迫る脅威
「今日も今日とて決着つかなかったな……」
深夜の道を、くたびれた様子の八夜がとぼとぼ歩く。
『でも全然殺されなくなったよね、すごい成長じゃん』
「でもまだ私の方がボロボロだよぉ……全然負けてるよ」
八夜はがっくりと肩を落とす。
あれから1週間経った。平日も放課後にカイシの元へと通い、コピーヨルとの戦闘訓練に勤しんでいる。相変わらずボロボロになるが、それでも、最初の頃に比べればかなり戦えるようになった。
空手や柔道、剣道やボクシングにいたるまで、あらゆる格闘技の参考書を読み漁り、その動きを実戦で活用してみた。ありがたい事に、怪異宿しとして強化された肉体は、参考書の指導通りの動きを可能にしてくれた。
更に、まだ練習中ではあるが、コピーが使用していた爆破も原理は分かった。
「要するに変身する時に出てくるドロドロだね。アレってちょっと操作できるんだ……」
『考えた事も無かったね』
ナイト・ウォーカーへと変身する際に体から噴き出す肉塊のようなもの。無意識のうちに『鎧になるモノ』として捉えていたが、実際は『鎧にもなるモノ』だった。変身時に出現する剣と盾も鎧と同じ材質、八夜本人も気づかないうちにそうなるように操作していたようだ。
それが分かってからは、まず、どの程度操作出来るかを把握するところ、そもそも操作出来る事自体をちゃんと認識するところから始める事にした。
とはいえそもそもあり得ない感覚であるので、分かり辛かったが、そこは相棒であるアサの出番だった。彼女は、自分の体を触手のように伸ばして動かす事が出来るので『自分の体の形を変える感覚』を八夜の内側から操作して感覚を教えてくれた。
それにより判明したふたつの事。
ひとつ、肉塊を操作出来るのは1秒程度、つまりはあっという間という事。
ふたつ、鎧にも武器にもならずに1秒経過した肉塊は破裂するという事。爆破の正体はコレの応用だった。
爆破というか、破裂。それでもそこそこの質量があるので、弾け飛んだ肉片と血飛沫にも相応の威力がある。攻撃にも使えるし、目眩しにも使える。
ここまでは分かっているのだ、しかし、問題は上手く使えないという事。
「どうしても自爆になっちゃうんだよね……目の前で爆発しちゃって」
『コピヨルの方は上手いこと切り離して使うよね。つまり切り離せるって事なんだろうけど……どう? なんか感覚的に掴めそう?』
「髪の毛を抜いてみたり、爪を噛んで千切ってみたりして、自分の体を切り離す、ってイメージを持とうと努力はしてるんだけど……中々上手くいかないや」
『もうちょっとって感じなんだけどね……ところで、治癒の方は? なんか痣残ってない?』
アサは心配そうに八夜の顔を覗き込む。薄れてはいるが、あちこちに青白い痕が残っていた。
「あ、あれ? 残ってる? おかしいな……ちゃんと傷は治したはずなんだけど……」
『ちゃんと鏡で自分の顔見てる? 普段はもっと可愛いよ』
八夜が困ったような笑みを浮かべながら「ありがと」と、言おうとしたが、遮るようにアサは続ける。
『コレお世辞とか馴れ合いじゃないからね? 治癒にもしっかりとしたイメージが必要って言ってたから、事実として言ってるだけだから』
「あ、ご、ごめんね。真面目な話だったよね」
『なーんかやっぱりヨルはまだ自分の扱いが雑だよね。他人事には命はもちろん怪我ですら大騒ぎするのに、今はなんだかちょっと落ち着いてるまである……自分が怪我したり死にかけたりするのはノーカンだと思ってない?』
「そ、そんなことないよ。痛いのは嫌だし、死ぬのは怖いし……」
『それならいいけど。治るからってダメージ受ける前提の戦い方してたら即死だってあり得るんだからね。私としては、治癒の方をもっと完璧にして欲しいかな』
「うん、頑張るよ。心配してくれてありがとう」
微笑みあって、ハイタッチする。本当に自分を粗末にしているつもりは無かった。でもそういう生き方が染み付いてしまっているのかもしれない。なにもかも、アップデートしなくては。意識して、これからは生き方を変えるんだ。
一人じゃないんだから。みんなで生きていくんだから。
早く帰って休もう。そう思って、歩みを早めたその時だった。
遠くで悲鳴が聞こえた。聞いたこっちの背筋が凍るような、尋常じゃない、恐怖に慄いた声。
『うわこのパターンだ』
「行くよっ」
悲鳴が聞こえた方へ走りながら変身する。そのまま跳躍して、上空から声の主を探す。不幸中の幸いと言うべきだろうか、対象はすぐに見つかった。しかし、やはり状況は好ましく無かった。
仕事帰りだろうか、OL風の女性の体に、赤茶色のグネグネとした物体が纏わり付いている。それはあっという間に彼女を飲み込み、その姿を現した。
『ハァ……ハァ……まぁ、とりあえずはこれでいいでしょう……早く適合者を見つけないと……なんで私がこんな目に……』
両手から巨大な鎌のような鋭利な刃が生えた、人型のイタチのような怪異は、ブツブツ言いながら呼吸を整えていた。なにやら、既に疲弊しているようだった。
ヨロヨロと立ち去ろうとするイタチの前に、ナイト・ウォーカーが立ち塞がる。
『な、なんですかアナタは……! 私に何の用が……』
「何の用もなにも、その人を解放して。アンタすっごく血の匂いがする」
立ちはだかるナイト・ウォーカーに、イタチは両手を構え低い唸り声を上げる。しかし、その様子は敵意こそあるが、余裕のあるモノでは無かった。
『な、なぜ見ず知らずのアナタにそんな事を指図されなければならないのですか! こ、こっちだって命からがら……第一アナタだって同類でしょう! この体じゃなくても、今ので十分』
「私達は誰も殺してない。でもアンタは違うよね、この血の匂い、かなりの人数殺してるでしょ。そういうの、許せないんだよ」
特に今は、と言って、ナイトは剣と盾を構えてイタチに向かっていく。
『ぐ……このぉ!』
慌てて両手の大鎌を振り回すが、なんなく盾で防がれ、剣で弾かれ、そのまま蹴りが腹に直撃してしまう。ドスンと重い威力もさながら、奇妙な感覚がイタチを襲う。
『なんっ……!? 追い出される……!?』
無理やり押し出される不気味な感覚に耐えながら、なんとか体勢を立て直し、イタチは本格的に臨戦体勢を取る。
『ええい……穏便に済ましてあげようと思ったのに……どうしてこうも立て続けに……』
全身の毛を逆立てて、イタチは姿勢を低くする。低く低く、既に胸が地面につくんじゃないかと思うほど低く。
「なに、あの構え」
嫌な予感がピリピリする。背後で腕を組むように構えられた大鎌から、異様な殺気を感じるのに、しかしその動きがさっぱり読めない。
『一瞬です、ええ、一瞬。私の斬撃の速度には誰もついてこれません! 気付いた時には、いや、死んだ事にすら気付かないのです!』
イタチがそう言い放った次の瞬間、その姿が一瞬で消えた。どこに、思考がそこに辿り着く前に、イタチの攻撃がナイトに辿り着いていた。ガキィンと、激しい金属音が響く、と同時に、首にとてつもなく重い衝撃が走る。
「ぐっ!」
『なっ!?』
両者の驚愕。見えず、対応出来なかった攻撃への驚愕と、首を斬り落とせなかったその硬さへの驚愕。
直後、しまったと思う。これも両者。反応を見るに、互いに予想外の出来事だったらしい。だったら迂闊に反応なんて見せるもんじゃ無かった。それは大きな隙になる。思考が一瞬鈍る。互いに戦闘は続けているが、考えが止まる。精神的な膠着状態。まずい、これが最も避けたいパターンだ。相手に考える時間を、作戦を立てる時間を与えてしまう。
物理的に速いイタチは、きっと思考も早い。避けられる余裕があるから。
盾を構えるが、全く防げない。防ぐのを避けられる。意味不明だが、そうとしか言いようがない。防御する間を縫って斬撃を当てられる。
幸いにも鎧の防御力は十分で、直ちに致命傷となる攻撃には至らないが、時間の問題だろう。間接を狙われて始めたら厄介だ。
(かと言って攻撃も当たるわけないし……速すぎる……どうすれば……)
早くしないと、取り憑かれた女性の身が持たない。
(……実戦……そうだよ、これは実戦、負けたら本当に死ぬ戦い……だったら手段は選んでられない、今やれる最善を)
こっちだって考える時間はある。そして、もう大体どうすればいいかの検討はついてる。問題はタイミングだ。飛び回る蠅のように纏わり付いて攻撃を絶え間なく与えてくるのだが、その速度ならきっと回避も得意なのだろう。
「……なら、こうするか」
『ちょ、ヨル!?』
八夜は自ら変身を解き、首を守るように腕を回して身を屈めた。
『観念しましたか! なら一瞬で死になさい!』
イタチの鎌が、肉を斬り裂き骨を断つ。血飛沫を撒き散らしながら、八夜の右腕が吹き飛んだ。
「ぐぅうううっ……! か、かっ、た!」
斬り落とされた腕の断面から、血だけでなく、ドロドロとした、溶けた肉のような粘着質の物質が噴き出して、イタチに付着する。
『な、気持ち悪い……なんですコレ、これは』
ソレが何かを理解する頃には、既に発動していた。膨れ上がった肉塊は、叩きつけられた水風船のように、勢いよく破裂する。目の前に現れた肉と、全身に浴びた肉、それら全てが一斉に破裂し、衝撃でイタチは地面に叩きつけられた。
『ぎゃああっ!』
『ヨルっ!』
「『黄昏』!」
再度ナイト・ウォーカーに変身し、イタチを掴んで思いっきり引っ張った。毛むくじゃらの獣だけが持ち上がり、被害者はぐったりと地面に伏せている。
引き剥がし成功、後の処理はアサの仕事だ。
「はぁ……はぁ……つ、強い……全然弱いじゃん私」
『う、うわあああ! は、離せぇ! こ、こんなところで私は!』
「何勝手な事を……! 散々人の命奪ってきたんでしょ! その怖い思いをさせてきたくせに……図々しいにも程がある!」
『な、何が、何が悪いんですか! 私達はそういう存在で、ヒトとはそういう存在でしょう! こんな理不尽な……なんでこんな厄介な奴にばかり会うんだ私は!』
もういい、聞いてられない、早くこのゲスをアサに。
『虎といいこのウサギといい、おかしな奴ばかりに襲われる! わ、私が何をしたって』
「……今、なんて」
持ち上げたイタチを再び地面に叩きつけ、顔を近づけ問い詰める。
「アンタ、今、虎って言った? 会ったの? どんな奴だった?」
『な、何が、私は何も』
「答えないならこのまま殺す。どんな奴で、どこで出会った?」
『は、話す! 話しますから! 命だけは!』
「…………」
泣きながら命を乞うイタチと、斬り落とされた自分の右腕を交互に見て、ナイトは深いため息を吐いた。
「きゃあああああああああっ!?」
女性も目を覚まし、そして自分たちの姿を見て一目散に逃げていく。ここに長居はしてられない。
「一旦戻ろ……あー、怒られそう……」
ナイト・ウォーカーは、イタチを引きずったまま、道を引き返した。
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戦いを、陰で見ていた者がいる。
終わった後、彼は残された腕を拾い上げ、そっと舌を這わせた。
「……っ! こ、ここ、これだぁっ! やはり、僕の勘は正しかった!」
全身を悦びで振るわせ、腕を丸呑みにして、彼、シャルルはナイトが飛び去った方を見上げる。
「……君は僕のものだ……」
脅威は、すぐそこまで来ていた。




