第六話
第六話になります。
初めての投稿だったのですが総PV数が100を超え、ユニークアクセス数も35人を数えました。私のつたない文章を読んでいただき誠にありがとうございます。
拙作はもう少しで終わるのでそれまでどうか、お付き合いくださいませ。
第六話
「阿曾城主、金子美濃殿が義弟、大渕勘助殿は富永又七郎が家臣、この橋本市之丞が打ち取ったりぃ!」
源平の武者もかくやといわんばかりの大音声が戦場にとどろいた。
わあッ、と北条の陣から地鳴りのような勝鬨が上がった。精神的支柱であった勘助を失い、数人の城兵は武器を取り落として力なくその場に崩れ落ちる。
「もはや…これまでか…」
そう星野図書はつぶやいた。その顔には諦めと強い意志が合わさったような決意がにじみ出ていた。
「富永殿に言上仕る! それがしは阿曾城主・金子美濃守が家臣、星野図書! もはやこの二の丸にこもる兵も少なく、勝敗は決し申した!」
その朗々たる声に、狂熱に支配されていた戦場の喧騒がふっと止んだ。
「この首を差し出すゆえ、ここに生き残る兵どもの命ばかりはお助けいただきたい!」
「なんと……己の首に代えて兵を救うと申されるか!」
「左様にござる! 兵の命をお助けいただけるならば、このまま本丸へ攻め入るも、我が首を晒すも、御心のままになされよ!」
「その覚悟、見事なり! この富永又七郎助盛、星野殿の気概に心底感じ入り申した。武士の情け、この又七郎自らが介錯を仕ろう!」
「かたじけなし」 図書は一言遺すや否や、味方の兵に鎧を解かせ、もろ肌を脱いで白刃を腹に当てた。そして又七郎が馬を下り、介錯の定位置につこうと歩み寄る――その隙すら待たず、一気に己の腹へ脇差を突き立てたのである。
「なっ……!」
介錯人が構える前に腹をかっ捌く。それは、降伏という最大の屈辱の中にあって、図書が見せた「せめてもの意地」であり、真田の将としての無言の抵抗であった。
「……見事!」
慌てて駆け寄った又七郎が白刃を一閃させると、星野図書の首は血飛沫とともにコロリと土へ転がった。
残された城兵たちは、己らの命を代償に散った図書の無言の首級に涙し、次々と刀や槍を地に投げ捨てた。カラン、カランと虚しい鉄の音が響く中、血と泥にまみれた数十人の負傷兵たちが、力なくその場に平伏し投降したのである。
星野と大渕の亡骸を降伏した兵たちに運ばせるのを見計らい、悠々と本丸に続く門を破壊し、本丸になだれ込んだ。本丸にこもっていた城兵は戦意を喪失し、すでに武器を捨ててひとところにまとまって座り込んでいた。
頭立つものが進み出て
「某、金子美濃が家臣、山崎平四郎と申すものでござる。これに控えるは同じく金子美濃が家臣の久屋孫六と関弥兵衛、中十兵衛にござります。某らが腹切りますゆえなにとぞ兵たちの命をお助けくださりませ…」
と馬上の又七郎の前で地に這いつくばって必死に頭を下げた。
「山崎殿とやら、貴殿の心意気見事なれど、腹切るのは城主の金子美濃殿が行うが筋であろう。いかがいたした。」
平四郎は気まずそうに口ごもる。
「如何した」
「は…、城主、金子美濃守泰清殿は…」
といってしばらく間があった。次に平四郎が口を開いた時、又七郎は驚愕した。
「……逐電されました…」
「…は?逐電しただと、まさか逃げたのか!」
「…左様にござります…某らが気が付いた時にはすでに…」
又七郎は絶句した。続いて
「貴殿や星野、大渕のような忠勇無双の士を見捨てて、己が身を助けんがためにおめおめと逃げ出したと申すか!」
敵将ながら天晴れな忠義の士たちを平然と見捨てた金子美濃守という男の底知れぬ下劣さに、又七郎の怒りはまさに怒髪天を衝く凄まじさであった。
「探せ、まだ遠くへは行っていないはずじゃ!金子美濃を草の根分けても探し出せ!難波田と上泉にも早馬を飛ばせ!何としても捕らえて八つ裂きにしてやる!」
その咆哮には、単なる敵将への憎悪ではなく、凄惨な死闘の末に散っていった大渕や星野といった勇猛な沼田兵たち、そして今、自らの命を差し出して部下を守ろうとしている家臣たちの「無念」を代弁するような、激しい義憤が込められていた。
「山崎! 美濃はどこへ消えた!」
「はっ……もはやここから抜け出せる道は、本丸裏手の断崖しか遺されておりませぬ……」 いかに命惜しさとはいえ、あの絶壁を下るなど正気の沙汰ではない。平四郎自身も信じられないといった面持ちで、おずおずと答えた。
「七左衛門、この裏の断崖の先には何がある」
状況を整理すべく、又七郎の声色が少し冷静さを取り戻した。だが、その落ち着きも、七左衛門の続く言葉で消し飛ぶこととなる。
「……我が方の陣取る、森下城にござる」
「な、なんだと……ッ!」
絶壁ゆえに誰も登れまいと、あえて手薄にしていた森下城側からの死角。まさかそこを『下り』の逃走路として使うとは。
「主馬のたわけ……っ! まさか、みすみす敵の総大将を逃したというのかッ!」
逃げた泰清の身を探すため阿曾城内がで大騒ぎしているころ、当の泰清はすでに断崖を降りて沼須という村にあった金剛院という寺に逃げ込んでいた。
金剛院は泰清が阿曾城主になったころからよくしている寺である。住職は着の身着のまま駆け込んできた泰清をすぐに保護して休息をとらせた。
「すまぬ…すまぬ…」
と寺の本尊の前で手を合わせてひとしきりに懺悔の言葉をつぶやいては嘆き悲しんだ。
この男、あの大渕勘助が死地の門へと向かった直後に城を抜け出し、闇に紛れてここまで逃げ延びてきたのである。
ドタドタという足音とともにピシャリと障子が開かれた。振り返るとそこには与力で副将を務めている三橋甚太郎がいた。
「殿!北条勢が阿曾城を落としました。じきに北条の軍勢が押し寄せましょう、はようお逃げくだされ!」
と叫んだ。泰清は慌てて刀を掴み、寺を飛び出した。寺前につないであった馬に飛び乗ると、甚太郎を伴って夜の闇へと駆け出した。背後の阿曾城がどうなっているかなど、一度として振り返ることはなかった。
この無惨極まる逃避行を、後年の『加沢記』はかく記している。
「金子は三橋甚太郎一人召連れ岩を傳ひ下り、漸く川を渡り沼須の郷海應山に着けば、住寺立出内へ入れければ、月は山の端にぞ出にける」 伝承によれば、険しい断崖を馬で駆け下りたともいう。とにもかくにも、泰清が沼須の寺に転がり込むまでの間、天は厚い雲で月を隠し、彼の逃走劇を見事に隠し通したのである。
月待の宴を行ったがために藤江七左衛門を見過ごして、その油断を見破られ、城を落とされたが、すくなくとも泰清個人からしてみれば「月が隠れてくれたおかげで」だれにも見つかることもなく逃げおおせることができたのである。
金子美濃守という男が、せめて二の丸を破られた時点で潔く自らの首を差し出していれば、図書や勘助があのように散ることはなかった。泥酔した兵たちが無惨に撫で斬りにされることもなかったはずである。 己の保身のために忠臣を盾にし、あまつさえ生き延びた悪運の強き奸臣。彼に最後まで付き従い、地獄の底で捨て置かれた阿曾城兵たちの無念はいかばかりであったか。 乱世の常とはいえ、あまりにも虚しく、涙を禁じ得ぬ顛末である。
金子家臣団について
山崎、久屋、関、中の4名は例によって創作となります。ただし、久屋という苗字は沼田八騎という有力氏族に数えられており、その一族と設定しています。また関、中という苗字は永禄十二年の川場合戦時において沼田顕泰の側近としてその名が登場します。なのでこの小説で出てきた二人と、川場合戦の二人は同一人物であると脳内補完をするといいかもしれませんw




