第二十七話 人生初デートの相手は異世界の王子さま
隣からかすかに香る柑橘系の香り。
その発生源をチラ見する。すると目が合った相手がニコリと笑った。
「ん、どうした?」
「いや、なんでもない」
上機嫌なパーシャックがあまりに愛らしくて、見とれているうちに挙動不審になっていたらしい。俺は同性相手に何でこんな緊張しているのだろうか――
「若いとさすがに化粧の乗りが違うな……うらやましい」
「そうなのか?」
「ほらっ動くな。ジっとしてろ」
メークされるがままのパーシャックは、時々くすぐったそうに体をよじったりして逃れたがっていたが、サーニャさんに顔を掴まれ正面に戻されると、観念したのかおとなしくメークを施されていった。
ため息混じりでパーシャックにメークを施すサーニャさんだが、あなたも一児の母親には見えない美しさと若さですよ! とか言ったら嫌味に受け取られかねないので言わないでおく。サーニャさんのゲンコツは脳天に響くのだ。
「ベースはこんなもんかな」
ベースメイクを終えたサーニャさんは他人にメークをするのが楽しかったようで満足げな顔をしていた。
中性的なイケメンが美少女に生まれ変わりつつあるのだからやっている本人も手ごたえがあって楽しかろう。
「よしっ次はデート服を選ばなくちゃな」
ベッドの上にはスカートやパステルカラーのアウターなどいくつも服が用意されている。
全部サーニャさんが昔着ていたものらしい。サーニャさんもこんなかわいらしい格好をしていたのだなぁ。
普段は革のエプロンやラフな格好をしているサーニャさんを見慣れているだけに違和感しかない。
「なんだ? アキラ。その目は」
「ナンデモアリマセン」
「パーシャック、こっち来い。これなんかお前に似合いそうだ」
姿見の前に移動したサーニャさんはパーシャックを呼び寄せ自分の前に立たせる。そして後ろからハンガーが付いたままの服をあてがう。
それを見ていた俺の率直の感想は『王子のポテンシャル半端ねぇ』である。
もともと見た目がよく、ユニセックスな服装だったこともあり、メークをしてサーニャさんの服で女性の姿に寄せて行くと、美少女度が青天井ではね上がっていくのである。しぐさもなんだか女の子っぽくなってきているし、パーシャック、恐ろしい子……!
「あとは実際に着て試したほうがいいな」
「そうだな」
二人がキャッキャしながら服を選び続けること数十分。数十着あった服はあと四、五着まで絞り込まれた。
あれなんかパーシャックに似合いそう。でもあっちも捨てがたい。二人はどっちを選ぶのだろう? とか考えてたらサーニャさんが俺に「いつまでいるつもりだ?」と一言。
「へ?」
「いつまでいるつもりだ? と言ったんだ。聞こえなかったのか?」
サーニャさんにジロっと睨みつけられてしまう。
「今から着替えるんだ。お前は外に出ていろ」
ここまで来たら最後まで見ていたかったのだが、サーニャさんの有無も言わさぬ剣幕で部屋の外へ追い出されてしまった。
こうなっては仕方ない。
パーシャックのお供との攻防で、服にいろんな汗が染み込んでいるだろうし、俺もデートに向けて着替えはしっかりしておこう――
ものの数分で着替えて食卓のいつもの椅子に腰掛けて二人を待っていると、二階から人が降りてくる音が聞こえてきた。ようやく準備が整ったようだ。
「二人とも、俺大分待ちましたよ」
「何言ってるんだお前は。女はデートの用意に時間がかかるんだよ! そんな事も知らんのか」
そんな事いわれたって俺デートの経験ないし。
そもそも、パーシャックは男だし……
「それより、これを見てみろ! 私の最高傑作だ!」
サーニャさんがさっと横にステップすると後ろから美少女が現れた。
その瞬間、俺はもう少しのところで椅子から転げ落ちそうになった。
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! オイヨイヨーー
だがし○しのほた○さんや、ハラペコ王が着ている服と似たデザインの服を着た美少女が、俺の目の前にいた。俺の好みドンピシャである。
「パーシャック、なのか?」
「み、見りゃわかるだろ。それより、さ……ど、どうなんだよ、実際のところ」
自分をパーシャックと言い張る美少女は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしながら上目遣いで何度も俺の様子を伺ってくる。
え、本当にパーシャックなの? にわかに信じがたいんだが?
お前の金髪に合うそのSAOのアス○のような髪型はなんなの? 可憐過ぎるでしょ?
それと胸元に視線がいくようにデザインされた服から不自然に盛り上がったその二つの丘は何?
異世界産のパッドを使うとそこまで自然なお胸が出来上がるの?
ていうかさっきから俺気持ち悪くない?
状況をまったく把握出来ていないが、今は心配そうにしている目の前の美少女にしか見えないパーシャックの不安を取り除くのが肝要だ。
嘘偽りのない感想を言ってあげればいい。
「か、かわいいんじゃ、ななななな、ない、かな?」
って何をドモってるんだ俺は!
「そ、そっか。だったらいいんだ!」
俺にかわいいと言われて更にかわいい顔しないでぇ! 新しい何かに目覚めちゃううう。
俺たちのやり取りをニヤニヤしながら眺めていたサーニャさんは、うまくいったのがよっぽどうれしいのか、腹を抱えて笑っていた。というか笑いすぎて涙目になっていやがる……!
「あははははっ。こんなにかわいい子とデート出来るなんてお前もうれしいだろ?」
「いや、まぁ」
恥ずかしさのあまりぶっきら棒に言ってからチラっとパーシャックの顔をうかがう。
そしたら褒められて感激しているのか、耳と首筋まで真っ赤になってうつむいちゃってるよ。
俺も心臓のドキドキが止まらないし、正常ではない二人でこのまま無事デートをこなすことができるのかしら――
パーシャックの好感度上げに、バッドフラグをへし折るための武器作り。
二つの難題を抱えたままだが、俺達は今デートを楽しんでいた。
初めの内は『相手は男だ』と理性が何度も修正をしかけてきた。
ただ、デートは一人で出来るものではない。相手がいて初めて成立するものだということに気付いてからは、パーシャックが男だとか王子だとかいうことを気にせず、一緒にエンジョイするべきだと考え直した。
そう思い直すまではよかったのだが、だからといって何をすればいいのかわからない。二人でのデートはパーシャックの好感度を上げるには好都合なイベントではあるのだけど……。
人生の大半をコミュ症のシングルとしてすごしてきたので仕方ないのだが、それで諦めてしまうわけにはいかない状況でもある。
俺の横で楽しそうに微笑んでいるこいつを、失うわけにはいかないしな。
正解かはわからないがこの際だ、パーシャックのやりたい事を全部叶えてやるのがいいかもしれない。男役として器の大きいところを見せるのだ。
この異世界に来る時にもらった一千万ジェニーも、ギルドに加盟するため必要だった二百万ジェニーを支払って以降手付かずでお金の心配はない。
美少女と化した王子の願いやわがままを全て叶え、好感度を上げて見せる!
「パーシャック、今日のデートはお前のやりたい事を全部叶えようぜ。先に言って置くが金ならある! 心配するな」
最後の一言は余計だったかなと思ったが、パーシャックが目をキラキラさせていたので結果オーライ。
「いいのかアキラ? おれは結構わがままだぞ?」
俺の提案から二人の本格的なデートが始まった。
具体的にどんなデートをしているかというと、手始めに手なんか繋いじゃっている。しかもただの手繋ぎじゃないぞ? 指と指を交互に絡め合わせて俗に言う恋人繋ぎというやつをしている。
もちろん俺から絡めたわけじゃない。パーシャックがノリノリで「手ぇつなごうぜ」と言って俺の返事も待たずにこうしてきたのだ。
隣から香る匂いとやわらかい手から伝わる体温でどうにかなりそう。頑張れ俺の本能!
「どこか行きたいところとかないか? 案内するぞ」
動揺を悟られないよう努めて冷静に声をかける。するとパーシャックは少し考えてからこう言った。
「ん~~。しばらくはこうやってアキラと街を見て回りたいかな」
天使かよ……
希望通り一緒に街を歩き続けてた。
するとある事に気付く、というか気付かないほうがおかしい状況に陥っていた。
それは何かというと『同性の嫉妬の目がひどい!』だ。
たぶんみんな考えている事はこうだろう。
なんであんなさえない奴の隣でこんな美少女が楽しそうにしているのだ! しかも手まで繋いで!
わかる、わかるよその気持ち。
でもね、すれ違いざまに舌打ちするのはやめて……
モテ男や陽の者ならこんなの簡単に受け流すか、嫉妬やプレッシャーを己のパワーに変換する事が出来るのだろうが、俺はモテ男とは間逆の人生を歩んで来た日陰者ゆえ、このプレッシャーが耐え難い。
手汗をかいても手を離さずにゼロ距離でいてくれるパーシャックの温もりがなかったらめげていたと思う。ありがとなパーシャック。
そのパーシャックは人から注目を浴びる事に慣れきっているみたいで俺に嫉妬の視線があったことに気付かずに市井の生活風景を楽しんでいる。
「なぁ~なぁ~アキラ」
「ん、どうした?」
パーシャックがある露店に興味を持ち、立ち止まった。結構歩いたしお腹が減ったのだろう。俺もちょうどお腹が減っていたところだったので助かった。
「あれ食べたい!」
パーシャックが指し示した先にあったのは、油で一緒に揚げたお肉とジャガイモに似たイモ類に、カレーの風味に近い香辛料をドバっとかけたジャンクな食べ物だった。
この街で非常にポピュラーな食べ物で、シエラや俺がお使いついでに買って帰るのでマクシミリアン工房でも馴染み深い。麦を発酵させた飲み物とあうんだこれが。
「おっけー。一緒にたべよう」
「やったー!」
「二つください」
「毎度! ってサーニャの所のガキか」
いつもは愛想のいい店主が今日はなんだか愛想が悪い。まぁここまで来たらさすがに察するけど。
「そのかわいい子はお前の彼女か?」
「いえ、ちが――」
「そうです!!」
おいおいおい。何を言い出すのかなパーシャックさん?
「ほ、ほう。仕事を頑張っている俺にかわいい彼女を見せびらかしに来たのかお前は」
「えへへ」
反論する前にパーシャックが照れだしちゃったもんだからさぁ大変。
笑ってるように見えるけど全然笑ってない店主の爆誕です。次回この露店に来る時が怖い。
「はいよ、熱いから気をつけてな」
「おじさん、ありがと!」
丁寧に商品を渡されたパーシャックが笑顔でそれを受け取ると、店主はだらしなく鼻の下を伸ばしていた。
だが、その顔が俺のほうを向くと一瞬で鬼のような顔へ変貌する。
「お前のはこっちだ……」
「あ、ありがとうございますぅ!?」
いつもよりなんか香辛料の量が多くて色合いも赤すぎる。
「それはおまけだ。味わって食べるんだぞ?」
「……はい」
イジメか!
飲み物を買い足して手ごろなベンチで一緒にジャンクな食べ物を食べた。王子の味覚にあうか心配だったが「また食べたい!」と言うほど気に入ったみたいでひと安心。これが大丈夫なら色んなお店を紹介できそうだ。
あ、ちなみに俺の分は案の定、唐辛子が増量されていてとても食えた物じゃなかったです。いやまぁ食べたけどさ、明日のトイレが今から心配だよ。
腹ごしらえを済ませ、街の大通りへ戻り当てもなくぶらつくことに。
パーシャックと一緒に俺の馴染みのお店をいくつか回った。そのたび冷やかされたり、にらまれたりもしたがお腹が膨れて気が休まったおかげであまり気にならなくなっていた。
っと。
次の目的地に向かう途中で繋いでいた手が後ろに引っ張られ、立ち止まってしまう。
「どうしたパーシャック? いくぞ」
「ちょっと待ってくれ。この子がかわいくてこの場から離れられそうにない!」
とあるお店の前にいるマスコット犬に興味をひかれたらしいパーシャックは、スカートを巻き込んでから座り、そのまま犬をなで始める。そして心地良さそうにされるがままの犬を笑顔でだき寄せわしゃわしゃとかわいがり始めた。
こりゃ当分この場から離れそうにない。仕方ない満足するまで待っていてやろう。
「またなぁ~」
「ワンワン!」
全身撫で回し続け、犬との交流に満足したパーシャックは立ち上がると「んっ」と言ってから俺に手を差し伸べてくる。
気恥ずかしかったが、消えた手の温もりが恋しくてついその手を握り返してしまう。
「ん、よろしい!」
「デートだから仕方なくだよ」
今日に限らずだが、本能的な部分でパーシャックを魅力的な異性のように感じてしまっている。頭の中ではちゃんと理解しているはずなのに大事な何かがバグってしまっているのだろうか?
それとも見た目さえよければ性別なんか関係ない変態さんにジョブチェンジしてしまったのかもしれない。
ちらっと横の王子を見てみる。
すると視線に気付いたパーシャックが俺にしなだれかかりながら
「なんだ~? おれの顔ばかり見て~」とにやにや顔で言い出す。
「いや、何も」
そっけない返事をしているが、内心、なんなの! そのかわいい仕草は! と抱きしめたいくらい愛しい!
「本当か~?」
「本当だって」
なおも食い下がるパーシャックは体をぐいぐいと押し付けてくる。
やだこの子、積極的過ぎる。
周りの目を気にせずパーシャックとバカップルムーブをし続けながら歩き続けていると、いつのまにか目的地についていた。
芸術的なデザインで組まれた石造りの大きな建物、この異世界の言葉で『グロリア王国歴史博物館』と書かれている。ここはパーシャックが俺をぜひ連れて行きたいと言っていた場所だ。
手を繋いだまま入り口までの階段を上がっていく。入り口までの途中パーシャックが
「どうしても一緒に来たかったんだ」とぽつり。
そのときの顔はここに来るまで一度も見た事のない少し寂しそうな笑顔で、どうしてか俺は返事をする事が出来なかった――
ちょっとした気まずさを抱えたまま入り口へたどり着き、カウンターに向かう。
係りの人曰く、グロリア国民は入場料金が必要ないらしい。名前とこの国のギルドに加入している事を伝え、少し待つと「確認が取れました」と言われそのまま館内へ入れた。
女装をしたままのパーシャックは何の確認作業もなしに中へ通されたので事前に報告がいっていたようだった。今回のデートはサーニャさんの思いつきだったのに抜かりがないね。
「とりあえずどうする? 順路どおりにいくか?」
「……アキラ、実はお前に今すぐ見せたい物があるんだ」
そう言ったパーシャックの視線が、展示物のある館内に向けられていた。
俺もその視線を追ってパーシャックが俺に何を見せたいのかをすぐに理解する。
広大な敷地を持つ館内は多数のエリアで区分けされているのだが、そこは展示品が一つしかないのに館内でひときわ大きなスペースを有している。この国の成り立ちを考えれば当然と言えば当然なのだが――――
「アキラ」
「おう」
「あれがお前に見せたかった武器、ご先祖様が愛用した『建国王の鉾槍』だ」




