第二十三話 パーシャック王子の難解なオーダー
吐くもの吐いてすっきりしたのか、持って行ったおかゆを「あふいにゃ」とか言いながらも完食したシエラは、食後すぐベッドに横になってそのまま寝入ってしまった。
昨日の事は感謝せねばならないが、まったくお騒がせな奴だ。
染みになる前に落とせそうな汚れだけでも水で洗い流そうと思い、工房に戻る前に洗濯場へ向かうと、サーニャさんとそこで出会った。
「お、探したぞアキラ」
「すいません、着替えたらすぐ行きます」
「いや、そこまで急いでいないからいいが……ってどうしたんだそれ」
サーニャさんの視線がゲ○まみれの服に集中する。
そりゃ気になるよね。
「シエラにやられました」
「だろうな。まぁなんだ、元気出せ?」
「……はい」
新しい服に着替え、工房に戻ると中ではユイリちゃんとパーシャック王子が椅子に座って楽しそうに話をしていた。
人付き合いも損得で考えがちな大人と違い、子供は出会ったばかりの人とすぐ仲良くなれるのがいいよね。
そんな事考えながらじ~っと二人を眺めているとある事に気づき、驚愕する。
うちのユイリちゃんやっぱかわいいいな。
ルックス強者の上流階級の人間と並んでもまったく見劣りしていない。というか勝っているのでは?
まぁ多少の身内びいきがあるのかもしれないが、俺はロリコンでもないから正当な判断が出来ているはず。だからユイリちゃんすごい。俺きもい。
「アキラ、ぼさっとしてないでこっちこい」
「はい」
着替えたばかりの服の上に革のエプロンを着用し、サーニャさんのもとへ向かう。
ユイリちゃんと楽しく話をしていたパーシャック王子も、俺の準備が整った事に気づいたみたいでユイリちゃんとの話を中断して俺とサーニャさんのもとへやって来た。
「待ってたぞ! 早くおれの武器を作ってくれ」
開口一番出てきたセリフがこれ。逸る気持ちを抑えきれない子供っぷりはかわらず。
「わ、わかりましたから。少し離れてください」
王子、顔近すぎです……。
ぐいぐい来る王子を粗相のないようになるべく優しく引き離す。
その際、王子のぷにぷにした体の感触を確認したがこれで大遠征なんていう大層な名前が付いたミッションを完遂できるのかと少し心配になった。こりゃ頑張っていい武器を作ってあげないとね。
「ユイリ、お姉ちゃんのところに行って様子見て来るね」
「ぐっすり寝ていると思うけど、よろしくね」
「うん」
ユイリちゃんはそう言って満面の笑みで答える。
「行こう! ライオットちゃん」
「んむ」
これから本格的に仕事が始まると察したであろうユイリちゃんは、ライオットと手をつないで工房を出て行った。本当気の利く賢い子だ。
ユイリちゃんとライオットを笑顔で送り出し、王子と向き合う。
「えっと武器製作を担当するカグツチアキラです」
「カグツチアキラっていうのかよろしくな!」
「よろしくお願いします。早速ですがパーシャック王子はどんな武器がお望みですか?」
個人に求められて武器を作るの今回が初めてだ。それがこの国の王子だというのだから緊張する――
「あーダメダメダメ!」
「へ? どうしました?」
突然の駄目出しに素っ頓狂な声が出てしまった。
なにか気にさわるような事でもしちゃったか?
「そういう堅っ苦しいのはやめてくれ。話すときはタメ口でいいし、おれのことも気安くパーシャックって呼んでくれて構わないぞ」
怒らせたわけじゃなくて安堵したが、いきなりこんな距離のつめかたをされても困る。
何も考えず了承して、気安く「パーシャック」と呼び捨てなんかしたら不敬罪認定されて後ろに控えているお供二人に取り押さえられそう。
どうにかしてやんわり断れないだろうか。
「なぁーなぁーなぁー。別にいいだろ? おれとお前の仲じゃないか」
「仲って……昨日出会ったばかりじゃないですか」
答えを出せずにいる俺に王子は攻勢を強めてくる。
袖を何度も引っ張られながら上目遣いで哀願してきたのだ。
駄々っ子のようなそのしぐさが段々かわいく見えてきてつい許してしまいそうになる。しっかりしろ俺、相手は男だぞ――
こんな他愛もないやりとりを続けていると「いいかげんにしろ」とサーニャさんからゲンコツが飛んできた。目の前で火花が散るような激痛にこれ以上時間を浪費するのはまずいと思い直し、セカンドインパクトが飛んで来る前に、一息吐いてから話しかけた。
「パーシャックはどんな武器が希望なんだ?」
「っ!!」
その瞬間、パーシャックはもともと大きな目をこれでもかと見開くと、前のめりになって俺のことを見つめてきた。なんだか顔も赤い。
なんなのその反応……何を考えているのかまったくわからんのだが。
「そーそーそー! それでいいんだよアキラっ!!」
数十秒ぶりに止まっていた時がパーシャックの大声で動き出す。そしてうれしそうに俺の両手をとると、ぶんぶんと振り回す。
パーシャックこういうの好きね……。
「落ち着け、落ち着けって」
いつまで経っても終わりそうになかったテンション爆上げのパーシャックをなんとか落ち着かせ、本来の目的へと引き戻す。
「パーシャックは大遠征のための装備を作ってもらいにここへ来たんだろ? しっかりしてくれ」
「お、おう! 取り乱してしまってすまない」
ふぅ……ようやく正気を取り戻してくれたか。
王子とタメ口で話したのが気がかりだったが、お供の二人は平然としている。
このまま会話して大丈夫そうだ。よかったよかった。
「おれの希望はな……」
「うん」
おっと、ようやく話が進みそうだ。
「おれの求める武器、それは…………」
「それは?」
あ、あれ?
パーシャックは間をためにためたまま、答えを言わずにニヤニヤしている。
その顔がすごくうれしそうだから邪険にはできないが、なんなのこの恥ずかしいやりとり。テレビとかでよく見た付き合いたてのバカップルみたいでつらい。男同士だからそのつらさがさらにドン。
「パーシャック、そろそろ話してくれても――」
「おれのために『かっこよくてつよくてめだつ武器』を作ってくれ!」
「え、今なんて?」
ラノベ主人公特有の難聴などではない。言っている事が理解できず思わず聞き返してしまった。
『かっこよくてつよくてめだつ武器』を作ってくれと聞こえた気がしたが多分気のせいだろう。
「いや、だから『かっこよくてつよくてめだつ武器』を作ってくれって」
聞き間違いじゃなかったのかよ! 聞き間違えであって欲しかった!
なんだよ『かっこよくてつよくてめだつ武器』って! わけわかんねーよ。
レベルの高い教育を受けているはずのパーシャックから頭痛のする要望で頭を抱えそうになる。
いくらなんでも抽象的かつ難解なオーダーではなかろうか。
ただ、それで思考停止していても仕方ないわけで。
理不尽で理解不能な案件だったらいくらでも社会人時代に立ち会ってきた。それに比べたらかわいいもんだ。
「パーシャックが言うかっこいいって何だ?」
パーシャックは少し頭をひねった後、こう答えた。
「シュバ! シュバババって感じ!」
「はぁ? なんだそれ」
やばい。
あまりに意味不明すぎて思わず失礼な返しをしてしまった。さすがに今のはまずいかも。
念のためお供二人の様子をちらっと伺う。怒っていませんように!
直立不動――
大丈夫そうだ。ふぅ~やれやれだぜ。
パーシャックの言った事を解読するのは後にして、自分なりの正攻法で答えを引き出すことにした。
「ここにあるのだとどれがパーシャックの好みに一番近い?」
そう言って工房内を見渡す。するとパーシャックもつられてキョロキョロしだした。
工房内には剣だったり、槍だったり、斧だったりと戦場で活躍している武器が一通り揃っている。 きっとこの中に好みに近いものがあるはず。それさえわかればあとは王子の要望を地道に聞きだし近づけていけばいいだけだ。
「そうだな~」
パーシャックはそう言って立ち上がると工房内を興味深そうに歩き回った。
お供二人もそんなパーシャックの後を警護するように付き添う。その姿はまさに忠臣といった感じ。
工房内を自由気ままに歩き回るパーシャックは一通り武器を手に取ったり、眺めたり構えたりしたのち、ある武器の前で立ち止まって正対した。
へぇ、ああいうのが好みなのか。
大遠征と言っても王子であるパーシャックが戦場に出て戦うわけでもないだろうし、好きに選んでもらっていいのだけれど『あれ』を選ぶとは意外だった。
一通りその武器を振り回した後――いや、振り回されていたな。それでもパーシャックは満足したのか、得意げな顔をして戻ってきた。
「これ気に入った!」
そう言って俺の前でその武器『ハルバード』を構えて見せた。




