自分との決着
思えば八雲八夜には幼少期の記憶が断片的にしか存在しない。そしてその断片にさえ『両親』は出てこない。思い出そうとしても、いつも思い浮かぶのはアサと遊んだ記憶、そして、アサが潰れる記憶。そこで記憶が途絶え、後はただ死んだように生きてきた時間が続く。
だが、兄の献身的なケアもあり、希死念慮は和らぎつつあった。しかし、そんな時にあの出来事、この事態に至るにまで追い詰められた黒い影の存在。
突如として現れて、八夜が前向きになると物理的に攻撃を仕掛けてくる謎の存在。誰に言っても信じてもらえず、無意識に自傷を繰り返しているものだと思われて、自分でもそうなんじゃないかと思っていた謎の存在。
アサ曰く、アレが『幽霊』みたいなもので、それが何らかのキッカケで自我を持ったのが『怪異』となり、そしてそれが人に憑依し、肉体を持ってこの世界に『生物』として存在するのが『完全体』だという。
という事は、全ての完全体は誰かの犠牲のもとに存在しているという事なのだろう。虎の前例はあるが、アレだって元に居たらしい虎は消えてしまっている。
怪異か、人か、完全体になる過程で、どちらかが犠牲になる、なんとも不安定な存在。両親とか、そういう概念すら無いのかもしれない。
だとすれば、怪異はどこから生まれて、何の為に生きるのだろうか。この不安定な命は、どこから来たのだろう。いや、もしかしたら、何の為に生きているか分からないから、欲求が強くなるのだろうか。
圧倒的な力を持ち、異能を操り、その気になればこの世界を支配する事だって可能にさえ思える彼らが、いまだ人の目にあまり触れず、陰の脅威程度で止まっているのは、もしかしたら、意味を求めてしまうからかも。
食べ尽くして、殺し尽くして、支配して、その先は。
なんだか、可哀想だな。
死んだはずの友人が、目の前で自分の作った食事を頬張っている姿を見て、ふと、思った。死して尚、こんな風に世界は続いて、しかもそこはとても過酷で残酷で。
何の為に生きて、何の為に死んで、何の為に生まれる。
こんな事ならいっそ、最初から生まれてこなければ良かったのに。最初から、存在しなければ、苦しむ事も苦しめる事も無かったのに。
きっと、そんな願望は、昔からあったんだ。今よりも、ずっとずっと死が近かくて、生まれてから死ぬまで、恐怖が占める割合が大きかった頃、彼らの願いは、今よりもずっと強かった。
だから作られたんだろう、命を終わらせてくれる神として、安らかな無を与えてくれる存在が。
そうやって『魂喰らい』は生まれたんだ。
「だから私達は……でも、時間の問題に……」
声が聞こえた。
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「私……何考えてたんだっけ?」
振り下ろされる大剣を爪で弾きながら、八夜はポツリと言葉を溢す。あろう事か彼女は、戦いの最中にぼーっとしていたらしい。
ハッと我に返り、咄嗟に爪を突き出す。巨大で鋭い爪先が、コピーの横腹を掠めた。しかし、彼女が怯む事はない。
爪の熱のせいだろうか。少し頭がぼんやりしていた。慣れないどころか知らない力、何が起こっても不思議では無い。
「だからって油断して良い理由にはならないよねっ」
爪を胸の前でクロスさせ、擦り合わせる。元々の熱と摩擦の熱を、一気に相手に向けて放出した。
熱波。周りの景色が一瞬揺らいで見えるほどの高温を伴った衝撃波。コピーヨルが咄嗟に出した盾がみるみるうちに溶けて粉々に崩れていく。
予想外の手応え。思いつくままに動いてみたが、凄まじい効果を発揮した。これで敵の防御を半分攻略したと言っても良い。
問題は、崩し続ける事が出来るかどうかだ。
「武器屋さんなの!?」
崩れた盾の奥にもう一枚の盾。いや、一枚どころでは無い、次々と現れて、巨大な壁のようにそびえ立ち始めた。
「私なら……するかな、多分、出来たらするよね、だってとりあえず安地を作りたいし……」
敵が熱を操る能力で、コチラの防御を崩す効果を持っているなら、とりあえず距離を取るか、身を潜めるだろう。
そして、見えないところからの攻撃。
そうなると、今はただ目の前の壁を崩すしか無いと、再び八夜は両爪を構える。
しかし。
「──ッッ!!」
第二の熱波放出は叶わなかった。小さく、けれど確かな衝撃が両手を弾き、離れさせた。
もはや味わい慣れた衝撃、爆発。こちらも全体的にステータスアップしているおかげで、最初の頃のように一撃で失神とはいかないが、それでも、手に残る痺れは、連続の直撃を酷く恐れさせた。
「てか、なに、どこから……」
二撃目を警戒しながらこちらも盾を出して身を隠し、壁を観察する。天井にとどく程高くそびえ立つ盾の壁、何枚も重ねられて作られたソレは、しかしよく見ると、あちらこちらに隙間があった。
「んん?」
その隙間が、時々黒く塞がる瞬間がある。チカチカと、まるで点滅しているようだ。
ダメだ、いつ撃ち込まれるか分からない、じっくり観察したいが余裕が無い。
(でも、私なら)
『ヨル様!』
そこに、物陰から隠れながらスラッシュが声を上げる。
「……君こっちにいたのか……まぁ、狙われないとは思うけど……てか、ちょっとまって」
何度も壁と八夜を交互に見ながら慌てた様子の彼(体的には彼女)に、嫌な予感が湧いてくる。
『わ、分かりました! こっちから見えました! 攻撃の正体は──』
「言わなくていいっ! 邪魔しないでっ!」
『隙間から、えぇっ!?』
嫌な予感的中。アイツ平気でネタバラシするつもりだったなと、八夜は鎧の奥で唇を尖らす。だが直後、キツく言い過ぎたかもと後悔もした。
あわあわと戸惑っているスラッシュに、今度は声を荒げないよう、出来るだけ控えめな、でも大きな声で言う。
「……ごめんね。気を利かせてくれたのは嬉しいんだけど、でも今は私の特訓中だから、私が自分で乗り越えなきゃ意味が無いから、だから、口出しも手出しもしないで」
キッパリと言われ、スラッシュはおずおずと引き下がる。
『ス、ストイックなんですね、意外です』
そうだろうか。自分の力でやり遂げたい事に、横から口出しされるのは誰でも嫌だと思うが。
再度、爆発音。直後、こちらの盾の端が砕け散る。
「すごい威力……そもそもなにを飛ばして」
ふと、足元を見ると、爆発により散った盾の破片の中に、煙を上げながら消えていく別の物質があったように見えた。
「なんだ……落ち着いて、私にも出来る事なんだ……私なら、何を飛ばす」
空間を完全に分けてしまうほど巨大な壁と化した無数の盾。そこにはあちらこちらに隙間がある。
「普通に考えたら、その隙間から射撃みたいにこっちに向かって何か飛ばしてきてるのか」
防御目的というよりは、目眩しがメインなのだろうか。攻撃の軌道を読ませない為に。
「ん、でもそれって相手にとっても同じ事なんじゃ……?」
隙間があるとはいえ、防御壁としても十分に高い性能を有している、隙間が大きければ、先ほどの熱波はもっと通って効果を発揮していたであろう。しかし、ぴしゃりと遮断された、という事は、隙間はそんなに大きくない。
正確にこちらに向かって爆発物を発射するとなると、当然投擲は不可能だろう。いや、完全体を想定して作られているのだから、不可能が可能になっていてもおかしくはないが、例え投擲だったとしても、あまりに正確すぎる。
あんな小さな隙間から、爆発物をこちらに投げ込むとなると、その爆発物は更に小さいのだろう。大前提、あの隙間を通っているのだから。そんな小さなものを投げつけて、軌道はズレないのだろうか。
先程までの命中が、狙った場所への命中なのか、それともズレた上での命中なのか。
「いや、難しく考えるな、アレは絶対狙ってる、じゃなきゃ、射撃で爪を壊そうとはしない」
そうなると……──爆発。遂に八夜の盾が崩れた。木っ端微塵に砕け散り、辺りに散らばる。そんな中、八夜は必死に目を凝らす。これはチャンスだ。さっき確認できなかった、爆発物の正体を確認する。
(もう次は無い、じっくり考える余裕は与えてくれない。せっかく強化できたけど、何発も直撃を食らえば多分死ぬ)
コロコロと、煙を上げながら消えていく破片。それは、思ったよりも硬いものに見えた。白く、丈夫で、小さなもの。
「……歯?」
理解して、直後八夜は壁に向かって走り出す。
予想通りなら、奴は連射は出来ない。そして、自分でも恥ずかしくなってしまう弱点がある。
歯だ。歯に爆発効果を付与して発射していた。そしてそこから考えられるのは、口を隙間に押し付けて、そのまま吐き出すというなんとも汚い方法だ。となると、こちらの居場所を確認し、発射も可能で、尚且つどの角度からでも打ち出せるとなると、壁の向こうでコピーは、虫やトカゲみたいに張り付いてカサカサ動いているのだろう。
だが、それだと明確な弱点が発生する。それは移動中はコチラの動向を探れないという事だ。虫やトカゲみたいにとは言ったが、多分実際に壁に張り付く事は出来ない、掴める場所を探し、ボルダリングのように移動しているんだろう。
無造作に隙間が開いているとはいえ、そこから覗かなければならない以上、そもそもの視界が限られてくる。その上で、移動に気を取られ自由に見られないなんて、弱点以外のなんでも無い。一発撃って、場所を特定されないように移動、かつ、歯を弾丸にしているなら、抜く時間もかかる、故に連射は不可能。
防御と目眩しに全振りしすぎて、速効性、素早さを完全に失っている。
これでは距離を詰められれば、捕捉の難易度が一気に跳ね上がり、自分と相手の立場が五分五分になる。
これらが自分がやるであろう行動なのだから、恥ずかしくもなるというものだ。
いや、相手の判断が鈍ったのか、それとも、自分が鈍らせたのか。
それほど、新たに発現したこの力は強力という事なら、本当に心強い。
両の爪に力を込める。どんどん熱が溜まり、チリチリと発火を始める。
そのまま盾の隙間目掛けて、思い切り突いた。
破壊音と、瓦礫が飛び散り、煙が上がる。その直後、隙間がチカチカと黒く点滅するのが見えた。
恐らく急いで移動しているのだろう。破壊された箇所から、相手の場所を特定し、その意識の外から攻撃する為に。
黒い影は、破壊痕の真上に止まる。
「読めてるよ、私だってそうする」
コピーの耳に、同じ高さからそんな声が届いた。
凄まじい熱気が伝わり、盾が歪む。そして、硬い壁を突き破り、鋭い爪がコピーに迫る。
咄嗟の防御として、コピーはガパッと開けた鎧の口から歯弾を吐き出し、爆発させて攻撃を逸らした。
狙い通り爪は下方へ叩きつけられるようにズレて、爆炎をあげて破裂した。
……そして、コピーは失敗、というか、罠に嵌められた事に気付く。
いくらなんでも脆すぎだ。初撃で弾いただけの爪が、一撃で砕けるわけが無い。
爆炎の向こうから声が聞こえる。
「お返し」
そう言う彼女の右手に、爪が存在していない。へし折ったような痕を残した、歪な形の拳になっている。さっき砕け散ったのはその爪か。囮に使って、だが残りはどこだ、巨大な爪は指の数と同じ5本。残り4本は。
「当たれぇええええええっ!」
残り4本は、八夜自身が抱えていた。それを、力いっぱい振りかぶって投げつけた。
歯弾の防御はしばらく使えない、その上不安定な場所に捕まっているだけのコピーに、それを回避する術は、飛び降りるしか無い。
空中に投げ出される、それは回避不可能な空間に晒される。それはまさにこの戦いの最初にコピー自身が取った戦法。巨大ハンマーで上空へ打ち上げ、高さと重さを利用して地面に叩きつけた、あの戦法。
爪が着弾、直後爆発。容赦無くコピーは空中へ放り出された。
見上げた先に、彼女がいた。残った左手の、赤熱する爪を綺麗に揃えて、叫んだ。
「炎爪突っ!!!」
突き出された爪は、コピーの鎧を焼き砕き、柔らかい腹を貫通して、背中の鎧も砕いた。
そのまま落下し、地面に激突する。その衝撃で貫通した爪は更に地面に突き刺さり、コピーは完全に固定された。
「っ!」
左手の爪をへし折って、八夜が急いでその場から離れる。コントロールを失った爪は温度をどんどん上昇させ、遂には爆発した。
コピーの体ごと、粉々に砕け散った。
「はぁっ……はぁっ……かて、た」
その場に倒れ込み、変身が解ける。
『ヨルッ!!!』
アサが内側から飛び出して、八夜を抱き上げた。
「アサ、私勝てたよ……これは、私、実質完全体を撃破できるって事だよね……」
『そうだけどボロボロじゃん! 知らない力を加減無しで使いまくるなんて正気の沙汰じゃないよ!』
涙ぐむ親友に、八夜は申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。
「ご、ごめんねぇ……アサの言う通り……今やった事をもっとスマートに出来るように特訓しないとねぇ……」
『いや、まぁ、そうなんだけどさ……』
「ああ、でも、ちょっと楽しみかな」
八夜は、ヨルは、今度は照れたような腑抜けた笑みを浮かべながら、言った。
「今コピーがした事も、私が出来る事なんだよ。あれもこれも私が出来る……なんだか、楽しみだなぁ」
『ヨル……なんで、笑ってんの』
親友の、小さく、でも確かな変化に、アサはそれ以上かける言葉が見つからなかった。




