来訪
巨大な爪から放たれる熱が、周囲の温度をみるみるあげていく。コピーがどんどん距離を取っていくところを見ると、接触すれば致命傷となり得るほどの高温らしい。
「……発熱する能力なのかな……まだ何か出来そうな気もするけど……とりあえずはコレで」
爪を構え、戦闘を再開しようとした時だった。パンと、手を鳴らし
「終わりだ」
と、カイシが上を見ながら言う。
「……まぁ丁度良いか。しかし、中々根性のあるやつだな」
「あ、あの、一体何が……」
「お前に客だ」
「客……って、まさか」
理解するよりも早く、答えは自分から顔を出した。
「また会えたねヨル! やはり、やはりやはりあの素晴らしい血の味は君だったんだね!」
貴族のような雰囲気の、長身の男。シャルは不気味に顔を歪ませながらそう言って現れた。まるでここにずっと一緒に居たかのように、当たり前のように修練場の扉を開けて入ってきた。
「ど、どうしてここが」
「拾い忘れた腕で、だろ」
特に慌てる事も無く、カイシが冷静に言う。シャルが侵入して来た事に対しても、別に追い出そうとはせず、ジッと彼の様子を見ていた。
いや、様子を見ているというのは少し違う。何か、見定めているような、観察しているような目だった。
そんな彼の視線に気付いたシャルは、笑顔のまま向いて深々とお辞儀する。
「初めまして、ミスターサヴェージ、僕はシャルル・セフポ、どうぞよろしく」
「さゔぇ……よく分からんが、俺はカイシだ」
コンコンと八夜の胸の装甲を拳で叩き、カイシはシャルに言う。
「狙いはどちらかと言えばコイツだろう?」
その言葉に、シャルはとても嬉しそうに、それはそれは嬉しそうに、弾けるような笑みを浮かべた。
「もちろんそうさ! 素晴らしいなぁ君達は……本当に、本当に素晴らしい! ヨルにカイシ、君達は今まで出会ってきた中で最高の組み合わせだ! 是非ともその喉越しを味わいたい……!」
身を震わせるシャル。どうやら楽しみで仕方がないらしい。虎といい彼といい、完全体は人を食べる事に快楽を覚えるものなのかと、八夜は鎧の奥で顔を顰めた。
というか、カイシまで彼の標的に入っているらしい。
そんな気配は勿論向けられた本人も気付いているようで「変わらんな」と、腕組みしながらシャルに言う。
「食道楽か、戦闘狂か、支配欲を満たそうとする奴か、大体そのパターンだな。そしてそういう奴らは短命というのもパターンだ」
「短命?」
八夜が思わず呟いた言葉に、カイシは小さく頷く。
「度が過ぎるから、それぞれ別の道楽に目をつけられて殺される」
どういう存在なんだ怪異って。呆れる八夜とは裏腹に、シャルは得意げにフフンと鼻を鳴らす。
「そうだね。最初は慎重なのに、どうしてかどんどん増長して、己の力量を見誤る。そして返り討ちにあって死ぬ、それが僕のような味を追求する者の末路かな」
「その末路に、既に片足を突っ込んでいるぞ」
「うん?」
「俺との力量差、分からんわけではないだろう」
表情も声色も変わっていない。しかし、明らかに雰囲気が違う。締め付けられるような殺気があっという間に空間を支配した。
「圧倒的だ。俺とお前、圧倒的な差だ。だのに何故だ? 何故そんな危険を冒してまで喰おうとする」
「喰べるんじゃない、呑むんだ。そこのところ間違えないでくれたまえミスターカイシ」
シャルがピシャリと否定する、それでも顔には余裕たっぷりの笑みが貼り付けられていた。
「貴方ほどの実力者だ、分からないわけじゃないだろう? より高みを、より刺激を、喉越しと実力は比例するのさ。その行き着く先が僕の滅びだとしても、それが求めた先の結果なら、悔いはない」
むしろ本望だ、と、シャルは言って舌なめずりをする。
「なるほど、我を忘れて暴走しているわけではなく、むしろ望んでいる、と……ククク」
初めて見た。カイシの笑う顔。いや、マスクでほとんど顔が見えないが、不気味な黒い目が、ぐにゃりと歪んでいる。明らかに破顔しているのだ。皮肉ではなく、心底楽しそうに笑っているのだ。
「興が乗ったぞ。シャルル、遊んでやろう」
「これは光栄。ですがミスターカイシ、どんな事にも順序というものがあるのです。貴方を味わうのは、彼女を味わってからだ」
ピッと手のひらで指名され、八夜は咄嗟に戦闘態勢を取る。変身したてのモードで何がどこまで出来るか自分でも分からないが、相手がやる気な以上やるしか無い。
「ほぉ、俺は後回しか。あくまで自分のやり方を曲げるつもりは無いと……難儀だな」
言って、何か少し考えてから、カイシは露骨にテンションを下げて、ズイッと八夜の前に出る。まるで庇うように。
「え、あの? カイシさん?」
「……こいつはおれのだいじなでしだ。てはださせない。こいつをまるのみしたければおれをたおしてからにしろ」
「はい?」
「ん?」
感情のこもっていない、もはや言葉として捉えていいかも怪しい、文字を並べただけのようなカイシの言葉に、シャルは勿論、八夜も困惑の声を上げる。当の本人は、さっきまで本当に楽しそうというか、ちょっと嬉しそうまであったのに、今はあからさまに不機嫌になり、シャルを睨みつけている。
「ミスターカイシ? どういうつもり──」
「これで俺と戦わざる得なくなっただろう。コイツとやるのは俺に勝ってからだ」
怒っている、というか、信じられない事だが、この男、拗ねている。後回しにされたのがよっぽど気に食わなかったのだ。
ど────しても今戦いたかった、そのワガママを通すために、ヨルをダシに使った。多分ここが本人的に一番気に食わない点なんだろう。マスク越しにでも分かるぐらい口元を歪ませている。
「……ぷふっ」
その様子に、思わずシャルは吹き出してしまう。
「あぁん?」
当然の反応が返ってくる、しかしシャルは怖気付く事なく、「失敬」と息を整えた。
「思ったより親しみやすい人だなと思ったんだ、失笑だったね、申し訳ない。そして、その申し出承ったよ」
ニコニコから、ニヤニヤに変わり、そして、今までの柔和な雰囲気が消え、代わりに湧いて出る、悍ましい殺気。
今からこの2人は殺し合うんだ、と、何も語らないままに伝わる異様な雰囲気。
「目的達成の為の壁は高い方が楽しい。君を倒して、ヨルを呑む」
「それでこそだ、表に出ろ、ここは狭い」
そう言って、カイシとシャルは並んでその場を後にする。出て行く直前、カイシは思い出したように振り向いて、八夜に指差して言う。
「お前はソイツとの決着をつけとけ。終わったらそのまま待機しておけ、勝った方が来る」
「は、はい……え、あの、でもカイシさん、いいんですか? その、私が戦った方が経験になるんじゃ」
自分でもとんでもない事言ってるなという自覚はある。現に内側でアサがドン引きしているのを感じる。戦いなんて好き好んでやるものじゃないのに。それでも、これからの事を考えたら、実戦経験というのはもっと積んだ方がいいんじゃないかと、そう思っての発言だった。
その申し出に、カイシはしばらく考えて、そして手を振りながら言った。
「10年早え」
それだけ言って、彼は階段をさっさと登って行ってしまった。
「……まぁ、確かに、物事には順序があるよね……」
目の前の困難を乗り越えてから、次のステージに。戦いだけじゃ無い、生きて行く上で、きっと基本的な事。
だから。
「まずは自分を乗り越えるところから、だよね、もう1人の私」
ずっといい子に待っていてくれたコピーが、八夜に声をかけられた瞬間に、再び構えを取る。ハンマーを捨て、今度は両手に大きな剣を持って。
それが私の選択か、なんで剣にしたんだろう。私はこういう時、何故こんな選択を。
分からなくなってる。自分が何をするのか、何をすべきか、どんな対策を取るのか、何が出来るのか。
「いい流れ、なのかな」
自分が考えてるって事は、相手も同じくらい悩んでいるはず。
両の爪を大きく開き、両腕を広げて構える。
仕切り直し、再戦、再開。




