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アサとヨルの怪異譚  作者: 倉トリック
最強強化特訓
75/76

ハイレベルステップアップ

「………………………………」


「ひえぇ……」


 既に玄関で待ってくれていたカイシの無言の圧は、さっきの戦闘の100倍の緊張感をもたらした。大人しく捕まっていたイタチですら、ブルブルと震えている。


 カイシは無言のまま、切断された八夜の右腕を見て、小さくため息を吐いてから「食堂に来い」と言ってさっさと背を向けた。


「やばい……めちゃくちゃ怒ってる」


 ゴクリと生唾を飲み込んで、冷や汗を垂らす八夜に、アサは内側から冷ややかな声をかける。


『そりゃそうだよ、多分もっと他にやりようあったもん』


 右腕切断。何気に今までで最大のダメージじゃないだろうか。傷口は塞がったが、その先が生えてくる様子がない。内心焦り始めている。


 おずおずと食堂に行くと、テーブルの上には大きなバケツが4つ並んでいた。いつもなら部屋全体を柔らかくいい匂いが漂っているのだが、今はそんな面影など一切無い、生臭さが充満していた。


 恐る恐るバケツの中を見ると、2つは赤黒くテカテカと光るブヨブヨの物体がぎっしり詰められていた。もう2つには、白い、骨のようなものが詰まっている。


「なんです……コレ」


「牛と豚の肝臓とその骨だ」


 要するに生レバーだ。骨は見たまんま骨らしい。


 不思議そうに八夜が眺めていると、カイシは無い右腕を指差しながら言う。


「念の為に聞くが、落ちた腕はどうした」


「あ、拾い忘れちゃいました……」


 慌ててたとはいえ、その場に放置は確かにまずい。しかし今から取りに戻るだけの体力があるだろうか。正直結構しんどい。


「……難儀だな」


 カイシはがっかりと、本当に心底がっかりしたように後頭部を軽く掻き、イタチに顎をしゃくる。


「とりあえずソイツこっちに渡せ。そのままじゃ喰んだろ」


「あ、まだ殺さないでくださいね。どうやら虎に会ってるみたいなので」


「生捕りにしたのはそういう理由か。まぁ、適当に作る」


 そう言って彼はイタチの首根っこを強引に掴むと、食堂から出て行こうとする。


「あの、カイシさん」


「なんだ」


「これ、どこで焼けば良いんでしょう? あと骨はどうすれば」


「そのまま喰え」


「……え、でもこれ生」


「今のお前が食中毒とか普通の病にかかると思ってるのか。というか、割と急いでさっさと喰え」


「わ、分かりました……」


 お行儀悪いし、そもそもちょっと汚いけど、緊急事態という事で失礼して手掴みで生レバーを持ち上げる。ねっとりとした粘液が滴る内臓。ちょっと綺麗だ。


 人生初、というか、本来は口にする事は無いであろう、生レバー。かなりの抵抗はあるが、恐る恐るかぶりつく。


「……ん……んん? 美味しい」


 見た目以上にコリッとしたハリがあって、心地いい噛みごたえがある。ねっとりというか、とろりとした舌触りはなめらかで、思ったより臭みは無い、むしろちょっと甘みすら感じる。


「ん……あ、皮剥いてある」


 数口食べ進めてようやく気付いた。丁寧に包丁で剥いてあるようだ。


『てかこのヌルヌル、ごま油やね、キラキラしてるのは塩だわ』


 カイシさん、イライラしながらちゃんと味は気にしてくれたのか。


 続いて骨。コレに関しては本来こんな風に食べるものじゃ無いとは思うけど、食べろと言うからには食べれるものなのだろう。あくまで怪異宿しである自分には。


「んんんんんんんんんんんんんっ!」


 硬い。当たり前だが滅茶苦茶硬い。こっちの歯が折れそうだった。コレに関してはマジで味とか無い。若干焼き色が付いている辺り、かなり食べやすくしてもらってコレなのだろう。だんだん申し訳なくなってきた。


『私が変身して食べようか?』


「その方がいいかも、コレ文字通り歯が立たないよ」


『お、上手いね』


「骨のこと?」


『ねー、冗談言ってる余裕無いって』


 アサの協力もあり、なんなく完食できた。その間何気にちょっとした発見があった。アサが変身するラビット・スタイルなら、両腕がちゃんとあった。しかし、変身を解くと右腕は無いままだった。


 やはり、二人で一人とはいえ、アサとヨルのナイト・ウォーカーは別物という事なのか。


「喰い終わったか」


 ちょうどそこは再びカイシが姿を現す。


「あ、はい、ご馳走様でした。それであの、この後どうすれば?」


「腕の断面を見せろ」


「はい? どうぞ」


 右腕の断面を見せた瞬間、カイシは何の躊躇も無く、せっかく傷が塞がった患部をサクッとナイフで切り付けた。


「いった! ええ!? 痛いんですけど!?」


「うるせぇ、さっさと治せ」


「治せと言われましても……さっきまで治ってたのに」


「お前の万全の状態は欠損してたか? あとな、今までは治癒でどうにかなってたが、そこまで行くと再生が必要だ、今までよりちょっとハイレベルな事になる、気合い入れてけ」


「今までと何か違うんですか? なんなく治ると思いますけど……」


 そう、いつも通り、傷が塞がって。


『断面が綺麗になっただけだね』


「……治癒と、再生……あ! そういう事か!」


「普通分かるだろ、もう一回だ」


 問答無用で再び断面に傷を付けられる。


「いったい! 痛いですそれ! なんか今までと違う、とにかくとてつもなく痛いです!」


「嫌なら腕を再生しろ、出来るまで続くぞコレ」


「ひぃぃいんっ!」


 一時間後。なんとか腕の再生には成功した。綺麗な色白の右腕、ちゃんと指も動く完璧な状態。しかし、八夜はぐったりと倒れ、息も絶え絶えだった。ずっと小声で「痛い……痛い……」と呟いている。


「そりゃそうだろ。骨も伸ばすし神経だって再生の際に剥き出しになる、そこに筋肉が出現していくんだぞ? ショック死してもおかしくない激痛だろう」


 実際腕が生え始めた時、建物全体が揺れるんじゃ無いかと思うほどの絶叫を八夜はあげた。カイシですら耳を塞ぐレベルの絶叫。喉が潰れたのか、何度か口の中で治癒が行われていた。


「これに懲りたら、作戦はちゃんと考える事だな。仮に切断されたとしても、部位の回収さえしてればここまで大事にはならん。反省しろ」


「は……いぃ……」


「そもそもあんな格下相手に腕一本やる必要なんか無かっただろ。相手が生身の実戦だとコレか」


 八夜の体力が戻るまで、カイシのお説教は続いた。


─────────────────────


 所変わって修練場。そこには引き返す前までお世話になっていたコピーヨルがポツンと立っていた。その隣に、長い黒髪の少女が布だけ纏って座っていた。彼女はカイシと八夜を見るなりガタガタと震えだす。


「……え、誰です?」


「お前が捕まえてきたんだろ」


「捕まえたって……ええっ!?」


 目の前で怯える少女に、あのイタチの荒々しさは感じられない。だがしかし、確かに他に該当者がいない。


「居心地はいいはずだ、お前用に作ったからな」


 カイシが言うと、イタチはビクッ跳ねて、そのまま正座して何度もお辞儀しながら言う。


『は、はいぃ……ありがとうございます』


「とはいえ拘束用。自由に能力が行使出来るとは思わん事だな」


『ぐぅう……』


 縮こまるイタチを二人で挟むように立ち、八夜は彼をキッと睨む。


「さて、ちょっと待たせちゃったけど、色々聞かせて貰うよ」


『よくよく考えたら時間かかったのもコイツが斬りやがったからだしねー』


 アサも真っ正面に立ち、いよいよ囲まれたイタチは泣きそうになっていた。さっきまでと違って少女の姿をしているので大変絵面が悪い事になっているが、誤解しないで欲しい。


「……てか、なんで女の子の姿なんです?」


「圧倒的弱者だから」


「まずいですよ……というか、だったらコピーの私にとりあえず入れておけば良かったのでは? 私も一応女ですし」


「バケモノには老若男女関係無い」


 泣きそう。嫌味とかじゃなく、素の本音で言ってるだろうからマジで泣きそう。バケモノ扱いなんだ。


『あの、喋れる事全部喋るので、い、命だけは』


 震えながら手を挙げて、イタチは言う。どういう立場なのか分かっているのか、呆れるほど図々しい事を平気で言う。


「……とりあえず喋って……えっと」


『あ、私、スラッシュと名付けられてました。他に名前も無いので、それで』


『鎌で斬りつけるから? スラッシュ? 安直だなー』


『そ、そうですね、私が最初に器にしていた男が……』


 そこからスラッシュは本当にここまでの道のりをペラペラと喋り出した。それはそれは丁寧に全部。嘘か本当か判断する決定的な材料がコチラには無いが、嘘なら嘘でどうなるかは本人が1番分かってるだろうし、一応真実として話は聞いている。


「虎、面白い奴だな」


 カイシがマスクの裏で不気味に笑うのが分かった。やっぱり興味を持つかと、八夜は唇を尖らせる。


『あ、あいつは、ば、バケモノです……私の速度に、一切の戸惑いなく一瞬で追いついて噛み付かれました。あと一歩遅かったらと思うと……』


『捨てた元器はそのまま喰われたんだね。まぁそんなクズ死んで当然だと思うけど……そんな事はどうでも良くて、ヨル、まずいね』


「まずいなんてもんじゃないよ。もう復活してて……九尾狐と組んで仲間を集めてるって。組織を作ろうとしてるって事? 何をする気なんだろう」


「あの狐はそんな難しい事は考えとらん。基本優生思想だ」


「優生思想……あの、カイシさんは九尾狐とどういう関係なんですか? かなり知ってるみたいですけど」


「…………」


「言いたく無いことってありますよね、ごめんなさい」


 無言の圧力に屈して、八夜はスラッシュに向く。


「他には? 貴方は九尾狐の事何か知らないの? てか、その弄ばれてた二人がどうなったかは?」


『ほ、他には何も……九尾狐についてはほとんど何も知りません、会った事もないです、本当です。あの二人もその後どうなったのか……喰われたのかも』


「何を他人事みたいに言ってんの? そもそもアンタ、その状況楽しんでたんだよね?」


『そ、それは……』


「自分が同じような立場になったら助けて欲しい? 都合が良いにも程がある。他に何も知らないなら用済みなんだけど」


 睨みつける八夜の足にしがみつき、スラッシュは大声で懇願する。


『お、お願いです殺さないで! もう人は襲いません! 言うこと聞きます! なんでも! 何でもします! 何かお役に立てる事があるなら! 奴隷に、家来になります! ヨル様の望む事ならなんでもします! だから助けてください!』


 わんわん泣きながら縋り付く様子に、八夜は頭を抱える。こんな奴に救いを与える必要は無い。コイツに奪われた人達があまりに救われない。そもそも本当に反省しているかどうかすら怪しい、隙を見て逃げるつもりの可能性の方が高いまである。だったらここで仕留めた方が今後の為になる。


 今までの敵だってそうしてきた、コイツだけ見逃す理由は無い。


「…………ああ、もうっ!」


 そんな事は分かっているのに、どうしても変身する気になれない。


「……許すわけじゃない。もう誰も襲わない、これは絶対にして前提条件、いい?」


『も、もちろんです!』


「能力は、私が良いって言った時以外使わない、いい?」


『もちろんです!』


「逃げようなんて思わない事、これは体を乗り換えない事って意味も含んでるからね? もし、少しでも反抗の意思を見せたら、今度は全力で倒す、いい?」


『は、はい、もちろんです!』


 キチッと正座して、スラッシュは媚びた視線を八夜とカイシに交互に送る。


「……はぁ、んー、とりあえず、私の家に置いときましょうか」


 無用な慈悲だと、自分でも思う。しかしどうしても、決断が出来なかった。これは、ハッキリと『弱さ』だろう。


 どこの部屋を使おうかと考えていると、カイシが上を指差しながら言う。


「この建物はデカいから、空いた部屋がいくつもあるぞ」


 確かにここなら住むところに困りはしないだろうが、しかし、こんな自分の勝手な決定に巻き込むのは正直申し訳ない。


「いや、こんな事でカイシさんに負担をかけるわけには」


「ほう、こんなゴミが俺にとって負担になると?」


 冷や汗が吹き出す、今のは頭に乗りすぎた。言った直後に調子に乗ってしまったと本気で後悔する。腕一本失うという失態を犯した後に取っていい態度では無かった。


「ごめんなさい……あの、お願いしても良いですか?」


「構わん。万が一の時でも俺なら瞬殺できる」


「ありがとうございます。じゃあスラッシュ、ここでいい子にしてて、くれぐれも下手な事しないように、カイシさんの言う事ちゃんと聞くんだよ」


『は、はい、はい、ありがとうございます、ありがとうございます』


 水溜りが出来るほど涙を流しながら、スラッシュは深く頭を下げて、何度も何度もカイシと八夜に礼を言っていた。


 それはさておき。


「ところでヨル、急だが少し強引にステップアップをする」


 唐突に言うカイシに、八夜は目を丸くする。


「え、でもまだ私コピーに勝ってないですよ」


「ああ、だが拮抗するようにはなった。最低ラインギリギリだがな」


 というか、と、カイシは八夜の右腕を指差しながら言う。


「それの所為で急いで次に進まざる得なくなった」


「た、確かに、実戦でこのザマじゃ」


「そこじゃねぇ。お前、落ちた腕放置したんだろ。何の為に治癒を鍛えてたんだ」


「それは……あ、あ! ああっ!」


「確実に来るぞ」


 ソイツより圧倒的にヤバい奴がな、と、カイシはスラッシュに顎をしゃくる。


 そうだ、虎にばかり気を取られて、すっかり忘れていた。今現在自分は、変な完全体に狙われているのだった。


「丁度いい、今から始める、準備しろ」


 学校は、しばらく休む事になりそうだ。

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