第50話 ちの先輩
~3年前、2017年12月24日、8時58分~
「見て見て〜華蓮ちゃ〜ん!」
〜クリスマスイヴの特殊能力犯罪捜査一課〜
「今度はなんですか、ちの先輩」
小さな刑事、再寧 華蓮は、ブラウンのロングヘアを揺らして振り返る。ちのは少女のようにはしゃぎ、その両手に持った赤い服を見せつける。
「じゃーん! ミニスカサンタ! 今日はこれ着て二人で捜査に行きましょ! 課長ちゃんもどう?」
「おっ! 良いですわね~。かわいいので採用っ! ですわ!」
「ちの先輩……」
小さな課長が即納得したのに対して、華蓮は小さな肩を震わせて俯く。ちのはオロオロし、しゃがんで華蓮の顔を覗こうとする。
「か、華蓮ちゃん?」
「めっちゃくちゃ良いじゃないですか着ましょうよソレ!」
華蓮はパアァっと笑顔の花を咲かせた。ちのもキャーキャー言いながら制服を脱ぎ捨て下着姿で小躍りし始めた。傍から見ていた紫陽花は顔を伏せ「オーマイガァ」と呟いた。
着替え終えた二人は両手を広げてクルクルと回って見せ合いっこした。
「見て見て華蓮ちゃん! もこもこの手袋よ~!」
「うえ~、くすぐったいですよ先輩~」
「あははっ! イヌちゃんみたいでかわいい~!」
「ちの先輩もかわいいですよ!」
「キャーありがと~!」
ひとまず見せ合いっこを終え、和気あいあいとしながら二人は紙の資料をペラペラめくって確認する。そのタイミングを良しとして、オカマ警察の紫陽花は話しかける。
「ね~ちの、それ私の分とか無いの~?」
「ダメですよ〜。りゅうちゃんが着たら不審者扱いされて、ケーサツがケーサツに捕まっちゃいますって!」
「誰が不審者だコノヤロー」
「な~んて言いながら、実はりゅうちゃんのもありま~す! 余裕の3Lサイズよ~!」
「うんん? いやうん、私肩幅広いし胸筋も厚いからね、女ものの服だとそんぐらいだけどね確かにね? え、男もんのヤツ無い?」
「無い! クリスマスは4人でミニスカサンタよ~!」
「本気か」
紫陽花は頭を抱えた。でもしっかりとミニスカサンタ服を受け取った。彼は人がよかった。
パンっ、パンっ、と手を叩く音が響く。岸元課長だ。
「ハイハイっ! お遊びはおしまいですわ! 本日のミーティングしますわよ!」
既に貰ったサンタ服を着ていたところだった。早着替えだ。初々しさ残る再寧は、課長のちゃっかりさに目が点になっていた。
こうして今日も、新人警官再寧 華蓮のドタバタな1日が始まろうとしていた。
──再寧、そして特能課の、未だ癒えぬ過去の話──
*
そも特能課は、近年増加傾向にある不可解事件の対策本部として、岸元が本庁警視総監の命を受け、ウワサ程度であったリンカーの調査を目的として、リンカー能力者を動員し、17年8月に設立されたばかりの捜査一課である。
設立されたばかりな上、超能力とか小説やアニメのような話をいい大人が信じて、しかも警視総監じきじきに設立するなんてどうかしてる、いつから警察はオカルトマニアがトップになったんだ、というのがよその部署の評価だ。
任命当時、リンカー能力者ではなかった再寧 華蓮もその一人であったが、所属初日に濃いキャラクターのメンバーに気圧され、目の前で能力の片鱗を見せられ、薄っすら見えた幽霊のようなその存在を信じるようになったことでリンカー能力者に覚醒。
期待の新人として岸元課長に引き抜かれたことを知った彼女は、意気投合した敏腕刑事・神子柴 ちのとバディを組み、次々と実績を挙げ、わずか4ヶ月程度で特能課の評価も確実に上げていくこととなった。
「見てみて~、あの雲、星みたい~」
「ホシって、犯人って意味じゃなくてスターですよね?」
「これから行くのは犯人ちゃんじゃないよ?」
「いや、まあ……そうですけど」
しかし、ちのはとかくふわふわした人物だった。「華蓮ちゃん」、「りゅうちゃん」、「課長ちゃん」、「イヌちゃん」──「スパイ」を意味する「イヌ」ではないらしく、これも困りものである──、「ハトちゃん」、挙げ句に「犯人ちゃん」などなんでも「ちゃん」付け。例外は「電信柱」、「クローバー」など無機物や無生物、親しい友人ぐらいである。
そのふわふわさは当然と言うべきか、捜査中も例外ではない。
「こんこん、ごめんくださーい!」
「先輩、インターホンがあります」
アパートの一室を訪ね、口でこんこん言いながらドアをノック。服装はサンタ服ではなくさすがに制服、課長に止められたからだ。
ちのの家は古い家屋が未だ散見される季節ヶ丘の、それも伝統ある神社で、玄関は引き戸でインターホンも無い。そんな神子柴家、神子柴神社という実家な事に加え、ちのの天然気質と合わさりこのようなツッコミどころが多々発生する。生真面目な華蓮はそれを見逃さず、逐一ツッコミを入れる。ある意味ベストパートナーであった。
ドアが開かれる。部屋の主はごく普通の男子大学生の青年であった。
「どちら様ですか? ……ごっこ遊び?」
「むっ」
「刑事の神子柴です! ほら、華蓮ちゃんも!」
「あ、再寧です!」
ちの達は、健康観察の返事のようにハキハキと名乗った。
出された警察手帳には、目の前のへにゃへにゃした笑顔のコンビが精一杯キリッとした顔で写っている写真と、確かに『警視 神子柴 ちの』、『巡査 再寧 華蓮』と書かれていた。青年は眉をひそめながらも納得する。
「少々お時間頂けますか? お話が聞きたくって」
ちのアンド華蓮が今回担当しているのは『大学教授殺人事件』だ。
被害者は川村 まさし、53歳。T工業大学のエネルギー工学科の教授。概念的なエネルギーなどを主に研究・講義していた。
遺体が発見されたのは夜19時頃、大学での彼の研究室。研究生が訪ねたとき、窓は開きっぱなしで部屋に争った形跡はなく、倒れた川村教授を中心に血痕が拡がっていた──つまり、発見時点で殺害されたばかりだ──という。
その教授の講義を専攻していた生徒などを対象に、関係者を洗い出しているということだ。
話を聞いた青年が、重々しく口を開く。
「……やっぱり、どう考えても教授が殺されたなんて、そんなの信じられません。教授はいい人だったんです! 誰よりも研究熱心で、講義で熱く僕らに語ってくれて……」
「うん、分かってるよ。川村さんの研究資料、ちょっと見たもん」
「見たんですか? ……どう、思いましたか?」
ちのはう~んと唸って言葉を選ぶ。それから、思いの外あっさりと口にする。
「なんとなく、だけどね。研究資料であれだけ感情的に書き連ねるなんて、普通ありえないと思うの。けど川村教授ちゃんのは『やはり間違ってなかった』とか『今後の人類史に多大な貢献をするのは間違いない』とか、資料なのに熱が入ってて」
「……教授らしいや」
「だからね、あたし的には誰かが教授を利用したのかなって思ってる。どんな細かい事でもいいからね、何か教授ちゃんの周りで変わった事とかないかなって。知らない誰かと話してるとか、ちょっと様子が変わったとか」
“様子が変わった”。そう聞いた学生がピンと来て目を見開く。黙っていた華蓮は、その様子を見てより傾聴する。
「そういえば最近──」
*
取り調べを終えた二人は、華蓮の運転でT工業大学へと向かった。車のドアを優しく閉め、受け付けで来校者用の札を貰って廊下を歩み始める。
一歩下がって足並みを揃える華蓮が話を振る。
「哲学科に用事があるとは思えませんけども。理系大学なのに哲学科ってのも、変というか」
「絶対に無い、とは言いきれないよ?」
「まあ……それはそうですけど」
「そ、れ、に!」
ぴょん、ぴょん、とん。ちの後ろ手に組んで華蓮に振り返った。ぐいぃっと顔を近づけるちのに、華蓮はドキリとする。
「ヒントがある方が、華蓮ちゃん強い、でしょ?」
「……文字通りの、意味で」
それを聞き、ちのは楽しげに微笑む。再び前を向くと、目当ての哲学科教員室だった。
「こんこん、失礼しまーす!」
「先輩、生徒じゃないんですから……」
華蓮がツッコミ入れようとしたとき、その口に、ちのが人差し指を当てる。指はそのまま開かれた部屋を指し、華蓮の視線も誘導させられた。
指と視線の先にあったのは、黒板と、それに突き刺さっているかのように覗く腕の彫刻のようなものだった。
美術室ならもしかして……と華蓮は一瞬よぎったが、それでもこれはないと自嘲した。明らかな不自然。その不自然が指し示すところはつまり──リンカー能力、そして罠だ。
華蓮は自身、それから部屋を指差し、ちのと顔を見合わせて頷く。それを承認とし、華蓮は自身のリンカーを発動する。『トータルリコール』だ。映写機のディティールが象られたそのリンカーが、部屋の入口から不自然な腕の彫刻へ手のひらを向けて空をなぞる。黒板から順に、カーテンの弛み、デスクのプリントの僅かな乱れ、そのデスクから斜めに引かれたイス。
華蓮は既にこの部屋の痕跡に気づいていた、それを辿っているのだ。
『トータルリコール』がピタリと手を止めたのを合図に、両者は再び顔を見合わせる。コクコクと頷くちの。華蓮はスゥ、と手を上げ──
「『トータルリコール』、『再生』」
レースの合図のごとく下ろされる。成人男性を模した像が出現し、先に『トータルリコール』が示した導線を証拠として辿る。黒板に手をかけ、カーテンを横切り風を舞わせ、衣服の裾がデスクのプリントを撫でイスを掠める。慌ただしい様子だった。
その像は最終的に、隣接された部屋に続く扉を開いて消えた。
「ちの先輩」
満悦の表情を見せる華蓮を、ちのは手を挙げて静止する。下を指さし、「待機」のジェスチャー。一人隣りの部屋の廊下側ドアへ向かう。挟み撃ちをする算段だ。
華蓮を待機させたのは、ヒントが散りばめられたこの部屋の方が華蓮のリンカー能力もあって都合が良いという判断だ。
ちのがドアの前で屈む。華蓮へ振り向き、コクリと頷き華蓮も応じた。
引き手に手をかけ、一気に開け放つ!
「冴内 哲さんですねっ!!」
ゴゥンッ!!
「ちの先輩っ!?」
「大丈夫見えてた!」
ちのは咄嗟に横へ飛んで回避していた。ドアごとぶち抜かんとばかりに迫ったのは、極太の丸太のような岩の塊だった。
大仰な存在感のそれはしかし、半透明に掻き消え去ったのだった。
華蓮はあくまで待機命令を遂行しながら、その場で吠える。
「私には嫌いなモノがある! 無駄な抵抗と、酢豚に入ってるパイナップルだ! 聞こえているなら大人しくしろ!!」
「もうっ、ダメだよ華蓮ちゃん。ずぅ~っと酢豚に入ってるパイナップルが嫌いじゃない」
「イヤなモノはイヤなんですっ! そんなトコ突っかからなくても……!」
「それよりコッチ! 見て、窓!」
待機を解除し、華蓮はちのに言われるまま部屋を覗き込む。見ると窓が大胆に冷たい風を通していた。
「逃がしましたね……! まだ事情聴取をしようって段階なのに、どうやって嗅ぎつけたんだが!」
「それとほら」
自然、両者は背中を合わせる。見れば周りには、ゴーレムと称するべき石像の軍団がユラリと並んでいたのだった。その数は6体。
「これは、イヤ~な予感というヤツですね……」
「来るよ!」
ゴーレムの攻撃方法はタックルであった。二人は咄嗟に机の上にゴロリと飛び乗ると、石塊が机を大きく揺らす。
「っざけんな!」
華蓮は『トータルリコール』を発動。自身の動きを逆再生させ、その反動で攻撃してきたゴーレムに反撃のキックを喰らわせた、が。
「っいったぁ~!」
「そりゃ石なんだから! ムチャしないの!」
「だってまんまとハメられたんですもん!」
子供っぽく反論する華蓮。その彼女が突如、背中を殴打される。
声を漏らす華蓮。何故? 机に背中を預けていながら、その机から蹴られたような奇妙な感覚。華蓮はとっくにわかりきっていた、これもリンカー能力だ!
ゴウンッ! 机から足のオブジェクトが文字通り生えてきた。今度はハッキリ見えた、これが華蓮を攻撃したのだ。
「危なっ!」
「華蓮ちゃん後ろ!」
「先輩も!」
両者共に警棒を取り出しガードをする。迫ってきていた石像軍団が腕を振るってきたのだ。今度は押し出すようにキックしてそれに対応。
それから華蓮は両足を床につけ即座に石像のうち1体の腕を狙って攻撃に移る。比較的細くて戦力を削ぎやすいと判断したからだ。
「いっ……! なっ、今!」
その華蓮の手が弾かれる。今度は手だ、天井から生えてきた手の石塊に妨害されたのだ。
立て続けに石像軍団が拳を振るう。警棒でガードし、痺れながらも反撃しようとすれば、また机や天井、床に壁からと攻撃が迫る。
「この部屋が私たちを攻撃してくる!」
「敵のリンカー能力は『面から石像を召喚する』能力ってとこかな、手数で圧倒的に不利」
「両手でも使いますか!?」
華蓮は自嘲気味に返した。対して──
「そうね」
ちのは静かに答え、ゆっくりと手を伸ばす。その方向は斜め上、三十度ほど。誰かと話しているように、口を動かし始め──
「『星月夜』!」
その名を呼ぶ。ちのの背後にリンカーが出現した。白色のファーコートのような幽霊、それがちののリンカー『星月夜』。
「来てほしいのは──『武蔵』ちゃん!」
「『お任せあれ!』」
ちのが喋る、それにちのが答える。自問自答、傍から見ればそう見えた。その問答の次の瞬間──『星月夜』を纏ったちのが両手に半透明な刀型の物体を手に持っていて、それを振り抜き終えていたところだった。
遅れて、石像軍団が横一線に真っ二つに崩れ落ちる。
物音がした、教壇の方だ。ちの達が見ると、細身長身の初老の男性が、腰を抜かして逃げ損ねていた。
「ひっ……!」
「『腰抜けのお出ましよ』」
「動くなっ! 冴内教授だな、リンカーを解除して大人しく投降しろっ!」
華蓮が吠えてホールドアップを促す。しかし冴内は抵抗を続けた、石像が講義室の床からワラワラと生えてくるのだ。
「お前たちこそ大人しく消えろっ!! この『ダビデ』の前になぁぁぁっ!!」
華蓮は拳銃を撃つ。しかしその尽くが石像軍団によって遮られた。
凶悪なリンカー能力者であれヘタに致命傷を負わせる訳にもいかない、かといってこの軍団の前に『星月夜・武蔵』で刀を振るっているちの先輩も限界があるだろう。
華蓮は対処法を考えていた。あくまでも自分の力を用いた場合の想定だ。しかし、いややはり、過ぎる。隣りのちののリンカー能力であれば、と。
「ちの先輩のリンカー能力をナメるなよ」
「『星月夜』!」
「先輩の能力は──」
ちのが再びリンカー能力を発動する。一瞬の呼吸が──状況を覆す。
「『偉人の能力を借りる』こと!」
「『ビリー』ちゃん、お願いします!」
ちのが声高々に唱えた瞬間──より正確には、リンカー能力を発動し「お願いします」の「お」を発声した瞬間──任務は完了した。
「──がっ、あぁ……」
音はただの一度、しかし弾痕は三つ。ちのが伸ばした左腕の先、石像軍団の間を縫い、冴内の胴体へ二つ、脳天に一つの弾丸をめり込ませ、しかしそれらは貫くことなく、決着をつけた。
ちのは大胆不敵な笑みを浮かべながら、左手で持った銃から昇る煙をふう、と吹いた。それからガンスピンでリボルバー口径の銃、の形をした半透明の物体を回しながら、左腰部ホルスターに納めるフリをした。左腰部に拳銃のホルスターなど無い、フリだ。
それと共に石像軍団はただの土塊となって崩れ、何も無かったみたく消え去ったのだった。
「『やあやあ、呼ぶのが遅すぎたねぇ? オレさえ呼んじゃえば今頃お家でターキーでも食ってた頃なのに』」
「ビリーちゃんが早すぎるのよ〜。犯人ちゃん殺さないでくれてありがとね〜」
またも自分と会話してるように見えるちの。『偉人の能力を借りる』、つまりあのビリー・ザ・キッドがちのに取り憑いていて、それと会話しているのだ。一言で言えば『降霊術』だ。
「ありがとうございました『ビリー・ザ・キッド』。いつもながら稲妻のような速さですね」
「『どうもどうも、おチビの保安官ちゃん。ま、今のオレがちょっと大きいだけなんだけど。ほら見て、このビッグバス──』」
「締め出すわね〜。お疲れ様ビリーちゃん」
ビリーがちのの体で胸部を寄せようとしたところに、ちのは割り込んで締め出したのだった。
「ほら華蓮ちゃん!」
ちのが華蓮の腕を引く。
「時間見て、逮捕逮捕!」
「軽々しいですよ……。ええと、11時34分、そうだな、公務執行妨害で緊急逮捕」
「まだ事情聴取の段階だったのにね〜」
カチャリ。気絶している冴内の腕に手錠がかけられた。
「ただ、これで確定ですね。リンカー能力者で、私たちを見るなり警察と判断して攻撃。こんなトレンチコート着てるだけのチビをですよ?」
「こんなにかわいい子を襲うだなんて、もっと落ち着けばいいのにねぇ」
「いや……今のは自虐といいますか」
これ以上説明を重ねるのも、かえって恥ずかしいか。
「いえ、このあと昼食はどうしましょうか」
「コメダ!!」
華蓮は、自分の自慢の先輩の無邪気な笑顔を見て、それだけで満足だった。
それが、未だ未熟な再寧 華蓮の後悔の事件簿、その幕開け。
読んでいただきありがとうございました!
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