第二十話 猫娘、宙を舞う
「にゃーはあいつに言ってやったのにゃ」
「なんて、言ったんですか?」
シエラが座ったソファーを中心にして、周りには街の人々が固唾を飲んで続きを待っている。
「聖都グロリアで知らぬものはいないにゃーを相手にしたのが運の尽きだったにゃ……って」
ごくん、誰かのつばを飲み込む音が聞こえてくる。
「シエラァァ アトミックゥゥゥゥ ダイナマイトォォォォ!! ………………成敗!」
そう言ってシエラは緩慢な動きで革のケースに収められたままのグリーンタートルナイフを虚空へ突き刺す。バイカ○フーかよ。
言い終えると、割れんばかりの歓声と拍手がシエラに注がれる。
「ひゅー!! シエラさんマジぱねーっす!」
「英雄だ! グロリアに英雄が現れたんだ!!」
「今日という日を『英雄シエラ爆誕記念日』に制定してもいいのでは?」
「そうだ、そうだ!」
いやいやいや、何なのこの熱狂は。酔っ払い怖い。
「おーし、みんな! あれやるぞ」
「うっす!」
男衆がシエラを抱えあげると、胴上げがはじまった。
「シ、エ、ラ! シ、エ、ラ! もういっちょ! シ、エ、ラ!」
顔を真っ赤にしてコップを持ったままのシエラも満面の笑みでされるがまま。
下でこぼれた麦酒を浴びる男衆もうれしそう。
またか……。
何度目のやり取りだこれ?
俺はこのやり取りをあと何回みる羽目になるのだろうか?
周囲の熱狂の外にいた俺はため息をつく。
今マクシミリアン工房の大人組がいるのは、街の大商人が貸しきってくれた大衆酒場。
天井の高い木造の二階建てで、二階部分のギャラリーからは一階を覗けるような構造になっている。西部劇の映画とかでよく見かける大衆酒場だと思ってもらっていい。
そこで俺たちは街を救ってくれた英雄を歓待したいという商人の申し出を受け、今に至る。
お酒の飲めないユイリちゃんとライオットは家でお留守番。
俺も飲んじゃいけない年齢なので、『泡が立って苦味のあるキンキンに冷えた麦茶』をいただく事になった。
…………そういう事にしてくれ。
一階の中央に特別に設けられた『英雄を祝う席』(ふかふかなソファー)の上で踏ん反りがえった猫娘は、「にゃっはっは」と悪役のような笑い声を度々あげながら酒をあおっている。
口の周りには麦酒の泡で出来たヒゲをたくわえ超上機嫌。
飲みすぎ、食べ過ぎで妊婦のように膨れ上がったお腹はうら若き乙女がしていい姿ではない。
こいつに惚れている人が見たら百年の恋もさめるのではなかろうか。
「お肉のおかわりが欲しいにゃー!」
「いまご用意します!」
「頼むのにゃ。あ、香辛料いっぱい振りかけるのもわすれにゃいで欲しいにゃ」
「ははぁ!」
待遇が一国の王女のようだ。ただ、こんなのが王女だったらその国は長く持たないだろう。
にしても、すがすがしいまでに調子に乗ってるなこいつは。
「…………アイテっ」
「そんな顔をするな。タダ酒、タダ飯大いに結構じゃないか」
サーニャさんに小突かれ、陽気な席で一人だけ浮かない顔をしていることに気づき、少し情けない気持ちになる。
「ご相伴にあずかれているのもあいつが頑張ってくれたおかげだ。細かいことを気にすんな。それに」
「それに?」
無言でこちらを見つめてからサーニャさんはこう言った。
「今回の件で確信したことがある。だからあんまりしょげんな」
なんのこっちゃ? といいかけたところでサーニャさんに髪の毛をぐしゃぐしゃにされて聞けず仕舞い。
本当なんのこっちゃ?
宴が始まってからどのくらいたつだろうか?
楽団の歌や、踊り子の熱狂的なダンスを堪能し、何度目かの胴上げをされた頃、シエラは完全に酔っ払って意識を失う直前に見えた。
それに工房の外だというのに服をはだけさせ、大分ガードが緩くなってきてしまっている。
女性陣もいるとはいえ、周りのおっさん達のシエラを見る目つきが変わってきているので変なことが起きないうちにそろそろお開きにしたほうがよさそうだった。
「そろそろお開きにしませんか? サーニャさん」
「………………スー」
おいおいおい、寝息たてちゃってるよ。
「サーニャさん、起きてください。ユイリちゃんとライオットが家で待ってますよ」
よだれをたらしてテーブルに突っ伏しているサーニャさんの肩をゆする。
「…………」
返事がない。ただのよっぱらいのようだ。
仕方ない。おんぶして帰るか。
あ、でも一人じゃいっぺんに二人をおんぶできないな。
よし、シエラを置いて行くか。
というわけにもいかんよな。
外面だけはいいシエラに宴の間中、言い寄っていたおっさん達はかなりいた。
そのおっさん達が皆一様にシエラの汗ばんだ胸元や太ももに視線が吸い込まれている。
やめておいた方がいいぞーそいつはめんどくさい女だ。
と言ったところでよっぱらい共がそんな事気にするはずもない。
さて、どうしたものか――
俺が困り果てていたところ、貸しきっていた酒場に新たな客が紛れ込む。
入り口の近くにいた人がその客の正体にいち早く気づくと、近くにいる仲間を小突いて気づかせ、それが酒場全体に伝播すると、さっきまでのにぎやかさはどこへやら。
馬鹿騒ぎしていたみんなが一斉に押し黙る。
どうしたんだろう? と視線の集まった先を見て、すぐに察することができた。
みんなの注目を集めていたのは両脇に男女二名の兵を従え、威風堂々とこちらに向かってくるこの国の騎士団団長ユークリッドさんだったのだ。
そのまま一直線に俺たちの席まで来ると
「あんまり悪目立ちして欲しくなかったんだがな……ふんっ、まぁいい。これから一緒に来てもらおう」
とこちらの都合などお構いなしに言いのけた。
用件を伝え終わるとユークリッドさんはそのままきびすを返し、酒場の外へ出て行ってしまった。 その姿を街のみんなは、背中を丸めながらちらちらと視線だけで彼を追っていた。
みんな別に悪いことしてないんだからもっと堂々としていてもいいのにと思ったが、俺も通勤時パトカーとか見たらこんな感じだったなぁと思い出し、同じ小市民としてシンパシーを感じてしまった。
「私たちについて来てください」
女性の兵士のほうから声をかけられる。
いかにも仕事に忠実といった声音と風貌。
こういう女性は漫画やゲームでは決まって……いや、やめておこう。
「えっと、サーニャさんもシエラもべろべろに酔っ払っていてどうしようもないんですが――」
「起きているよ」
「起きていたんですか……」
寝た振りをして返事もしなかったのは、歩いて帰るのが面倒くさかったからに違いない。
やっぱり酒を飲み時は先に酔っ払ったもの勝ちだな……。
「まぁな。でもあっちは駄目そうだ。一度家に戻るか」
鼻風船を作って寝こけているシエラを見据え、サーニャさんは苦笑しながら言った。
「その必要はない。マクシミリアン工房の場所なら把握している。私が責任を持って送り届けよう」 ありゃ、相手方大分急いでいるようだ。
「それは助かるが……」
「警護にゴドルフォン兵長もつける。何か不満でも?」
「いや、特に……」
サーニャさんは有無も言わせぬ物言いに言い負かされた形で了承してしまう。
ユークリッドさんが直々に尋ねてきたって事は
「よろしい。後は私たちに任せて、君たちは団長の後を追ってくれ」
「りょ~~かい」
サーニャさんが間延びした返事をすると女性の兵はきりっと睨んできたが、それを軽く受け流すと外へ出て行ってしまった。シエラの事が少し心配だったが、女性の兵がやさしくシエラを介抱していたので大丈夫そうだと判断し、俺もサーニャさんのあとを追った。




