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兄の仕事─前編─

 車を走らせて、駅に着く。そこから更に電車を乗り継いで、乗り継いで乗り継いで、降りてからどんどん歩いて、辿り着いた一軒のマンション。


 名を『ユートピアシャトー』というその一室に、彼は欠伸をしながら入る。妹に無事職場に到着メールを送ってから、24時間後の事である。


 ドアを開け、玄関に立つと、2人の可愛らしい声が彼を出迎えた。


「おかえりなさいませご主人様」

「おかえりなさいませご主人様」


「おわー、メイド喫茶かなここは」


 まさにその常套句を使う存在、所謂『メイド』が2人、スカートの裾を摘み上げていた。1人は黒い長髪を後ろで結んでいる長身の女性。もう1人は白銀の髪を肩まででざっくりまとめた小柄の女性。2人とも、メイドというイメージにぴったりの格好である。


「毎度毎度そんなにきっちりしなくていいのに」


 彼が困ったような笑みを浮かべながら、やれやれという風に言うと、白銀髪のメイドが腕組みをして首を振る。


「いや、一応ウチらマジでメイドだし、ダンナがご主人様なのも事実なんでね、作法的なアレで、これは欠かせないんよ」


「ベイ、口の利き方」


 キリッとした視線を向けて、黒髪メイドが言う。彼女はスッと彼に向き直り、少しだけ頭を下げながら言う。


「態度はともかく、ベイの言う事も事実です。ですが、もしお気に召さないようでしたら、今後は控えますが」


 しかし彼は全力で首を横に振って否定する。、


「いやいやいやいや、自分で言っといてなんだけど、このままでお願い。ストレス社会の中でマジで君たち2人は癒しなんよ、ほんと、ありがとね」


 そう言われて、彼女は少し頬を赤らめた。


「良かったねー、ロス」


「貴女の口の利き方については許しはもらってませんよ。いい加減直しなさい」


「え、ダンナもウチにロスみたいなお嬢様になって欲しい?」


 白銀髪メイド、ベイが眉を顰めて言う。


「んにゃ、ベイちゃんにはベイちゃんの、ロスさんにはロスさんの個性があるから、そこを大事にして欲しい、むしろこれこそがベスト」


 ロスと、ベイ、それが2人の名前である。彼女達に荷物を預けて、部屋の奥のデスクに向かう。


 遠目で見た時からかなりぐったりしていたが、改めて見て更に一気に疲れた。デスクの上に置かれた大量の書類、ロスとベイが片付けてくれて、尚埋め尽くす量である。


「何をそんなに僕に送り付けてくる事があるのん?」


 上から適当に一枚取って眺めながら、口を尖らせて言う。


「ここ最近、やはり異常に活発な動きを見せていますからね……」


 紅茶を入れたティーカップを差し出しながら、ロスが言う。


「なんか厄介な奴も動き出してるって話聞いたよ。あと変なウサギ」


 持ってきたはずのクッキーを自分で齧りながら、ベイも言う。


「ウサギねぇ……動き的には味方っぽいけど、油断ならないよね。でも、今一番警戒しなきゃいけないのは、やっぱり」


 彼は書類を2人に向ける。


「九尾狐、コイツだよねぇ」


 その名を聞いた途端、2人の表情が一気に変わる。ロスは鋭い眼光になり、ベイは歯を食いしばる。


「コソコソ隠れて何してんのかなコイツ、まぁロクな事じゃないのは分かるんだけど」


「生きていた事自体驚きです。10年前、かなり大掛かりな作戦で追い詰めたと聞きいていますが……」


「仕留めきれなかった……俄には信じ難いけど、逃げられた、逃げる隙を与えてしまってたのか……」


 顎に手を当てて、考え込むが、すぐに「うん」と頷いて、彼は苦笑いを浮かべる。


「また最初からやり直しだ。大丈夫……ではないかもだけど、九尾だって全然全く無傷ってわけじゃないはずだから、焦らず外から潰して追い詰めていこう」


 手始めに、と、彼は書類を漁り、その中の一枚を見つめて、フッと不敵な笑みを浮かべた。


「『蟹』退治と行こうか」


 彼、八雲十夜やくもとうやは、両手でピースしながらそう言った。



挿絵(By みてみん)

─────────────────────


 十夜宛てに送られた書類は、全て怪異の討伐依頼である。ACBを含め、様々なところから、こっそりと彼の元に届くヘルプミー。各組織のごく一部の人間が、超内密に彼と連絡を取っている。


 内密に、あくまで極秘に。


「なのになんで普通に電話してくる?」


 受話器の向こうで、呉真くれまことは口元をひくつかせながら言う。


「慎重にしてると逆にバレるんよ。こういうのは自然に、友達と話す感覚ぐらいが丁度いいの」


「そっちはそれでいいかもしれないが、俺は今病院にいるんだぞ? 内容が内容だけに声に出しづらいんだが……」


 呉はため息を吐いてから、なるべく小さい声で話す。


「十夜、こんな電話をかけてくるという事は、()()()()()()()()()


「もちろん。でも意外だね、君は僕みたいなのは頼らないのかと」


「俺の班が壊滅した」


 一瞬で空気が凍る。十夜から笑顔が消え、ピリついた緊張感が走った。


「……君が怪我したってのは、聞いてたんだけどね。そこから間を置かずに、そんなとんでもない事になってるのか」


「ああ、本当に、不甲斐無い。俺の弱さが招いた結果だ……」


「それは違うね」


 声が沈む呉に、十夜はキッパリと否定する。


「戦いに身を置く人間なら、いつかは辿る道だ。君の所為じゃない」


「そう簡単に割り切れない。特に生き残った滝川には、辛い思いをさせているだろう。俺が戦えてたら、俺が怪我なんかしてなければ、何か違ったかも」


「冷たい事を言うけど、たらればを今言ってたって仕方ない。つまり、君が依頼してきたこの『蟹』ってのが君の班を全滅させたのかい?」


 声色を元の調子に戻して、十夜は本題に切り替える。今くよくよしていても仕方がない、やれる事をやる、その意図は、呉にも伝わったようで、彼もまた報告を再開した。


「いや、報告によると『虎』にやられてしまった」


「虎? ならこれは」


「更に言うと、その虎は討伐されていない、そればかりか、()()()()()()()()()()()()()()


「……えー、まいったなソレ」


 十夜は頭を抱える。事態は自分が思っている倍のさらに倍、マズイ方向に進んでいるようだ。


「ここからが本題なんだが、虎が狐に連れ去られて間も無く、その蟹がこっちに向かっていると別の支部から報告が入った」


 まるで、呼び出されたみたいに、と、呉はため息混じりに付け加える。


「中央の方でも手を焼いていたいわゆる『完全体』だ。全てが推測だが、まぁ、九尾狐に引き寄せられている、十中八九奴の信者か何かだろう」


 九尾狐の元に完全体が集い、組織が形成されつつある。


「なんとしてでも阻止したい」

「なんとしてでも止めなきゃ」


 呉と十夜、2人の声と思考が重なった。


「話と理解が早くて助かる、こっちで解決出来そうなら人を回すんだが……生憎さっき言った通り、精鋭が一気に減ってしまってな、情けない話、任せたい」


「何が情けないのさ、今考えうる最高の選択を取れてるよ。蟹討伐、承った」


 そう言って十夜は受話器を置いて、メイド2人に向く。


「蟹の完全体を討伐する。恐らくだけど九尾狐が関係しているから、2人にも来てもらいたいかも」


「無論です」

「当たり前」


 2人は手と声を合わせて言う。


「言うまでもないけど相手は完全体。能力だって未知数だから、絶対油断しないようにね、君達の身に何かあったら()()()()()()()()()()()


「それはこちらも同じ想いです。今は十夜様が私達の主人、何かあられては今度こそ私達は」


「ロスさんは優しいねぇ、でもね、大丈夫」


 十夜は自信たっぷりに自分の胸に親指を突き立てて言う。


「僕強いから」


 さて、と言って、いくつかの書類をファイルにまとめて鞄に入れて、十夜は立ち上がる。


「帰ってきたばかりだけど、出掛けるよ」


「承知しました」


「でもどこにー?」


「いざ、兵庫県城崎郡にっ!」


 怪異専門独立傭兵。これが、八雲八夜の兄、八雲十夜の仕事である。

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