第51話 私達にとっての長い一日
昼下がりの午後。被疑者の身柄を警察署に引き渡し、華蓮とちのはカフェでランチを楽しんでいた。2人ともパンケーキだ。
「ん〜おいひぃ〜! やっぱコレねぇ!」
「ですね」
華蓮はストローに口をつけてメロンソーダを飲みながら、気のない返事をする。ちのはすぐに異変に気づいた。
「気にしてるの?」
「えぇ。えっ? いや、な、なにがですか?」
これほど分かりやすいものか。ちのはため息混じりに話を進める。
「さっきの戦闘であたしに任せっきりにしちゃったこと、とか?」
「ん……はい、正直に言いますと、そうです」
「いいのよ〜、大事なのは『ホシちゃんを止められた』ことっ! それに華蓮ちゃんの能力のおかげで逃げた先を突き止められたんだし、先制攻撃も予想できたんだから。あっ、ちゃんとお礼言ってないね。ありがとね!」
「い、いえ。こちらこそ、フォローしていただきありがとうございます」
華蓮は皿を避け、深々と頭を下げる。
「うふふ、ほんとにマジメさんね〜」
そう言い、ちのはパンケーキの一片を口へ運ぶ。それからもぐもぐして、飲み込んだあとで、お皿を避けて顔を近づける。
「焦っちゃダメよ、華蓮ちゃん」
「……焦ってなんかいません」
「ん〜かもしれないわね。けどね、信頼を感じてるのは確かよ?」
「……え?」
華蓮は面食らった顔になった。それはそうだ。叱られるかと思ったら、丸っきり違う方向へと話が急展開したのだから。
ちのは続ける。
「最初の華蓮ちゃんは、すぐに『任せてください』って言って独りでドンドン行っちゃって、それで危険な目に何度も遭ってたじゃない?」
「……はい。本当にご迷惑をお掛けしています」
「いやいや! 今は違うじゃない。さっきの戦闘だって頼りにしてくれたし。もし前の華蓮ちゃんだったらぁ……『下がっててくださいっ! ばぁん!』みたいな」
「ま、マネしないでください!」
子供っぽく怒る華蓮に、からかった張本人であるちのはくすくすと笑った。
それを見て、華蓮は気が緩んだ。気持ちを漏らすように、言葉を紡ぐ。
「……以前の私は、確かに気が急いていました。憎しみで身体が動いていた。先輩もご存知の長良山──私の友人を殺めた男、当時逮捕され解決していると分かってて、なおも消えない怨嗟。その闇が尾を引いていた、知らず知らずのうちに」
「だね」
「その闇を掻き消してくれたのは他でもない特能課の皆さんです。岸元課長が目の前の惨劇に震える私を抱きとめてくれた。紫陽花さんが私に笑顔をくれた。そして、ちの先輩が私の心を動かしてくれた。刑事として、バディとして活動する捜査の中で」
「それも、華蓮ちゃんが『変わりたい』と願ったからだよ。華蓮ちゃんの『トータルリコール』は、そんな華蓮ちゃんの『悔しさを繰り返させない』誓いのリンカー。だから華蓮ちゃんはスゴい子だなって、あたしはそう思うな」
「……いえ、そんな大したものじゃ」
「けど、華蓮ちゃんのリンカーが未来を切り開いてるんだよ?」
「詩的ですね、ずいぶんと」
「でしょ? 気持ちが弾んじゃった」
ああ、本当にこの人はズルいな。
ポヤっとしてるようでいて、人の様子をよく見てる。それから必要な言葉を与えてくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ〜」
この人と出逢えて、本当に良かった──。
「そういえば、ちゃんと食べなきゃダメよ」
「何がですか?」
「パイナップル」
ちのが指さす。パンケーキに添えられた、パイナップルを。
華蓮は飛び上がった。地団駄踏んで怒り出す。
「違いますっ! 私は酢豚に入ってるパイナップルが嫌いなんですっ! おかしいでしょあんなの! お米食べてるのにフルーツ食べなきゃいけないなんて、食事の邪魔ですよあんなの!」
「あ〜はは〜……ゴメンね〜、変に聞いちゃって」
子どもっぽく怒る華蓮を、ちのは何とか宥めた。
その様子はまさに、駄々をこねる子どもを大人しくさせようとする保護者であった。
*
ランチタイムを終え、華蓮たちは警察署へ戻った。先に逮捕した冴内教授の取り調べのためだ。取り調べは紫陽花と付き添いの一人が行っていた。
「ただいま戻りました! 課長ちゃん、どうでしょうか?」
取り調べ室のマジックミラーを見つめていた岸元課長が振り返る。少女のような顔立ちの彼女が険しい顔を浮かべていた。
「超克の教団ですわ」
続けて述べられた単語に、ちのと華蓮も目の色を変える。
「冴内教授、そして調査を進めていたホトケの川村教授、その両方が教団と関わり合いがあった事が確定しましたわ。まあ、冴内の様子から熱心な信徒ではないと推測されますが」
「川村教授ちゃんの方はどうですか」
ちのの質問は鋭いもののようだった。岸元はため息混じりに答える。
「残念ながら。やはり台頭し始めていますわね、連中も」
「乗り込みますか」
「ええ、明日にでも強襲を仕掛けますわ」
「分かりました」
「……はい」
遅れて華蓮も返事をした。
ちのがそんな華蓮をチラと見る。それから岸元に一礼し、その場を後にする。華蓮もそれに続く。エレベーターへ二人で入り、ちのが天井を仰いで一声かける。
「華蓮ちゃん」
「分かってます焦ってなんかいません」
食い気味だ。
「とっくにヤツの事は終わった事なんです、けどっ!! ……けどヤツと教団が繋がってるんならケリを着けなきゃいけない……。そうじゃなきゃニルにもお姉さんにも申し訳が立たないんですよ」
華蓮の感情は乱れていた。一目瞭然だった。そんな華蓮を諭すように、ちのは優しく、そしてキッパリと言う。
「本質を見失っちゃダメよ」
「本質? ……どのような」
「いい? 華蓮ちゃん。あたし達がやるべき事は、復讐じゃない。それは過去に囚われる事だからね。華蓮ちゃんのはまさにそれ。それが既に罰せられた相手ならなおさら」
「……スミマセン」
エレベーターが開かれる。それからちのは、恥ずかしげもなく華蓮をぎゅうっと後ろから抱きしめる。
「やるべき事は、悪を捕らえる事。そして裁くのは法。それがあたしたち警察の仕事であり、与えられた使命よ」
「……頼りにして、いいんですもんね」
「モチロンよ!」
パっと離す。そして、華蓮の手を取る。
「お散歩しましょ!」
「え? あっ」
華蓮はされるがままに引っ張られ、季節ヶ丘の街へ繰り出す事となった。
*
そうして訪れたのは枝葉街の駅前だった。
華蓮が高校生であった7、8年前の2009年頃から急激に発展し、今や若者の定番の街として定着しつつある場所だ。
「なんでこんな所に? 私たちはもう学生じゃないですよ」
「ちょっと憧れてたんだよね〜、イマドキJKの遊びっていうか? ほら、クレープ屋さんあるよ!」
「う~いや、かなり良いですけどぉ……」
甘いものに目がない華蓮はまんまと釣られた。
とはいえ──ちの先輩といるときはやっぱり、落ち着く。それ以上の言葉は野暮かもしれないが、包容力というか、母性というか、安らぎというか……。私自身の安心できる居場所がちの先輩そのものとでもいうような、そんな安心感をこの人と過ごしている間は感じられる。
「美味しい?」
「ん、ま、まあ、はい」
考え事に耽っていたら、ちのに覗かれて照れる華蓮であった。
「お姉ちゃん!」
そんなとき。
「あ、もかちゃーん!」
もかと呼ばれた少女がちのに駆け寄り、ちのはキャッチするように抱きかかえる。
「偶然ね! お友達と一緒?」
「うん! 今日はミクとナナ、早く帰るって約束してるよ!」
「そっか! あたしも早く仕事終わらせなきゃね~」
「約束だからね~」
華蓮は少し気まずかった。姉妹の仲睦まじい交流、邪魔するわけにはいかない。空気を読んでクレープをもそもそと食べていた。
「か〜れん、ちゃん」
流してくれる訳がなかった。普通に話しかけられ、自分を見下ろすちのに華蓮は背筋を伸ばして真面目モードに入る。
「あっ、いえ、失礼しました」
「お姉ちゃん誰この子? 迷子?」
「迷子……!?」
華蓮は大層ショックを受けた。自分よりちょっと大きい──というのは華蓮基準の話で、発育のいいその少女は頭半個は高いのだが──少女の言葉がグサっと刺さった。
「違うわよ~。その子がよく話してる華蓮ちゃん、再寧 華蓮ちゃんよ~」
「この子が! へぇ~、ちっちゃくて可愛い~」
「ちっちゃい……」
再びショックを受けた。完全に子供扱いだ。
それから妹のもかは「じゃね〜!」と言い残してすぐに去っていく。ちのが手を振って見送り、クレープ握り締めてわなわな震える華蓮を残して。
「華蓮ちゃ〜ん?」
「分かってます全然気にしてなんか、ええこれっぽっちも思ってません私はただ身長が小さいただそれだけで子供ではなく」
「分かったから、ね? ゴメンね?」
華蓮は溜め息混じりに深呼吸し、ともかく落ち着きを取り戻す。
「本当に仲が良いんですね、妹さんと」
「でしょ〜? いつも話してるのよ、華蓮ちゃんのこと」
「私のこともですか?!」
「恥ずかしがってる」
「恥ずかしがってなんか……! ああもう!」
結局落ち着きは揺らいでしまっていた。それでもまた溜め息混じりに深呼吸し、落ち着いてから、大事な決意を述べる。
「私、守ります。市民を。それから大切な人も」
「あたしも」
「今日と明日のクリスマスが、私達にとっての長い一日にならないといいですが」
「ならないよ! すぐに終わらせて、家で待ってる妹をお迎えしなきゃ」
「それを言うならお迎えでなく、ただいまって言ってあげなきゃ、では?」
「そうかな? ふふ、そうかも」
二人の刑事はスーツ姿で子供っぽくはしゃいだ。華蓮は自分でも気づかぬうちに肩の力を抜くことができたのだ。ちのの采配の賜物だ。
そんな事をして、華蓮は自分に呆れる。
なんだって私は、何度も繰り返し、ちの先輩に咎められてしまってるのだろうか。
子供っぽい自分がイヤだ。ちの先輩の役に立ちたい。変わりたい、私は。まだ何者でもないのだから。
*
〜その日の夜〜
「メリークリスマスぅ〜、ちのちゃ〜ん」
姉妹はミニテーブルを挟んで向かい合って座っていた。暗い部屋、声を潜めて二人で聖夜を祝福している。
室内は和室で、カーペットを敷いて家具を設置した、和洋疎らな女子中学生部屋の様相だ。
「メリークリスマス、お姉ちゃん」
緩やかなちのに対して、もかはやや強ばった表情で祝福の言葉を発した。辺りを警戒しているような、喜びを分かち合っているとは思えない、見ようによっては異様とも言える様子だった。
「────!!」
「────!!」
突然だった。部屋の外から怒鳴り合う声が聖夜を穿つ。
もかの表情は一層緊張の糸を強めていた。ちのは、そんな妹を優しく抱擁する。
「大丈夫よ〜、大丈夫。姉妹のクリスマスだからね〜」
「ずっとお姉ちゃんと一緒がいい。これからもずっとお姉ちゃんと一緒にいたい」
「ええ、ええ。大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんが一緒にいるから、ね?」
聖夜の星空を、雲が遮った。
*
〜次の日〜
〜2017年12月25日、19時27分~
「ここですわ」
~街外れの廃屋前~
岸元課長に対し、華蓮たち3人は口々に「はい」、「ウス」など返事をした。
華蓮は廃屋の窓や壁から何か痕跡が無いかと注視する。
「概要を確認しますわ。被疑者は廻 遥耶、40代男性。特徴は黒髪、赤い目、片眼鏡。それと──」
一度、言葉を濁す。
「超克の教団の幹部である可能性が高い」
呼吸が止まった、華蓮だけが。
「──わかってます」
「よろしいですわ」
華蓮の返事に納得した岸元は、改めて概要の続きを始める。
「結論を述べますと、教授は超克の教団に入信していましたわ」
「ですね」
快く頷いたのはちのだ。
「エネルギー工学科としての研究対象は『感情の揺らぎによる脳の電気信号とエネルギー発生』──即ち『リンカー』であり『リンカー能力者』。先日の冴内と、恐らく教授本人も例外ではないでしょう」
一通りの説明を終えた折、紫陽花が勇ましく挙手をする。
「じゃ、質問。被疑者の廻 遥耶はリンカー能力者だと思いますか?」
「お手本のようないい質問ですわ、紫陽花。ズバリ、十中八九リンカー能力者、ですわ。教団の実態は現時点で不透明、しかしこの半年で検挙した超能力犯罪の他、特殊犯罪の受け子には教団の信者も多くいましたわ。そしてそれら犯人がリンカー能力者で、我々や非能力者の警察とも交戦した」
「幹部ならなおさらで、そうでなくとも警戒するに越したことはないってワケね。私はね、教習所の問題得意なんだ、捻くれてるからね。ちなみに嫌いだよ」
「よろしい。では紫陽花はわたくしとバディを」
「え、今の叱られる流れですかぼかぁ」
「前後衛のポジション及び能力の適正と、バディとしての慣れを期待しての事ですわ。紫陽花はわたくしと共に建物外部の警戒を。再寧と神子柴、アナタたちはいつも通りのバディを組んで、内部の捜査を」
「「了解しました」」
華蓮とちののバディは、頼りないライトの一閃と拳銃を構えて、暗い廃屋へと足を進めた。
中は鉄棒や倒れたタンスなどが散在し、窓のフチにもホコリが溜まっていた。こんな打ち捨てられた様子でも電気は通っているようで、非常口の緑の薄明かりが不必要に不気味さを演出していた。
「イルミネーションとはひどい落差ですね」
「ね。さっさと終わらせて楽しいクリスマスの街へ戻りましょ」
「ですね」
からんっ。
華蓮は音の鳴った方へ即座に銃口を向ける。そこには確かに音の主である鉄棒が転がってきていた。
「ちの先輩」
「分かってるわ。華蓮ちゃんは痕跡を辿って、慎重にね」
「はい」
華蓮の背後から『トータルリコール』が身を乗り出す。指で床をなぞり、そっと、鉄棒が転がってきた方へ──
「華蓮ちゃんっ!!」
ガララァッ!!
突然だった。ちのに突き飛ばされた華蓮には何が起きたか理解が遅れた。脅すような轟音と共にホコリが舞っていて、それでようやく理解した。崩落だ。天井が崩落し、華蓮とちのを分断する。
「ちの先輩っ!?」
「あたしは大丈夫!! それより周囲の警戒、それと分断の連絡を!」
「は、はいっ! クソっ、なんとかそっちに行きます!」
叫びながらも、ちのは既にトランシーバーのスイッチを押して外の2人にも聞こえるようにしていた。そして、努めて冷静に、状況報告をする。
「こちら神子柴。入口正面から約二十メートル、左方向へ進んで二階、さらに右へ五メートル進んだ地点にて、再寧と分断。現在、被疑者と見られる男性と遭遇しました」
『了解。くれぐれも刺激しないように。やむを得ない場合は実力行使を許可しますわ』
トランシーバーが、途切れる。ちのに残るのは、警戒と、緊張と、目の前に男性と2人きりの空間。
男が口を開く。
「ネズミが2……いや3か4匹か迷い込んだようだな」
早口だった。明かりに照らされた黒いコート、黒髪の男は顎を上げ、ちのをモノクルレンズ越しに赤い目で見下ろしていた。
「廻 遥耶ちゃんね?」
「だとしたらどうする?」
「署までご同行願えますか」
「断るつまらないテンプレートの文言で喋る程度の低い人間と話す価値などない」
「そう。だったらこういうのはどうかな?」
「時間のムダだ消されたくなければ消えろ」
「まあひどい。けどね、川村教授と冴内教授を知ってる?」
男は怪訝な顔を浮かべて首を傾げ、それから結局わからないまま話を再開する。
「何処の大学教授か見当つかないだがよくここがわかったものだなそれは上出来だ」
「そのわからない人を辿って来たのよ。アナタ、川村教授が亡くなった事も知らないみたいね」
「はぁーはぁ。なるほどつい一週間前に消したアイツの事かそれならココを突き止めたのも納得だ」
「冴内教授も被害者だよ。アナタはここで何をしていたの? あのパソコンは何をしているのかな?」
「無知に教える必要は無い」
ちのが注目していたのは、男の後方、廊下最奥部から覗く光だ。ごうごうと不気味に音を立てるそれの傍らには、ジャンクパーツが幾つも転がっていて正体が掴めない。
ちのがやるべき事は、その正体を探る事と、可能であればその場で破壊する事だと直感していた。
「そう。アナタたちが何をしようとしてるかは知らないけど、ここでやっている事のためにあの人たちを巻き込んだんでしょう?」
「研究者として最期にその命を投げ出してまで研究を全う出来たのだならば本望だろう?」
「だったら、アナタから実践してみましょうか? 感想ならあとで聞いてあげるから」
ちのは、その穏やかな口調から静かな怒りを溢れさせていた。
必ずこの人を止める。それから逮捕して、キツく反省させなきゃ。
そんな風に、ちのなりに冷静になりながら怒っていた。
そんなちのを、目の前の男は嘲笑う。両人差し指と中指で四角を作り、ちのを収める。
「いぃ〜い殺意だぁ」
「許せないってだけだよ。怒ってるの、分からない?」
「ああどうでもいいそれより下らん時間稼ぎは終わりでいいんじゃないのかこちらもさっさと要件を済ませたいのでな」
「そう。それもそうよね」
作戦を見抜かれてる。それでもあくまでちのは冷静であった。背後から忍び寄る攻撃の予備動作も見えていた。
冷静に、この狭い通路での最適解を導く。
「『星月夜』。『信長』ちゃん、お願い」
「『おうとも!』」
ちのがちの自身に返事をした。否、ちのにかの桶狭間を制圧した第六天魔王、織田信長が憑依したのだ。
信長が憑依したちのの周囲に、鉄砲が浮かび上がる。火縄銃だ。四角く狭い通路に浮かんだそれらのうちの一つを手に取り、構える。
「『第一鉄砲隊! 放てぇいっ!!』」
信長の射撃と共に、周囲の火縄銃も火を吹いた。




