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阿曾城始末  作者: 花丸くん


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第三話

本日二度目の投稿となります。

物見へ出た藤江七左衛門(ふじえしちざえもん)はまず目の前の断崖へと向かった。阿曾城は森下城側から見上げる阿曾城は絶壁に守られており、陣を敷くならば傾斜のなだらかな反対側になるのは自明の理であった。それでも七左衛門は、あえて針孔に糸を通すような一縷の望みをかけ、間道がないかと探るため断崖のふもとへと兵を進めた。


足軽には草摺や袖を紐でくくらせガチャガチャと音が鳴らないようにし、馬には馬草鞋を重ねて履かせて、枚をかませた。物音を立てないようにするという夜襲の心得である。


「よし、皆の者。この断崖から登れそうな場所を探すのじゃ」

と小声で言った。目の前にある断崖は明らかに登れるものではない。

「よいか、我らがこの崖の登り路を見つけ出せば武功一等間違いなしよ。たんと手柄を立てて富永様から褒美をもらおうぞ。」

と兵を鼓舞して意気込んだはいいものの、闇夜に乗じての隠密行動ゆえ明かりは灯せない。手探りばかりの俄か仕込みの探索で、都合よく間道など見つかるはずもなかった。

仕方がないので断崖捜索をあきらめて反対側へと向かった。


七左衛門以下三十余名は反対側の上泉主水の陣へと向かった。いくら視界が悪いとは言っても平時であればこの三十の小部隊を見れば彼らを阻害するなり防備を整えるなりできたであろう。

しかし阿曾城内は死の恐怖と戦わない北条軍への侮蔑から大酒を食らった兵しかおらず、いくら大渕勘助が素面で城外を見張っていたといってもただ一人では見逃してしまうことは容易に想像できるし、仕方のないことではなかろうか。

また、ちょうど月に雲がかかり、藤江隊の姿を隠してしまった。月が出ていたら鎧の反射光が見えたのかもしれず、どうどうと城の眼前を横切る者どもを発見することができたはずであり結果は違っただろう。だが天はそれを許さなかった。


月をたたえる酒宴をしているのに天に見放されるとはなんと皮肉なことであろうか。哀れ阿曾城兵は三十ばかりの死神の手先をみすみす見逃してしまったのである。


――阿曾城外・上泉主水(かみいずみもんど)の陣のはずれ――


「とまれェ、何者か」

「富永又七郎が家臣、藤江七左衛門にござる。上泉主水様にお目通りしたき儀これ有り、至急取次をお頼み申したく候。」

「相分かり申した七左衛門殿。しばしお待ちくだされ。」

こういって見張りの責任者らしき徒侍は主水の陣幕へと駆け込んだ。

しばらくして

「主水様から許しがござり申した、某がご案内仕る。お馬は後ろの足軽にお任せくだされ。供の者どもは足軽とお見受けいたす。故にしばしこの辺りで待たせていただきたいがよろしいか。」

「心得申した。では案内お願いいたす。」


――上泉主水の本陣――


「貴殿が富永殿の家中の者か」

「は、藤江七左衛門と申しまする。」

「なにやらわしに用があるそうだの。なんじゃ」

「は、わが主の命を受け、阿曾城の様子探っておりました。しかし、わが方が陣取る森下城からでは阿曾城の様子わかりませぬよって上泉様が陣取られる方面から物見いたさんとはせ参じた次第でございまする。」

「なんと……では貴殿ら、あの阿曾城の眼前を掠めて参ったと申すか!」


主水は目を丸くし、絶句した。無理からぬことである。いくら夜の闇に紛れたとはいえ、敵の目と鼻の先を気付かれずに横切り、あまつさえ陣まで辿り着くなど、およそ正気の沙汰ではない。


「しかし、何故そのような危険を冒された。」

「は、主曰く、「敵城の明かり煌々と輝きその様子尋常ならず、もしや上泉殿が危ういのではないか。」とのことでございまする。」

「某を助けに来てくだされたのか…いや、まことかたじけなし。富永殿はその智謀をもって知られるが、御家中には剛の者もおられるのだな。」

「ありがたきお言葉、痛み入りまする。主にしかとお伝えいたします。」


後世、富永又七郎(猪俣邦憲)は名胡桃城事件を引き起こし、北条家を滅亡へ追いやった「愚将」として語られることが多い。しかし、それは結果論に過ぎない。 実際には、小田原征伐直前まで氏政・氏照兄弟から度々その働きを慰労され、豊臣の世にあっても加賀前田家に千石の大禄で召し抱えられるほど、確かな実力と高い信頼を勝ち得ていた武将である。主水が富永を「智謀の将」と評したのは決して単なる外交辞令ではなく、当時の北条家中における偽らざる共通認識であった。


「しかし、見張りのものに話聞いたるところによれば貴殿らはわずか三十というではないか。それではいささか危険であろう。某の手勢から二十を割くゆえ、連れていってくれ。」


上泉主水(かみいずみもんど)泰綱(やすつな)は、心底案ずるような面持ちでそう告げた。陣を預かる大将が、他家の物見に自ら手勢を割こうというその心遣いに、七左衛門は深く恐縮した。 無理もない。目の前に座すこの男は、武田信玄をして「上州一本槍」と言わしめ、剣豪将軍とうたわれた十三代将軍・足利義輝に「剣聖」と讃えられた稀代の剣豪・上泉伊勢守(かみいずみいせのかみ)信綱(のぶつな)の直孫にあたる。 泰綱自身も、北条家中でその剣の腕を知らぬ者はなく、近隣諸国に「北条家にその人あり」と謳われるほどの武将であった。さらに剣術のみならず、軍配者としての名声も高い。そのような名将から直接気遣をかけられ、手勢まで貸し与えられるとは、一介の陪臣にすぎない七左衛門にとっては身に余る光栄であった。


その好意を無駄にしないように槍足軽で健脚なもの二十を借り受けて空堀の前の柵まで大胆に歩みを進めた。


「七左どの、危のうござる!お下がりくだされ!」

と主水が貸してくれた足軽小頭の菊池という男が小声ではあるがしかと聞こえる声で叫んだが七左衛門は意にも介さない。


七左衛門には、一つの確信があった。いくら月が雲に隠れていたとはいえ、阿曾城の兵がまともに眼下を見張っていれば、先ほどの動きに気付かぬはずがない。気付かぬとすれば、城内の防備に致命的な綻びが生じている証左である。


その確信を裏付けるため、七左衛門はわざと死地たる空堀の真ん前まで足を踏み入れた。仮に月明かりがなくとも、ここまで接近すれば城門の松明に照らされ、見張りの目にはっきりと視認される。本来ならば、容赦なく矢弾の雨が降ってくるはずの距離であった。だが、一本の矢すら飛んでこない。


じっと耳を澄ませば、城内からは異様な怒号などではなく、緩みきったどよめきのような喧騒が漏れ聞こえてくる。策謀で敵を引き込む構えならば、城内は水を打ったように静まり返っているはずだ。


(やつらは完全に油断しきっている……!)

確信を決定的なものとした七左衛門は、すぐさま背後の上泉主水、難波田主税介の両将に事の次第を報告した。そして言うが早いか、風のごとく夜の闇を駆け抜け、森下城で待つ主・富永又七郎のもとへ注進に走ったのである。


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