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第二十一話 話横柄な団長と負けず劣らずな女主人


 大通りから外れ、暗い通りをずんずんと進むユークリッドさんの後をついて行く。

「どこ向かっているんですかね?」 

「……」

 ユークリッドさんに聞こえない声量でサーニャさんに問いかけるも、しかめ面のまま返事をしてくれない。

 出会ったときから折り合いがどうにも悪い二人なので再度聞くようなことはせず、目的地に着くまで黙ってついて行く事にした。




 そのまま歩き続けているとユークリッドさんがあるお店の前でぴたっと立ち止まり振り向くと

 「ここで少し待っていろ」と告げてきた。

 こっちの返答を待たずさっさとお店の中へ消えていったが、こういう対応にも流石になれたもので俺は気にならなかった……俺はね。



「な~にが『ここで少し待っていろだ』えっらそうに……」

 ユークリッドさんを小バカにしたようなモノマネでその不機嫌さがわかるというもの。

 ただ、このままフォローせず放っておいたら工房に帰ってしまいかねないので、機嫌の悪いサーニャさんをなんとかなだめながらユークリッドさんが戻ってくるのを待った。

 


 胃がきりきり痛むのを我慢すること数分。

 店内から「入れ」と声が掛かりほっとしながら中へ入って行く。

 店内は移動する前の大衆酒場とはうって変わってジャズでも流れていそうなシックな飲み屋。というかバーと言ったほうが相応しい落ち着いた空間だった。

 カウンター席が等間隔にあり、そこでガタイのいい男たちが静かに飲んでいる。

 それに老紳士のマスターが柔和な笑みで客に応対していた。



「こっちだ」

 店内の事ばかりに気をとられ立ち止まっていると、ユークリッドさんから苛立った調子の声が飛んできた。

「すいません、今行きます」

 


 俺とサーニャさんが招かれたのは店の奥にあるVIPルームのような場所だった。

 そこには複数の屈強な男達がおり、その中心に身なりのいい青年が席に座って食事をとっていた。

 


 皆さんは一体何の集まりだっけ?

「威厳をまったく感じさせないだろうが、こいつは聖都グロリアの第二王子『パーシャック・グロリア』だ」

「よろしくなっ!」

 『パーシャック・グロリア』と紹介された青年は骨付き肉を持ったまま、変声期前の少年のような声で挨拶をしてきた。



 ん? 今王子って言ったか?

 この人王子なの?

 そんな偉い人がいる場所に呼ばれちゃったの?

 にわかに信じられなくてじっくり見つめる。



 王子と紹介されたこの気さくな青年は、見た目は俺と同世代くらいに見える。

 さらさらな金髪の長髪が似合う青年で、こちらを見つめる人懐っこい蒼い目はヒスイの様に美しく、鼻筋の通った高い鼻など顔面偏差値が平均値をはるかに超えている。美女を娶って王妃に迎えることが多いであろう王家の息子と考えれば納得だけど――


  

「お~い、おれの顔に何かついてる?」

「うおっ」

 無意識に長い間見つめていたらしい。

 手のひらをヒラヒラさせた王子がいい顔しながら笑っていた。



「いや、すいません。何もついてないです」

 あー恥ずかしい。

「ならよかった」

 特に怒るわけでもなく、えらぶる事もない。

 なんだか不思議な人だ。そんな第一印象を持った。

 相手は王家の人間で、自分とは対等の身分でも立場でもない。

 平民の自分に対して友好的な態度には面食らったが、こういう人がいるのは面白いかも。

 

   


「ってユークリッド! 王子のおれに、こいつ呼ばわりとは主君に対する態度がなっていないようだが?」

 反応おそっ!

 てか威厳がないのは自覚しているのか……。



「そういう態度をとって欲しいと願うなら、俺を納得させるだけの実績を残してみろ。それ以前に俺の主君はグロリア国王ただ一人だ」

「ぐぬぬ」

 見事なまでのぐぬぬ顔。

 苺まし○ろのアナちゃんみたいでかわいい……っていかんいかん。

 こいつは王子(男)だぞ。しっかりしろ俺。




「時間が惜しい、本題に入る。パーシャックは少し黙っていろ」

「おいー!? おれはグロリア王国の――」

「お前たちをここに呼んだのは他でもない」

 あ、無視した。



「明日も早朝から仕事なんだ。早くしてくれ」

 サーニャさんぅぅぅぅ。

 久々に口を開いたと思ったらいきなり喧嘩腰とかこっちの胃が持たないので勘弁してください!

「ふんっ。なら手短に話してやる」



「最初っからそうしろよ」

「……なんだと?」

 サーニャさんのコントロール無視の火の玉ストレートに俺は変な汗が出始めた。

 


 睨みあった二人はお互い視線を外さず部屋の雰囲気は最悪。

 視線を逃がすために顔の向きを変えずに目をそらすと、王子も気まずそうに俯いていた。

 しっかりしてくれ王子! この場をおさめられるのはたぶんあなただけだから!



 二人の息が詰まるようなにらみ合いは、唐突に終わりを告げた。

 ユークリッドさんが大人の対応を取ってくれたのだ。

「時間の無駄だ」

「勝った!」

 ガッツポーズをするサーニャさんを見て思わず「うわぁ」と声が漏れる。

 先に折れてくれたんだからそれ以上挑発するのはやめなされ……。



「…………まぁいい、本題に入るぞ。正確な日時は省くが、近いうちに俺の団が指揮を執り、同盟国と大遠征を行うことになっている」

「大遠征、ですか?」

  


「そうだ。こんなのでも同盟国から良縁が来てな。それを祝い、同盟国との強固な結びつきを他国に示す。そのための大遠征だ」

 こんなのと言われたパーシャック王子は、ユークリッドさんに抗議しようと立ち上がったところで

にらまれ、すごすごと座りなおした。



「合同大遠征はグロリアの威光を他国に示す重要な任務だ。そのために魔物がいる危険な地域にも赴くことになる。そんな重要な任務にグロリアの外にろくに出た事もないこいつを連れて行かねばならない。表向きはパーシャックが指揮を執るということにしてな」

  



「そういうのはいいんだって。私は政治に興味はない。それより私たちをここに連れて来た理由を早く教えろよ」

「ふんっ」

 大分失礼な態度をとったサーニャさんに対して怒りを鎮めるためなのか、しばし瞑目したのち、ユークリッドさんは再び話し始めた。



「俺が率いている団が指揮をする大遠征だ。めったな事は起こらん。だが」

「だが?」

「もしもの事、というのはある。俺は根が心配性なんでな。その可能性を出来る限りゼロにする努力は怠らない」

「で?」

 サーニャさんは腕を組みながら問う。



「俺の一存で、マクシミリアン工房にパーシャックの武具製作を依頼する事にした。お前のところで製作したあのナイフを評価してだ」

 経営に関わってないから実感することはないのだけれど、グロリア国内では新しい鍛冶ギルドが幅を利かせているとサーニャさんは言っていた。

 そんな中で旧いギルドに属するマクシリミアン工房にこんな依頼が舞い込むこと自体、奇跡なのではないか? ユークリッドさんは大分こちらを買ってくれているみたいだ。



「そういうことね。よし! その依頼引き受けてやる。そのかわり――」

「わかっている。徐々にだが、お前たち旧いギルドに口利きをしてやれるはずだ」

「その言葉忘れるなよ?」

「ふんっ。誰にものを言っている」




 大人組の交渉はまとまったようだ。

 あとはマクシミリアン工房の一員として仕事を全うするのみ。

 心なしかサーニャさんの機嫌も良さそう。よかったよかった。




「おれの初めての大遠征だからな、ビシっとかっこいいのを頼むぜ!」

 席を立ち、俺の前まで来たパーシャック王子が子供のように目をきらきらさせながら握手を求めてきた。

 こちらこそと握手を返す前にふと、頭によぎった事がある。

 工房のためとはいえ、これは簡単に請け負っちゃいけない案件だったのでは? と。

 


 一国の王子にもしもの事があったら、関係者全員の首が飛びそうなんですが。

 いや、絶対飛ぶわ。

 急に事の重大さに気づき、怖くなってきてしまった。

 もっと別の道さがしませんか? と、いう訳にもいかないよな今更……。

 


 ここで自分のチートな鍛冶スキルを思い出す。

 この世界にきてからこのチートスキルには何度も助けられた。

 今日だってそうだ。戦うすべのない俺がこの世界で生きて行くためにはこの力に頼るしかない。



 最高の武具を作ればいいのだと腹をくくり、気持ちの変遷を悟られないうちに握手を返した。

「こちらこそ」

 にひひと笑うパーシャック王子の手は、鍛冶職人の俺とは違って、女の子のようにとても柔らかかった。




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