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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
人の皮被った羊
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復讐開始

 机に罵倒を落書きされ、しかもそれが何か硬いもので削って書いてあった時、どうすれば良かったんだろう。


 両親に心配をかけたくなくて、教師に相談したのに、証拠が無いと相手にされず、ましてそういう年頃だから構って欲しくて自分でやった、と疑われた時、どうすれば良かったんだろう。


 一度は助けてくれた男の子を信用して、好きになったのに、誘われた先が男子更衣室で、そこで何人もの男子生徒に囲まれて、無理やり犯された時、どうすれば良かったんだろう。


 写真で脅されて好き勝手に物みたいに使われた時、どうすれば良かったんだろう。


 お弁当をトイレに捨てられて、ぶち撒けられて水に浮かぶ中身を食べろと言われた時、どうすれば良かったんだろう。


 大勢に笑われながら、せっかく作ってくれた母の顔が何度も頭に浮かんで、情けないやら悲しいやら、自分の涙とトイレの水が入り混じった物体を口に押し込んでる時、どうすれば良かったんだろう。


 ノートや教科書、ペンケースを破られ、破壊された時、どうすれば良かったんだろう。


 好きでも無い顔も知らない男の子に嘘の告白をさせられて、ネタバラシの後激昂した彼に襲われた時、どうすれば良かったんだろう。


 上履きを燃やされた時、どうすれば良かったんだろう。


 顔を叩かれた時どうすれば良かったんだろう。


 腹を殴られた時どうすれば良かったんだろう。


 爪を剥がれた時どうすれば良かったんだろう。


 閉じ込められた時どうすれば良かったんだろう。


 バケツの水を浴びせられた時どうすれば良かったんだろう。


 助けてくれた女の子を、自分の身の可愛さに売った時、どうすれば良かったんだろう。


 結局助からなくて、何人もの相手をした後に、化け物に殺されかけた時、は、もう遅かった。


 どこでどうしていれば、こんな事にならずに済んだのだろう。


 何度も死にたいと思ったけど、それでも死ぬ事が怖くて、生きていればいつか良い事が起こると信じて、報われて救われると信じて、ずっとずっと我慢してきたのに、どこで、どうしていれば、こんな事にならずに済んだのだろう。


 だが、命が終わると思ったその時『彼』が現れた。


 圧倒的な力で、あっという間に窮地から救ってくれた、救世主。


 今度こそ報われる、今度こそ救われる。


 だから必死に懇願した。


「こ、殺さないで! 殺さないで!」


 正直、この時はまだ死ぬと思ってた。こんな懇願が、聞き入れられた事など、一度も無かったから。


 だけど、救世主は、当たり前の事みたいに、さも当然の事みたいに、言った。


「え、別に殺さないけど、僕女の人あんま──」


 この時思った、もう失敗しないようにしよう。どうすればいいか、ちゃんと考えよう。


 これからどうすれば良いだろう。


 自分を蝕む内側から聞こえる声に負けないようにしよう。


 これからどうすれば良いだろう。


 信じられない力を手に入れて、強くなったから、目一杯利用しよう。


 これからどうすれば良いだろう。


 復讐しよう。自分を苦しめた全てに。


 忌々しい記憶が詰まった廃病院で、彼女、綿畑わたはた夢月むつきは、目の前で跪く集団をゴミを見る目で見下ろしながらそう思った。


 ガタガタと情けなく震える彼ら彼女らは、耳障りな嗚咽を漏らしながら、か細い弱々しい声で夢月に懇願していた。


「もう許して……」


 コイツは腹を殴って、苦しむ姿を見て笑っていた女。


「やめて……」


 コイツは強姦されている様子を動画に撮って脅してきた女。


「家に帰して……」


 コイツは最初に襲ってきた男。


「もう……解放して……」


 コイツは、そもそもの主犯。


 情けなく、口々に言う。どの立場で、どの口が言っているのか。本当に気持ち悪い、都合が悪くなったら、あっという間に弱者のフリをしている。


 本当は今すぐにでも殺してやりたい。出来るだけ苦しめて殺してやりたい。頭のてっぺんから順番に壊して、長く苦しめて殺してやりたい。


 目をほじくり出してやりたい。


 耳を引き千切ってやりたい。


 鼻を焼き潰してやりたい。


 歯を全部粉々に砕いてやりたい。


 舌に釘を何本も刺してやりたい。


 苦しめて苦しめて、勝手に死ぬまで生かしておいてやろう。自殺出来ないように、手も足も潰しておいて、山奥に捨ててやろう。


 でも、まだダメだ。救世主と、償いたい人の為に、役に立たせなければならない。


 夢月は唇を噛み締めて、震える声で言う。今までは恐怖で震えていたが、今は、怒りで震えている。


「……死んだら解放してあげる」


 嗚咽が更に酷くなる。なんでほんのちょっとでも助かると思えるんだコイツらは。


 見苦しい、醜い、気持ち悪い。


 彼らの嗚咽が、本当に耳障りだった。


挿絵(By みてみん)

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