合同調査
「本日から合同調査をさせていただく霧谷班です。私が班長の」
「霧谷君ね、知ってる知ってる、俺が梅井ね、とりあえずしばらくよろしく」
木々に囲まれたイヤに豪華な施設の前で、それぞれの班が対面する。霧谷を含めた3人、梅井を含めた4人、計7人という少人数ではあるが、今回は全員がタリスマン持ちという戦闘に特化した面子だった。
それはつまり、梅井が調査している件が確実に怪異絡みで、尚且つ強敵である事を意味している。
目の前に聳え立つ絢爛豪華な装飾を施された建造物。それを見て、白石は目を輝かせていた。
「お城みたいだぁ」
言われてみれば確かにその表現がピッタリだろう。しかし、そんな建物が山奥にあるというのが不気味だ。
「そんないいものじゃない」
梅井が皮肉な笑みを浮かべながら言う。
「この建物はなんですか? かなり大きい、宿泊施設のようにも見えますが……こんな山奥に人なんて来ないでしょうに」
「ああ、だから良いんだろうね。人が来ない、どころかそもそも知られてないまである、だから何してもバレない」
そう言って、梅井は鞄からファイルされた新聞の切り抜きを霧谷に渡す。そこには、なんとも胸糞悪くなる集団での女子高生暴行事件の内容が記されていた。そして、その現場こそがここだと、
「これは……」
「数年前の記事だけどね、警察に協力してもらって教えてもらった。ここは、そういう施設だ」
残念ながら、被害者は亡くなってしまったらしく、捕まった容疑者と思われる男も証拠不十分で不起訴となっている、本当に胸糞悪い事件だ。
だが、しかし。
「……胸は痛みますが、コレは我々の領分ではないのでは」
「先日、政治家や資産家が大勢姿を消した事件があったのを知ってる?」
タバコに咥えて火をつけ、一口吸ってから続ける。
「そこの関係者を詰めたら、1人だけ匿名で、絶対情報源が自分だとバレない事を条件に色々教えてくれてね。曰く、その政治家は数年前からここを利用していたらしい」
「……ありえない、話では無いでしょうが、意味が分からない」
欲を満たすのに苦労なんてしないほど、懐はあったかかっただろうに。
「そりゃ法を犯さないと若さを楽しめないからでしょ。一般人が手に入る楽しみなんて、権力者はしゃぶり飽きてるだろうし。まぁ、そんな話はどうでもよくて、重要なのは、消えた権力者達は全員最後にここに来てた形跡があるって事」
「なるほど、恨みを買ってても仕方が無いですが、それにしたって人数が多い」
「そ、間違いなくここで何かあった、だからこの施設の関係者を探ったけど誰も見つからない、いよいよ怪しいって事で現地調査するぞ、ってタイミングで君達と合同ってわけ」
大量失踪、確か以前にも北部の方で似たような事件があった。アレとは規模が違うが、どちらにせよ怪異が絡んでいても不思議じゃない。
「最初が私達なのー? それもなんか変じゃない?」
白石が顎に指を当て、小首を傾げて不思議そうに言う。
「何が変なんだ?」
「怪異事件説濃厚ではあるけど、それでもやっぱり最初は警察の調査が入らない? そこで不可解な点が見つかって私達に調査権が移る、っていうのがいつもの流れだと思うんだけどー?」
「……言われてみれば確かにそうだ、というか、大前提だと思ってたんですが、梅井さん?」
「ああ、うん、今回は警察の調査は入ってない、というか、もうひとつの証言が決定的になって、最初からこの件は全権我々に委ねられた」
「もうひとつの証言?」
「地元住民からね、目撃情報があったんだよ、ここに向かう道を歩く竹水つぐみの姿を見たって」
場の空気が凍りつく。その情報にでは無い。その名前を聞いた途端、味方であるはずの少女から放たれた凄まじい殺気に、全員が一瞬身動きが取れなくなった。
「竹水つぐみ……それって、虎だよね? ですよね?」
「……ああ、君が深夜琴音か……最年少で本部からお呼びがかかった天才、だっけ? 完全体と戦って生き残ってるのは流石だね」
「でも逃しちゃったから、今度こそ仕留めたい」
梅井班からの視線が痛い。不気味なものを見るような、今にも「お前おかしいんじゃねぇの?」とでも言われるような目。
確かに心が折れて辞めてしまってもおかしくない、むしろもう一度立ち向かおうとする方がおかしいだろう。報告を受けただけでもどれほど危険な相手だったか分かる、そんな敵に、更に闘志を燃やすなど、常人には理解出来ない。
「……流石、天才は違うね、俺らとしては出来れば会いたく無いんだけどね。さて、こんな所で喋ってても仕方ないから、さっさと始めよっか」
タバコを携帯灰皿で処理して、梅井は先陣を切る。雰囲気はあるが、妙な気配は無い、しかしそれでも慎重に玄関から中に入る。
1階のロビー、誰もおらず、薄暗い。電気系統はまだ生きているようで、意外と中も綺麗だった。
ついこの間まで使われていたのに、いきなり管理者も利用者もいなくなってしまったから、そのまま、という感じ。
「特に変わったところは無いですね」
梅井班の1人が言う。小柄だが、肉付きはがっしりとした若い男性だ。
「よし、じゃあ荻田君はもう少し1階を調べて、10分したら合流して」
「了解です」
彼を残し、そのまま2階へ。ロビーの案内板によると、この建物は3階建で、2階と3階が客室フロアとなっているらしい。
「さて、ここからが本格的な調査だよ、それぞれ部屋を見て回ろう」
「あの、彼を1人にして良かったんですか? 何かあっては」
「え? 荻田君? 大丈夫だよ、彼強いし。それに、探索する箇所の事を考えたら人数はこっちに割いたほうが効率的でしょ」
「ですが、万が一にでも」
「霧谷班長、立場は同じだけどこの件の指揮は俺が執るから」
黙って従え、とでも言いたそうな目で圧をかけられ、霧谷は渋々了承する。
さて2階。扉が7つ向かい合って並んでいる。とりあえず霧谷は最端の扉を開けて中を調べる事にした。だが、特筆することは無い、普通のホテルとなんら変わらない部屋がポツンとあるだけだった。ベッドは綺麗に整えられており、誰かが利用していた痕跡も無い。
続いて向かいの部屋、しかし同上。同じタイミングで出てきた白石と目があったが、つまらなさそうに肩をすくめるだけ、つまりは何も無かったのだろう。
結果は全員ハズレ。このフロアはただの客室が並んでいるだけだったようだ。
「次、上がろうか」
3階、作りは2階とほぼ一緒。そして、収穫も一緒。
何も無かった。
「怪しいねー、ここまで何もないなんて、逆に怪しい」
「だが実際、調べられるところは全部調べたはずだぞ」
全部屋隅々まで調べて収穫ゼロ。怪異の痕跡どころか、人がいた形跡さえ。
「……人がいた形跡すら、ゼロ?」
霧谷はもう一度、ひとつひとつの部屋を回って念入りに調べる。特に洗面台や、バスタブ。
「……やっぱり」
「霧谷君?」
様子を見に来た梅井に、霧谷は周囲を見回しながら言う。
「……梅井さん、もしかすると、この建物そのものがカモフラージュなんじゃないでしょうか」
「カモフラージュ? ああ……なるほど、こういう調査から逃れる為の、だとしたら本命はどこだ」
「もう一度1階から調べましょう、もしかしたら、どこかに抜け道が……」
言いかけて、全員が気付いた。もう2フロア探索して、10分以上経過している。なのに、1人足りない。
1階を調査したまま、荻田が帰ってきていない。
「何やってんだアイツ、報連相はしっかりしろっていつも」
「うわああああああああああっ!!!!」
下の階から男の悲鳴が聞こえた。
「っ! 深夜!」
と、霧谷が呼びかけるよりも早く、彼女は行動していた。刀を構え、落ちるように降って行く。次々とその後に続き、再びロビーに到着した。
その真ん中で、まるで羊のような頭部をもつ人型の怪物が3体、荻田に群がって、ひたすら頭突きを繰り返している。
「なんだコイツら!」
「は、班長! 分かりません! 急にコイツら! どこからか現れて!」
剣型のタリスマンを振って応戦しているが、思いの外力が強く、また3方向の突撃でバランスを崩し、遂に突き飛ばされてしまった。
その瞬間、まるでゾンビのように羊の怪物は彼に群がって行く。
「う、うわあああ! 来るな! やめろ!」
その内の1体が彼の顔を押さえ付け、ガパッと大きく口を開けた。人間のように並んだ歯と、生ぬるい湿気を含んだ息と、溢れ出た涎が顔面にかかる。
頭を噛み砕かれる。本人はもちろん、誰もがそう思った。
しかし、怪物の口は荻田から離れ、そのまま頭が地面を転がった。
誰が何を理解する間も無く、残り2体の首も宙を舞う。ゴトッという鈍い音が2回、それから鮮血のスプリンクラーが3箇所から発生した。
「終わったよ、終わりましたよ」
刀から血を振り払って鞘に収めて深夜が言う。
「よくやった深夜、梅井さん、彼を」
「あ、ああ……」
一瞬遅れて反応し、梅井は他の班員と荻田の元へと駆け寄っていく。
周囲を警戒する霧谷と白石だが、深夜に視線を向けると、彼女は不思議そうに死体を見つめていた。
「どうした深夜、敵がまだ近くにいるかもしれない、注意しろ」
「なんか変、です」
「変?」
「この敵、なんか」
「荻田っ!」
梅井と、班員の声が響く。振り向くと、倒れた彼の顔を何度も叩きながら名前を叫んでいる。
しかし、彼がそれに反応する様子は無かった。
「まさか、遅かったのか」
「いや、息はある! 気絶というより……眠らされている? とにかく、一度撤退だ! 全員外へ!」
素早く周りが撤退する中、深夜だけは、暗闇を見つめていた。
調査開始から僅か30分程で撤退を強いられた。
いつもの事ではあるが、一筋縄ではいかない。




