
仕事サボって俺たちをつけて来たお前が悪い。
いい機会だから日ごろの生活態度も含め、しっかり叱られてきなさい――
「これはあれじゃな。『生きた金属』であろう。以前これと同じ物を里で見た事があるのじゃ」
「見たことあるって、なんのためにそこにあったんだ? 教えてくれ!」
光明が見えてきて気持ちが逸ってしまい、ライオットの肩を掴んで前のめりになって問いただしてしまった。
びっくりして目をぱちくりさせたライオットだったが、気を取り直して話を続けてくれた。
「その昔、里がまだ他種族と交流を持っていたとき、幾度となくこれと同じ物が大量の酒や食料と共に運ばれてきておったのを覚えておる」
「そ、それで!?」
「ちょ、ちょっと距離が近すぎるのじゃ。少し離れてくれぬかのう?」
続きが気になるからとはいえ、超至近距離でまた圧をかけ過ぎた。ライオットが防犯ブザーを携帯していたら鳴らされる一歩手前だったかも。これは紳士として反省せねばならない。
「おぬし達が『グロリア鋼』と呼んでおる『生きた金属』は文字通り生きていて意志を持っておる。だから普通の方法では加工することができぬ。だが、わらわ達が力を行使すればそれが出来る」
「ほんとか!?」
「だから、さっきから距離が近すぎるのじゃが……」
「す、すまん。続けてくれ」
適切な距離を取り、話の続きをやきもきしながら待つことに。
「性欲のモンスター穢れも知らぬ幼女に迫る事二回。これはしかるべき機関にしらせなければならない案件かも知れないのにゃ……」
「シエラはちょっと黙ってなさい」
「ふにゃにゃにゃ……」
話がそれる要因の猫娘の腰を掴んで後ろへ運ぶ。これで落ち着いて話せるはずだ。
「続きを話してもよいかのう……?」
「本当にすまん。続けてくれ」
「そんなぞんざいに扱ってよいのか? 見ているこっちが心配になるのじゃが……」
ライオットの視線の先にはシエラがいて、泣いているように見えるのだろうが、あれは嘘泣きだ。
泣いている人間が「しくしくしく……サンジュウロク」なんてくだらない事言うわけがない。
「いいの。あいつだって俺にひどい事いっぱいしてきたんだから」
実際は命を救ってくれた大恩人だし恩義を感じている。もっと敬って丁重に扱ってもいいのかもしれない。だけど長い付き合いになりそうな予感のするあいつとは、遠慮せずに駄目なことは駄目と言い合える対等な関係でありたいと思っている。
「それならいいのじゃが」
「安心してくれ本当に大丈夫だから。それより話の続きを聞かせてくれないか」
「うむ、そうじゃな。驚かないで聞いて欲しいのじゃが」
と前置きをするライオットの表情から駆け引きなどの小細工は一切感じない。その証拠にこちらの反応も待たず大事な話をズバッと切り出した。
「わらわはおぬし達が必要としている『古代種のドラゴン』なのじゃ」
「マジで?」
「マジじゃ」
万策尽きかけの状況だったが、ここにきて降って湧いたような超絶なご都合展開が訪れている。こんな身近に『古代種のドラゴン』いたとか運がいいってレベルじゃないぞ。
この好機を活かさねば。
「俺はライオットの話を全面的に信用する。だから今すぐ力を貸してくれないか」
「まったく疑わないのじゃな」
「信用するに足る行いをライオットが今までしてきたって事だよ」
「ふ、ふむ。なんか恥ずかしいのじゃ」
そう言ってからライオットは両方の手内輪で真っ赤になった顔を扇いだ。
そのしぐさがかわいい。
「うむ、おぬし達には世話になっておるし力を貸すのは構わぬ。話を聞いたそのときから元々そのつもりじゃった。ただ、その前に以前言いそびれたわらわの願いも聞いてもらえぬかのう」
覚えていないけどそんな話あったっけ? まぁいい、先ずは話を聞こう。
「話を聞かせてくれ。俺が出来る範囲であれば何でもするぞ」
「んむ、協力的で助かるのじゃ。わらわが望むのは一つ。今の依頼が片付いたらわらわと一緒に里へ付いて来て欲しいのじゃ、どうかのう?」
「そんな事でいいなら」
無理難題を提案されてもおかしくは無いと思っていたが、拍子抜けするほど楽なお願いだった。
こっちは助かるけど、唯一無二の能力を持ったライオット側からすると釣り合いが取れてない取引に思えるのだがいいのかな。
「うむ。契約成立じゃな。わらわの気がかりも無くなったし早速仕事に取り掛かるとするのじゃ」
「おう、頼む! っておい――」
このかわいらしい女の子がどうやって『生きた金属』こと『グロリア鋼』を溶かすのか、そればかり注目していた俺が思わず即ツッコミしてしまう出来事が目の前で起きようとしていた。
なぜなら、ライオットがその場で服を脱ぎ始めようとしてしまったのだ――




