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ユートピアユー〜陰キャコミュ症JKの僕が、恐怖を『克服』して能力バトルをする話〜  作者: 葛城 隼
ちのクリスマス

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第52話 私が殺したんだ

 廃屋を駆ける華蓮の耳に、銃火器の音が入ってきた。現代の拳銃が鳴らすような重い音ではない、軽い破裂音だった。それが一度にズドドンと一斉に響く。


「ちの先輩、交戦してるのか……!?」


 華蓮の鼓動が、銃撃音に急かされて早まっていく。


 *


 火縄銃が一斉に火を吹いた。それらは廻 遥耶(かい はるや)に狙いをつけて射抜いた。男はその衝撃を受け、仰向けになって倒れていた。


「『のう、死んだフリとか今日日流行らんぞ? 戦国産まれのワシが言うのもなんじゃがな』」


 ちのに憑依した信長は、火縄銃を降ろす事もなくそう言った。

 その呼びかけに、男がせせら笑いをして応じる。


「織田信長か? 日本の戦国武将しかし武将ともあろう者が私一人一つに集中するとはこの程度か焼き討ちされたのも頷ける」

「『その早口やめんか? 聞き取れん。あと人の目ぇ見て話せい』」

「キサマと会話はしていない」


 直後。ちのと信長は咄嗟に振り返り銃でガードをした。背後からの攻撃だ。すんでで止めたが、トランシーバーが盾になって破壊されてしまった。

 闇に浮かぶ手、それに両者は目を丸くする。


「『なんじゃ?! 手が浮かんどる、いや伸びとる! 妖怪か!』」

「気をつけて! あの人のリンカー能力かも!」

「その通り。『モーニンググローリー』!」


 ちの達が目にしたのは伸びた赤い腕だった。首を伸ばしたろくろ首のように、腕がグニャリと伸びて襲いかかってきたのだ。

 それだけではない。正面で倒れていた男が、リンカー・『モーニンググローリー』の腕を伸ばして攻撃してきたという事は、三次元的な攻撃を容易く行えるという事。

 ちの達は両側面だけでなく、後方にも意識を向ける。その意識は、宙を漂う火縄銃に反映され、多方面へと銃口を向けた。


「『しかし多いぞ!? 両手両足4本、それ以上あるぞ!?』」

「腕じゃない、見せかけね」

「『わぁっとるわい!』」


 火縄銃が不規則に音を響かせる。銃声、打撃音、それから信長が憑依したちのの掛け声。声も挙げず不敵に笑う男を前に、激しく攻防が繰り広げられていた。


 そんな時だった。

 ドンッ! ボワァッ!!


「『なんじゃ!?』」

「ガス爆発!? ガス通ってるの、てか危ないでしょ!」


 撃ち損じた火縄銃の弾丸が、空中で火を纏った。というより、空気が火へと置き換わったのだ。ガス爆発だ。それによって弾丸の熱がガスに引火したのだ。


 男は楽しげに嘲笑う。


「おやおや失敗せっかく爆発に巻き込もうと思ったのにバレてしまった」

「『オヌシあれじゃろ、こんなガス充満してる中ならワシでもちょっとした好奇心で火縄銃ブッ放すとかさすがに有り得ないって考えとるじゃろ。ちなみに不正解だ』」

「ダメよ〜信長ちゃん。マジメにやってね」


 信長の能力ではこれ以上の交戦は危険だ。

 そう判断したちのは、信長を締め出して新しい偉人を宿らせる。


「モハメドちゃん!」


 宣言したちのが、ボクサースタイルを取って無言で無数の攻撃の手足を拳で打つ。軽やかでありながら、重く確かな一撃、そのラッシュ。その手にはボクサーグローブのビジョンが浮かんでいた。


 廻 遥耶は一瞬で理解する。


「ボクシングの英雄『モハメド・アリ』か。『蝶のように舞い、蜂のように刺す』」

「『ただの英雄じゃない、キング・オブ・キングだ! 静かにしていろ、真剣勝負においては、オレは自分の事しか頭にない。相手に対して考える事は「ぶっ潰す」。妻に対しては「ごめんなさい」だ』」

「うるさい男だ」


 再び伸ばしたリンカーの腕と足が襲いかかる。ちのに憑依したモハメドは、それらを的確に、そして素早く処理していき、どんどん前へ、前へ、廻 遥耶との距離を縮めていく。


「『どうした歯ごたえないぞ!? お前は度胸がない、オレは勇気ある者! ノミの方が厄介だぞ!』」

「気をつけてねモハメドちゃん。特に、周囲に警戒を」

「『だったらセコンドに集中してな!』」


 ドムッ! ザシュ!


 重い打撃音に、軽めの打撃音のみならず斬撃音が混ざり始めた。近づけば近づくほど敵の攻撃も激しさを増していく。見れば敵は幾つかの手で手刀を構えていた。攻撃の手数を揃えようという魂胆だろうか。


「危険だね、だったら。モハメドちゃん!」

「『イエアッ!』」

「走るよ!」


 即座に前傾姿勢になり、走る。攻撃をステップで躱し、合間を縫い、距離を埋める。秒間、僅かな時間の、あと5歩、4歩。


 左手を顎の前に構えたまま、右腕を引き──!


 3、2──!


「ムっ──」

「『遅い』」


 部屋に逃げ込もうと下がったところで、あと1歩──!


 ドシュッ!! ドジュドジュグチュ! ──ザシュ。


「──ぐふっ」


 ちのが、現れた無数の槍によって串刺しにされた。宙吊りになったちのから血が溢れ、槍に滴っていく。

 男は目の前の光景に一切物怖じせず、鼻を鳴らして嘲笑した。


「おお、見るも無残な光景だ。リンカーのフードだけで充分だったんだがな」

「これっ……ヴラドちゃんの、()……がはっ!」


 杭、そう称された物体たちが一斉に引き抜かれた。ちのを中心に血の池が広がる。跳ねた血を、男はペロリと舐め取った。


「詳しいな歴史家か? スペインの串刺し公『ヴラド三世』。領土を踏み荒らした不届き者を粛清したKaziklu(カズィクル) Bey(君主)。そして──」


 男が顔を歪める。誇示する笑みで、満足げなため息を漏らして。


「『テクノ(・・・)』がまた一歩、理想に近づいた」


 悦に浸る男。その耳に、幼気な少女のような声が響く。


「ちの先輩っ!!」


 華蓮だ。飛び出すように駆けつけた華蓮は、その部屋の惨状を目にし、静かな《《殺意》》を湧き上がらせた。血濡れのちのが足蹴にされているのを見たからだ。


「先輩から離れろ」


 銃を構える華蓮。しかし意外にも冷静で、その引き金には指をかけられなかった。敵リンカーの能力が不明であり、何よりも音と臭いの違和感に華蓮は気づいていたからだ。だから慎重になった。


 ガスが漏れてる。意図的か? いずれにしても爆発の危険性を孕んでいる。引き金を引こうものなら、ちの先輩どころか自分の身すら危うい。


「おやおや、子どもが迷い込んでしまったかな?」

「っ……! 私は、警察だ!」

「震えているな。怒りか? それとも、緊張状態だからかな?」

「うるさいっ……!」


 華蓮が唸ってもまるで効果がない。男は銃が撃てないことを分かりながら、ちのの身を起こして盾とし、値踏みするように華蓮の反応を伺う。


「例えば。おまわりさんは人質を取られた時、どう対応するのかな?」


 華蓮は歯を食いしばった、怒りでこめかみに血管が浮き出そうになりながらそれを抑えつけた。男がゲスなことに遊んでいる、それが理解できたからなおさらだ。

 それでも、ただ一歩、身を引く事しかできなかった。


「賢い、賢い。もし撃っていれば、ガス爆発で、ちの先輩もろともボン! だ」


 嫌らしい言い方だ。ちのは男がまくし立てるような早口で喋るクセがあるを知っている。その上でワザと「ガス爆発」の部分を強調しているのがよく理解できた。華蓮を煽るためにゆっくり、ハッキリと喋っているのも理解できた。


 華蓮が一歩、一歩と下がるのを見ていくしかなかった。窓際に向かって、後退していくのを──。


「……華蓮ちゃん、いいのよ」

「先輩……! 絶対に、助けますから」

「分かってるよ。けど、下がるの」


 華蓮には、ちのが落ち着いた顔をしているのが見えた。なのに、安心できなかった。理解が追いつかない、というより、理解を拒んでいるみたいに、頭が、ズキズキしてきて。


「華蓮ちゃんっ!!」

 ちの先輩がいるちの先輩が巻き込まれるちの先輩が危険な目に遭うちの先輩を助けなきゃでもどうする今なにができる他に何ができる

「いい……まずは、後ろに下がるの」

「できませんそんなの……!」

「命令よ」


 この選択は本当に正しいのか。ちの先輩の選択は。私が取ろうとしている選択は。


「いい子ね。そしたら……」


 誰が間違っていると証明してくれるのか。


「撃ってッ!! 再寧巡査ァァァァァァッ!!!」

「伏せてェェェェェェ!!!!!」


 ──バンっ。


 その音は、あっさりと。


 永遠に繰り返されると感じられた時間は、刹那の内に──


 ──ドッ、ボワアアッ!!


 火の中に飲み込まれた。


 *


 再寧 華蓮は、反芻(はんすう)する思考の中で何度も自分を呪った。

 何度も後悔した。

 何度も泣いた。

 何度も怒った。

 何度も自分の罪を裁いた。

 何度も、何度も、何度も、何度も。


 それでも、目が覚めたときには病院で、自分の腕に点滴が打たれていて、ベッドの上で横たわっていた。陽の光が責めるように眩しかった。


「どうして」


 最初に出た一言は、それだった。


「再寧……?」


 呼びかける声があった。この声は岸元課長のものだった。


「ちの先輩は……?」


 華蓮は飛び跳ねるように課長に尋ねた。


「え?」

「ちの先輩はどうしたんですが無事なんですっ……! いつ……」

「ムリしないことですわ。アナタは両腕を火傷し、脚や腹部も殴打。窓から放り出されたときは驚きましたが、すぐにわたくしと紫陽花がリンカーでキャッチして、それで無事でしたのよ」

「ダメです答えてください、ちの先輩はどこに? 今何日で、あの人は無事なんですか……!?」


 岸元の目に、影が浮かぶ。


「今は26日。まだ一晩しか経っていませんわ。それで……」


 華蓮は促そうとした。けれど、今度はその焦りを表に出せないでいた。

 岸元が、重く、それでも救いを見出すように、口を開く。


「それで、まだ。まだ行方不明、ですわ」


 〜2017年12月26日、10時54分~


 〜神子柴 ちの警視 行方不明〜


 それから、華蓮は岸元課長と共に、神子柴家へと向かった。痛む体と重い足取りで。

 つい一昨日に会った、ちの先輩の妹の顔が華蓮には忘れられなかった。無邪気な笑顔で、大切な姉と抱き合っていた少女の幸せを。


 インターホンも無い家の扉をノックする。三度、恐る恐る、ゆっくりと。

 家屋からドタドタと足音がして、勢いよく戸が開け放たれた。


「お姉ちゃん!?」


 開口一番それであった。華蓮は胸を痛ませながら、頭を深々と下げる。


「なに……あなた、昨日お姉ちゃんと一緒にいた人……。それになんで彼方んとこのおばさんまで……」

「もかちゃん。わたくし達は、警察としてちょっと、お話がありまして」


 狼狽える少女。頭を上げられないでいる華蓮。見かねた岸元は華蓮の頭をそっと撫でる。だが、華蓮はむしろ、それを合図に頭を上げて、もかと目線を合わせる。


「……本当にスミマセン」

「なにが……」

「ちの先輩……お姉さんのことで、お話が」

「なにがよ」

「行方不明です」

「え……いや、なにがっ!」

「まだ行方が分からないというだけでちの先輩は」

「なに言い訳してんのよっ!!」

「スミマセン」

「謝らないでっ!! 謝ったら、認める事になるじゃない……!」

「……スミマ、いえ、いえ……」


 頭半個分だけ高い少女から詰められる。その光景だけなら友達同士のケンカにでも見える。

 それとは裏腹に、華蓮はただ、ただ、謝るしかできなかった。

 言葉が見つからない。どう言葉をかければいいのか分からない。むしろその怒りの正当性の方が理解できる。それが華蓮を余計に苦しめた。


 そこへ、家の奥から初老の男性がやってくる。


「もかっ!!」

「なんだよクソ親父っ!!」


 怒鳴り合いだ。華蓮に怒っていたもかがその怒りのままぶつけるのは理解できる、しかし事情を知らない父までもが怒りながら現れた、その異様さに華蓮はギョっとした。


「さっきからうるさいぞ! 昨日からぎゃあぎゃあと!」

「うるさい離せクソっ、離せクソ親父!! 親ヅラすんなっ!!」


 もかが腕を掴まれ、家の中へ連れ込まれる。戸を乱暴にバンと閉じられて。放心する華蓮の耳に、言い争う怒声と床や壁を叩きつける音、さらには成人女性の怒声までもが増える。


「戻りますわよ、再寧」

「……はい、はい」


 ただ一言、課長のその一言だけが、華蓮の唯一の救いだった。もう、戻ってもいいという事柄が。


 岸元に付き添ってもらい、重い足を進めながら、華蓮は頭の中で後悔に苛まれていた。


 縋っていたんだ、お姉さんに。私はただ勝手にちの先輩という役割(・・)に縋って、あの妹さんからそれを奪っていて……。

 そして、それで、あの幼い妹さんの、もかさんの居場所を私が、奪ってしまった。私のミスだ。私がこの手で、引き金を引いた。私が、私が、私が──


「私が殺したんだ」


 華蓮はしゃがみ込んだ。俯いて、ロングヘアが流れて、その顔が見えなくなった。


 *


 それから、今。


 交差点の真ん中でうずくまった再寧を抱え、紫陽花はその場から離脱する。歩道の花壇に座らせ、肩を優しく抱いて言葉をかける。


「どうした~? 大丈夫大丈夫。足でも吊った~?」

「違うんですっ! ちの先輩が……!」

「……ちの、だって?」

「いたんですっ!! ちの先輩が! でも、そんなハズ、そんなハズ……!」


 再寧の頬を、冷たい涙が濡らした。


 その再寧を尻目に、ネルはタバコを吹かせる。そして心の中で呟く。


 ヴァルおじ、クソだな!


 *


 日も暮れて、タマキ達も解散の時間であった。

 我妻三姉妹が分かれる直前、もかが「ちょっと待った」とタマキを呼び止める。


「えっ、あっ、ハイ」

「あんた今日、再寧さんと会った?」

「え? あっ、ハイ」

「……元気そうだった?」

「あっ、うん。いつも通りだったというか、元気というか、真面目というか」

「それならいいのよ! うん、そんじゃまたね!」


 もかは手をビシっと上げ、タマキと別の道へ行く。

 ちの達も「バイバイ」とタマキ達に言い、それから段々と人が減って、神子柴姉妹のみとなる。


「ただいまー!」


 もかは家に帰って元気よく挨拶をした。姉と楽しげに話しながら、靴を脱ぎ、ガラガラと戸を閉め寒風を遮る。


「あ、今日はね、アタシがご飯用意してあるから!」

「そうなの、偉いわね〜」

「でしょ! だからね、お姉ちゃんは何も心配しなくていいから、ね!」

「うんうん」


 笑顔の姉妹。台所へ行き、ストーブを付け、用意してあった鍋に火をかける。ちのは腰掛けて、妹の楽しげな様子を見守る。

 コーンスープが温まって、もかは皿によそってテーブルの真ん中へ置いた。既に座っていた2人の前に。


「どう? いい匂いでしょ〜。料理ならお母さんにももう負けないんだから!」


 一瞬の沈黙。

 ちのがその間を埋めるように、うんうん返事をした。


「それじゃ!」


 もかとちのが手を合わせる。


「いただきま〜す!」

「……うん、いただきます」


 姉妹の前には、白骨化した屍(・・・・・・)が沈黙して座していた。

 ちのは何も食べず、頬杖をついてもかの話をうん、うん、と聞いていた。

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