強化兎超強化
「多少強引だが、始めるぞ」
言って、カイシはコピーヨルの頭を掴む。その指先から、血管のようなモノが伸び、頭に何か注入し始めた。
「何が起こるんです……?」
「更なる強化。まぁ、ここは流石に予想にはなるが、完全体になったヨルを想定した強さに調整する」
物騒過ぎるワードに、八夜は顔を引き攣らせる。その六文字に、一切良い思い出が無い。
「かん……そんな事が出来るんですか……?」
「お前の中にいるチビがどれほどのモンか知らんから、あくまでモード・ラビットベースになるがな。実際はもっと強いかもしれんし、大した事ないかもしれん」
『だぁれが豆粒ドチビだコラ!』
どこかで聞いた事あるようなキレ方をしているアサの頭を無意識で撫でて宥めながら、八夜は自分なりに考察する。
完全体になる。そうなれば、身体能力が今の倍以上に跳ね上がるのは言うまでも無い。問題は能力の方。今以上の肉体変化をしてくるとなると、一体どんな手を使ってくるのだろう。破裂が今度こそ爆弾級の威力になるのか、それとも剣と盾が巨大になって、それを自由に操れるようになるのか。はたまた鎧そのものに何か特殊能力が付与されて、分身を作ったり、腕や足が伸びたり。
何をしてくるのかさっぱり見当もつかないが、はっきり分かる事は、今この場でそんな怪物を倒す事など不可能という事だ。狙われて、猶予が無くなったとはいえ、間違いなく急ぎすぎだ。
「カイシさん、あの」
もっと他に方法は、とカイシに向くと、彼はピッと指差しして言葉を遮る。
「分かっている。だから何度も言ってるだろ、多少強引だと」
「はい……え、それって、私もって事ですか?」
ポカンとする八夜に「あたりまえだろ」と呆れた表情を向けながらカイシは言う。
「察しが悪いな。これまでで得た情報をまとめると、お前は『喰った相手の能力を使える』という、そういう能力だな?」
「はい、あ、より厳密に言えば『アサが食べた』ですけど」
「多分そこは重要じゃない、どっちかが喰い、最終的にお前の身体の中に能力が収まればいい」
「そう、なんですか?」
その反応に、カイシは一瞬何か言いたそうにしていたが、小さなため息だけひとつ吐くだけで何も言わず、そのまま会話を続けた。
「ああ、だからそうした」
その言葉の意味を理解するより先に、彼は服をめくってその答えを見せつけた。『ソレ』を見た八夜は、思わず息を呑んで一歩下がる。
カイシの腹部には、大きな切り傷があり、パックリと開いた割れ目からは、ドクンドクンと蠢く肉塊が見えた、気がした。すぐに目を逸らしてしまったので、詳しくは分からない、でも、意味は分かった。
意味が分かって、激しい吐き気に襲われた。
「う、ぷ」
「吐くな」
口を手で押さえつけられ、込み上げてきたものを強制的に喉の奥へと押し込まれる。やはり、つまりは、そういう事か。確かに、強引で、手っ取り早く強力な力が手に入るが、しかし、これはあまりに。
「本当はもっと分割するつもりだったんだよ。体を慣らしながら、徐々にな。だが、そうもいかなくなった」
「私の……怪我、って事は、さっき食べたものの中に」
「まぁそれはそれよりも前からだけどな。分割してたんだ、いったろ、飯にも意味があるって」
つまりはこれまで用意してくれていた食事の中に、混ざっていたのだ、彼の血か、肉か。
思えばここで食事してから、いや、そもそもここに連れてこられて目覚めたあの時から、妙に身体の調子が良かった。そのカラクリは、実に怪異らしいものだったという事か。虎も回復の為に食べていた。
人の肉を食べていたのだ。
「……なんで……いや、まぁ、確かにそうです。私が素直に食べるわけない」
「喰わなくても喰わせるけどな。その手間を省いた、それより話を進めるぞ、ここからが本題だ」
カイシは八夜の腹を指差して言う。
「俺の内臓。肉片や血なんてチャチなもんじゃない、本来ならもっと出来上がってから喰わせようと思ってたかなりデカい部位だ。つまり、何かしらの能力がお前の中に宿ったはずだ、何か感じるか?」
「……どう、でしょう? 今は特に何も」
「俺の能力の約2%はもう既に使えるはずだ。それを使いこなせれば、完全体と並べるくらいにはなるはずだ」
サラッととんでもない事を言われた気がするが、なるほど、話が見えてきた。確かにかなり強引だが、今出来る最速の最善案だろう。それに伴う問題も、この力を持ちたての頃に既に学習済みだ。他者の能力の行使にしても、ネズミ、牛と、今もお世話になっているからやり方は分かる。
分かるが、それでもやっぱり問題がある。というか、それが解決出来なければ元も子もない。
「あの、カイシさん。私、カイシさんの能力知らないんですけど……」
「なんにでもなる。じゃあ動かすぞ」
「ちょ、そんな無責任な! というか今回は私の接触はいらないんですか!」
問答無用でカイシはコピーヨルの背中を叩く。その瞬間
「あぞ あれ」
コピーヨルが呟いた。ぶくぶくと体中から赤黒いドロドロが噴き出し、やがて全身を包み、その姿を形作る。それはウサギを模した鎧のような姿、では無かった。
「これが、完全体の私……?」
シルエットは見慣れた感じだが、その姿はもう鎧とは言えなかった。全身を硬化した体毛で覆われた鎧を着ているように見える生物。目も口も剥き出しで、血走った瞳がコチラを睨み、ダラリと垂れた舌は唾液で濡れている。
「う……『黄昏』」
咄嗟に変身するが、コチラに見た目の変化は特に無い。中身的にも、特に変化は無いように感じる。
「こ、これでどうすれば」
戸惑いながらもコピーに視線を移す。が、そこにコピーの姿はもう無かった。
「あ、しまっ」
破壊音、それと同時に全身に走る凄まじい衝撃と鈍痛。そして浮遊感。遅れて理解する、ぶっ飛ばされた、と。
霞む視界でコピーを捉える。彼女は既に背後に回っていて、その手には、身の丈の倍はあると思われる巨大なハンマーが握られていた。
(あんな巨大なモノを一瞬で……!)
未だ空中にいるナイトに、コピーは跳び寄り、再びハンマーを振り下ろす。釘か、臼の中の餅みたいに、ナイトは地面に叩きつけられる。円形に地面が破れ、鎧は嫌な音を立て、部屋全体が小さく揺れる。
巨大かつ超重量、なのに、それをまるで小道具であるかのように軽々しく扱っている。これが、完全体になった、自分。
(確かに……私なら、押し潰そうとするかも)
潰すというか、砕こうとする。相手が硬いと分かっているのだから。だから自分なら、もう一度叩きつける。相手が回避出来ない状況なら、一気に畳み掛ける。
予想通り、ハンマーは再び振り下ろされた。咄嗟に身を固めて防御したとは言え、体勢的に回避は不可能、しかし、来ると分かっていれば別の防御のしようはある。
咄嗟に盾を出現させ、それを立てる。比喩じゃなく、まさに杭打ちのような状況を作った。それにより、僅か、本当に僅かだが、隙間が出来る。
「っ!」
無理矢理、地面を蹴ってハンマーの範囲外に飛び出す。そして跳躍し、コピーの上を取る。地上にいたままあの攻撃範囲から逃れるのはほぼ不可能だ。いや、真に厄介なのはそのスピード。重量武器を扱っている時に出していい速度じゃない。速さ+重さ、シンプルにして最強の組み合わせ。
だが上空なら、その重量を活かせる壁や地面が無い空中なら、その威力は半減する。思い通りに体が動く。いつもよりも軽快に、それでいて力強く。
強化されたのは自分も同じ、これならいける。
(そう、今の私なら対処できる、それつまり、対処される。されたら、私なら、この後どうする)
きっと、接近する、接近される。なら巨大な武器を持っているアドバンテージは無くなってしまう。武器を持つ意味を無くせる。武器が意味を持たない、武器を無力化できたなら、きっと自分なら。
コピーが跳び上がり、両者の拳がぶつかる。
この1週間、何回も、何十回も、何百回も戦って、考え続けてきた。こんな時、自分ならどうするのか、と。わざと回避させて攻撃範囲に誘導する、される。わざと隙を作って攻撃を促しカウンターを狙う、狙われる。わざと防御を甘くして、相手の勢いを利用して体勢を崩す、崩される。
自分ならどう打つ。自分ならどう躱す。自分ならどう受ける。自分ならどう流す。自分ならどっちに避ける。自分ならどこを狙う。
自分が自分の敵なら、どうやって自分を殺す。
この場合なら、接近戦に持ち込む。予想通り、拳の打ち合いへと発展した。ならここで、覚えたての破裂で目眩しをする、それがこの場合でいちばんやられたら嫌な事。
「うそ……」
自分が敵ならどうする。基礎的で大事な考え方だが、それがまともに機能するのはあくまで敵との力量差が無い場合もしくは正確に格上を想定出来る発想力がある場合だ。予想外に対しては、むしろ大きな隙を作る。
この場合の予想外は二つ。ひとつはそもそも『打ち合い』に発展していない事。ナイトの両の拳が砕かれ、そのまま胴に連続で拳を叩き込まれた。もうひとつは、能力の拡大を想定出来なかった事だ。
跳び上がって接近して来たコピーは、不自然な滞空時間を見せていた。羽なんて生えてないし、浮遊能力なんて持っていないナイトには『上昇から落下まで』という空中で出来る事にタイムリミットがある。いや、それが普通だ。その普通で、同じように考えてしまった。
敵は既に同じステータスでは無いと、何回もはっきり言われていたのに。
コピーの腰から3本、尻尾のような太い触手が地面に伸び、彼女を上昇位置で支えていた。落下の概念を消し去り、空中を自分の戦闘領域へと変えてしまっていた。
予想外……いや、これはハッキリと『油断』だ。もはや違う存在だと明言されていたのに、発想が今までで止まっていた、圧倒的に自分のミス。能力はまだしも、力の差は間違いなく最初から計算に入れておかなければならない事だった。
鎧が砕け、そのまま殴り飛ばされて地面に叩きつけられる。
「がはっ!」
治癒、とりあえず傷を治さなければ。万全の状態、最高に、元気な状態。
(……どんなだっけ)
縋るようにカイシに視線を向ける。助けてもらえるわけも無いし、別に救助を求めているわけじゃないが、無意識に、彼の顔を見た。
マスクで覆い隠されて、ほとんど見えないが、カイシはただジッとコチラを見ていた。壁にもたれかかり、腕を組んで、何か観察するように、ただジッと。観察するような目、ついさっき腕を落とされた自分を見ていた時のような、がっかりした視線じゃない。
(……どうなるか見てる……どうにかできるってこと?)
視線を移すと、コピーは既に武器を構えてコチラに向かって来ている。今度はハンマーでは無く、巨大な棍棒だった。盾での回避を防ぐため、そして、鎧を今度こそ完全に砕くために。
(どうしよ……私なら、この状況でされたら嫌な事……)
目眩し、武器の奪取、逆に棍棒で砕く。それは勿論出来たらパーフェクトだが、この状況で可能だろうか。いやそもそも、今の自分が想定している事を、完全体の自分は想定していないのだろうか。
対策の対策を練られて、より強力なカウンターを叩き込まれるだけなのでは。
(予想させちゃダメだ……でもどうやって……私にあって、それより格上のコピーに無いものなんて)
「……ある、な」
ナイトは、いや、変身を解いて、八夜はよろよろと立ち上がる。そして、ぐにゃぐにゃに折れ曲がった両指を見て、コクリと頷いた。
「……イメージ、万全の、それ以上の……治癒とは違う……再生、再生というか、再構築の……今、私が、予想すら出来ない事……今まさに、何が起こるか分からない事……」
折れ曲がった親指の爪を噛み、勢い良く引き千切った。痛みは感じない、そもそも手の感覚が無い。それを治す、再生させる、せっかくだから、強く作り直す! 再構築する!
両手を突き出し、八夜は叫ぶ。
「『黄昏・茜』!」
そして、潰れた指から始まり、いつもの変身時と同じ様に赤黒いドロドロが噴き出す。違う事といえば、その規模がいつもより大きく、広い事だろうか。
彼女の周りだけ、まるで夕焼け空になったみたいに、赤い雲の様な蒸気が広がり、そして、姿を形取る。
「ほう……」
『べ、別の姿に、変わった……』
カイシとスラッシュが同時に簡単な声を漏らす。
ナイト・ウォーカーは、これまでとは全く異なる姿で2人の前に現れた。
シルエットはウサギ、ともいえるが、しかし、スラッシュはもうひとつ、別の印象を受けた。
『まるで…… 竜、みたいな』
赤黒かった体色は、赤みが強くなり、紅に。鎧のあちこちに鱗のような突起物が逆立っている。
なにより特筆すべきは、両手の巨大な爪である。あまりに巨大で、全身が前屈みになるほどだ。
八雲八夜の新たな力。ナイト・ウォーカーの新たな姿。スラッシュの印象をそのまま採用し、八夜は、確認するように言う。
「……ナイト・ウォーカー……モード・ドラゴン」
両の巨大な爪が、夕焼けのように赤く光る。




