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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
最強強化特訓
79/81

修行は続くよいつまでも

『お疲れ様でしたヨル様』


 お盆に水の入ったコップを乗せて、フラフラした足取りでスラッシュが言う。フラフラというか、ヨロヨロというか、初めて歩く赤ん坊のような足取りだった。


「あぶないあぶない、お水溢れる、一旦置いて」


『すみません、この体ものすごく扱いづらくて……』


 スラッシュは床に盆を置いて、ぐるぐると腕を回す。


 感覚は分からないが、見た感じは確かに動き辛そうだ。ぶかぶかの着ぐるみを着ている感じ、なのだろうか。


「カイシさんが拘束用に作ったって言ってたからね。一応、君って囚人みたいなものだし、しょうがないか」


『しゅ、囚人!』


 囚人という言葉に、スラッシュはあからさまにショックを受ける。悪さして、能力の自由を奪われ、生殺与奪の権をこっちに握られているんだから、何もおかしいところは無いと思うが。


『あ、あのぉ、どうか子分か、せめて手下に』


「え、誰の……」


『もちろんヨル様の』


「やだよ! やだやだ! そんな不良の番長みたいなの!」


 全力で拒否する八夜に、スラッシュも苦い顔をする。


『なら召使に……!』


「んんー……じゃあ、間をとって、お手伝いさん、で」


『ありがとうございますぅ!』


 やれやれと、八夜は息を吐いて、出された水を一口飲む。てか、なんでそんなに囚人と呼ばれるのが嫌なんだろう? まさか罪人扱いが嫌とか言うんじゃ無いだろうな。


『おい子分、私の分の水は?』


 八夜に尻尾を振るスラッシュに、アサがヤンキーみたいに首を曲げながら近づいて言う。


 圧をかけられたスラッシュは、八夜の時とは打って変わって、首を傾げて鼻で笑った。


『は? ありませんけど、飲みたいならご自分で汲めばいいじゃないですか』


『はぁん? なんで私とヨルで扱いが違うんだコラ!』


『貴女特に何もしてないでしょう! あくまで力をお使いになって勝利なされたのはヨル様です! 貴女じゃこうはいかないでしょうね』


『うっぜー! なにコイツ! ほぼ初対面の相手に失礼だと思わん!?』


『そのほぼ初対面にいきなり子分呼ばわりする貴女の方がどうかと思いますけどねぇ!? ヨル様の子分というなら、私と貴女はほぼ同列でしょう!』


『全然違うわ!』

「それは違うかなー」


 2人に否定され、スラッシュは『ぐぬぬ』と歯を食いしばる。


「アサは私の友達だから。それに、君と違って悪さなんかしないよ?」


『お言葉ですがヨル様、ソイツを信用し過ぎるのは危険ですよ! なんか、そういう匂いがします!』


「悪いけど、私としては君の方が信用なんて出来ないかなー」


『私がなにをしたと……!』


「人襲ったでしょ、忘れたの?」


『……? それが、なにか……と言いますか、話の途中ですみません、ヨル様』


 一度ペコリと頭を下げてから、スラッシュは天井を指差す。


『お疲れのところとは思いますが、その、見に行った方がよろしいのでは?』


「……そうだ、カイシさんが戦ってるんだ!」


 急いで水を飲み干して、急いで階段を駆け上がる。


 カイシが強いのは百も承知、しかしシャルルは完全体だ。虎や、さっきまで戦っていたコピーの事を思い出しながら、八夜は駆け上がる。


 どんなすごい勝負になってるんだろう。どっちが勝つんだろう。負けはしないにしても、苦戦するカイシを見れたりするのだろうか。


 胸を高鳴らせ、玄関を開けると、そこで待ち構えていたのは巨大な蛇の頭だった。


「────っ!」


 息が止まる。八夜の背よりも大きな大蛇の顔が、大口を開けてコチラに向いていたのだから無理もない。一瞬どころか、今も食べられるという感覚が消えない。


 しかし、大蛇はピクリとも動かない。大口を開けて、ジッと動かない。


 そこまで把握してようやく気付く。この大蛇は倒れているのだ。待ち構えていたのでは無く、たまたまこの向きに倒れただけ。


「え、ていうか、この蛇は」


「意外と早かったな」


 いつの間にか、八夜の隣に座って星空を見上げていたカイシが、コチラを向かずに言う。


「カ、カイシさん……いつの間に」


「最初からいた、お前がコイツの顔にビビり散らかす前から」


「…………」


 恥ずかしいとかは無い。ただ単純に『どうでもいい事』として扱われたのがなんか悔しい。スラッシュに腕を切断された時は怒られたのに、まるでここではビビるだろうと予想されていたようで。


「……それで、あの、もしかしてこの蛇は」


「シャルルだ。すごく強かった」


 赤い瞳の奇妙な目が、満足そうに歪む。声色も、いつもより優しかった。とても嬉しそうに言うカイシだが、その体に傷らしきものは、ひとつも付いていない。


 対して大蛇、もとい、シャルルの怪異体をよく見ると、あちこち傷だらけだ。至る所から骨が飛び出て、内臓のようなものも白い腹からはみ出している。頭部もよく見れば脳天から陥没しているし、上顎と下顎は根本からズレている。


 つまりはボコボコだった。


 一方的で、圧倒的だったんじゃないか。2人が外に出てから一体どれぐらいで決着がついたか分からないが、果たしてコレを、この結果に至る過程を、勝負と言えるのだろうか。


「死んでるんですか?」


「……あん?」


 カイシの反応はもっともだと思う。自分でも、そんな確認が今更何の意味を持つか分からない。そもそも、生死を問うてどうしたかったのか分からない。


 分からないまま咄嗟に出た言葉だったから、どんな答えをもらっても、それに対してどんな返事をしたらいいか分からない。


「いえ、あの」


「逃げたよ」


「……え?」


 カイシの返答に、八夜は目を丸くする。いやしかし、じゃあこの目の前にある圧倒的存在感を放つ死体はいったい。


「奴の能力の一つだったんだろうな。巨大な蛇の姿をした外皮を作り、本体はその中の何処かで操る。外皮をいくら痛めつけようが本体へのダメージはゼロ、万が一場所を特定されて危なくなっても脱出……この場合は『脱皮』とかが正しいか、そうやって戦線を離脱し生き残る」


 クックックと、楽しそうに、堪えるようにしてカイシは笑う。


 つまり目の前にあるコレは、巨大な蛇の皮。本体は既にどこかに避難しているという事なのか。


「気配を消し、見えない毒を吐き、巨大化をする。何とも多才なやつだった。アレはまだ他にも能力を持っていそうだったな、逃げてくれてありがたい、俺としても、もう少し楽しみたかったから」


「……楽しい、ですか」


 見えない所から見えない毒を吐かれ、巨大な牙で噛みつかれ、飲み込まれる。そして、それ以外にも未知の能力を保有している可能性がある。


 まるで太刀打ち出来る未来が見えない。


 そんな相手を、あっという間に倒し、それでいて無傷で、尚且つ、楽しかったと言ってのける。


 あまりにレベルが違い過ぎる。なんだか、さっきまでの勝利の余韻がどんどん冷めていくのを感じる。未熟なんて言葉すら程遠い、自分はまだ、やっとスタートラインを目視出来るところに立っただけなのだ。


「すごい、ですね。やっぱりカイシさんは、とてつもなく強い」


「ああ、お前もいずれこうなる」


「はい、私も……え?」


 ヘマをすればぶっ殺されるという事だろうか。


「言い方を間違えた、お前もいずれこれぐらい出来るようにする。その為に、修行しているんだろ?」


 カイシは立ち上がって、施設内へと入っていく。


「とりあえず結果を見る。話はそれからだ」


「は、はいっ」


 今外に出たばかりだが、カイシの後ろをついて行き、自分の成果を見てもらう。浮かれているつもりは無いが、やはり少しは自信があった。


 修練場の扉を開けると、スラッシュが驚いた顔をしていた。


『あれ? もう、終わったのですか?』


「終わっ()()が正しいかな」


「おい」


 談笑している八夜に、粉々になったコピーの残骸を眺めていたカイシが強めに声をかける。


「かなり苦戦したみたいだが……あの赤い竜みたいな姿はどういう能力だったんだ」


「えと、爪から熱を放出できて、燃やせます。あと、温度をどんどん上げていくと、最終的に大爆発します」


「……熱、火炎系では無いのか」


「熱波は出せましたけど……火そのものは」


「可能性はある、そこも研究しながら鍛えていくぞ。結果はオーライだが、なにぶん出来立ての能力だ、上手く使えてないのがそれこそ火を見るより明らかだ」


 カイシは振り返って、言う。


「次の修行から、再び俺が相手をする。だがやる事は変わらん、全力で倒しに来い」


「は、はいぃ……」


 倒しても、強くなっても、まだ足りない。修行はどこまでも続くようだ。


─────────────────────


 背中に伝う硬い感触。ボヤける視界で見上げる知らない天井。全身に走る激痛は、指の一本すら動かす事を許さなかった。


「げほっ……い、痛い……」


 ようやく呼吸が整い始め、咳き込みながらも言葉が発せるようになった。出てきたのは情けない弱音だったが、回復が早くなっている証拠だとポジティブに捉え──。


「治るイメージが足りん」


 残念ながら、コチラを見下ろすカイシには不合格ラインだったようで、ピシャリと否定される。彼の腰辺りを、魚にも、爬虫類のようにも見える奇妙な触手、いや、尻尾の方がイメージとしては近いモノがウネウネと動き、その鋭い先が、常に八夜に向けられている。


「呼吸出来るようになるまでのタイムが短くなってきたのは良い。だが問題はそこからだ、次は何処を優先的に治すべきか即座に判断しろ。今だったら足、さっさと動いて回避行動に移らなければ、待っているのは死だ」


「は、はい……」


「返事をしている暇があるなら実行に移せ。俺はやる」


 そう言って、彼の尻尾が放たれた矢の如く八夜の顔面目掛けて突き出される。


「んおぉっ!」


 足の治癒は間に合わず、結局何とも情けない声を上げながら、転がりながらの回避となった。ただ残念ながら、その後の展開は読めてしまっている。どうなるか分かる事と、それに対応できる事とは、また別問題。


 予想外だったのは、彼が()()()()()()()()()ぐらいだ。


「ご、ご慈悲を!」


「反省して食らっとけ」


 無情にも、横たわった状態の八夜は蹴り飛ばされ(ここは予想通りだった)、壁に叩きつけられる。


 再び全身を襲う衝撃。脳が頭蓋骨の中で揺らされ、思考も視界もとっ散らかる。肺が押し潰され、吸うのも吐くのも困難になるが、吐き気だけは止まらない。割れた壁の破片と共にどしゃっと落ちて、そのまま横たわったまま動けなくなる。


「……今日はここまでだな」


 人が死ぬ時、聴覚だけは最後まで残っていると聞いた事があるが、本当だったのかと感心した。赤く染まって歪む視界に、朦朧とする意識の中、彼の声ははっきり聞こえた。


「300回。今回だけで俺がお前を殺せた回数だ。後で改善点を教えるから、目が覚めたら食堂まで来い」


「んに……」


 最早まともな返事も出来るわけが無く、そのまま八夜の意識は闇の中に落ちて行った。


『ヨル様!』


『ヨルー!』


 気を失った彼女を、2人の少女が心配そうに見守る。


『日を待たずにこれだもん! せっかく強く成長したのに味気なさ過ぎるよ!』


『もっと段階というものがありますでしょうに! ああヨル様、おいたわしや……』


 ぴぃぴぃ喚く小さな高い声、それでも八夜は目を覚ます事は無く、気絶というか、ぐっすり寝ているようだった。


「おい」


 そこへ、先ほど出て行ったばかりのカイシが、少し眉を顰めながら再び現れる。


『なに! まさかこの状態のヨルを更に痛めつける気!?』


『カイシ様いくら何でもそれは!』


「ちげぇよチビども、大人しくしろ」


 ギロリと睨まれ、2人は一気に押し黙る。そんな彼女達に全く興味も関心も示さず、カイシは八夜を指差して言う。


「少し話す内容が変わった、ソイツが起きたらすぐに視察に行くぞ」


 淡々と言っているが、何やらただならぬ雰囲気を感じ、遂にアサが口を開く。


『なに、なんかあったの』


「ああ、ほんの少し予想外の事がな」


 カイシは上を指差して言う。


()()()()()()()()()()()()()()()、状況的に九尾狐の仕業かもしれん。一気に事が動くぞ、これは」


 カイシは小さなため息を吐いて「難儀だな」と言って、再びその場を後にする。


 異様な緊張感を残したままだが、アサにもスラッシュにもどうする事も出来ず、ただ八夜を見守るしか無かった。


 一気に事が動く、カイシの言葉が、アサの頭の中をぐるぐると回っている。




 主はまだ、目覚めない。

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