VS自分
まるで死体のようだ。目は虚で、肌は土気色、そもそも呼吸をしていない、つまり生きていない。八雲八夜を模した人形、いやロボットなのか?
『ヨルが2人いる、可愛い、神か?』
「いや、ロボットか何かでしょ……いや、でもこれ」
「何をボケっとしてる」
唖然とする八夜に、カイシは手を鳴らして言う。
「あ、あの……これは、その」
「さっき言ったろ、俺が作った」
「いや、そういう事じゃなくて……いやそこも十分意味不明なんで説明欲しいんですけど……いや、説明して欲しい事だらけなわけで……えっと」
「それらはお前が今どうしても絶対に知っておかなければならない事か?」
八夜の肩が無意識にビクリと震える。カイシの声に、明らかな怒気が含まれていたからだ。とてつもなく苛立っている。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと始めろ、と、言われているようだった。
「知ったところでどうにもならん、今やれる事だけをしっかりやれ」
「わ、分かりました……それであの、どうすれば?」
「どこでもいいから触れ、それでスタートだ。さっきも言ったが、コイツを倒せばいい」
それだけ言って、カイシは壁にもたれた。そのまま様子を見るつもりらしい。その都度指導はくれるのだろうか? いや、ごちゃごちゃ考える必要は無い、また怒られる。
「えと、じゃあ……始めよっか」
『気は進まないなー、偽物とは言えヨルと戦うなんて』
「そんな事言ってたらまた怒られるよ、じゃあ、行くよ」
恐る恐る、微動だにしないもう1人の自分の頬に触れる。ふにっ、とした柔らかい感触が指に伝う。
「え、ロボットじゃな──いっ!?」
触れた手を掴まれた。さっきまで死体のようだった目の前の八夜が、目に光を宿し、こちらをしっかりと見つめてくる。掴む力が段々と強くなり、少しずつ捻り上げられる。
「やばいっ! 『黄昏』っ!」
咄嗟に変身し、目の前の自分を蹴り上げる。腹に直撃し、よろけた隙に手を振り解いた。
「いきなりだな……」
困惑する八夜に、カイシがため息混じりに言う。
「実戦がよーいドンで始まると思ってるのか。ほら、来るぞ」
見ると、何故か偽物は口をパクパクさせていた。何か言おうとしているのかもしれないが、声どころか息すら漏れていない。しかし、猛烈に嫌な予感がする。その口の動きは、すごく身に覚えがある。
「ま、まさか」
予感的中。自分とはやや違うが、偽物の体がぐにゃりと歪みナイト・ウォーカーへと変身した。手元に現れる剣と盾、偽物はそれらを構えて──盾を投げつけてきた。
「うわぁっ!?」
咄嗟に回避するが、その威力に驚愕する。背後の壁に突き刺さっていた、もし直撃していたら上半身と下半身が離れていたかもしれない。
威力に驚愕、そんな事をしている暇なんて無いという簡単な失敗に、遅れて気付く。コレは、自分がよく使う手だ。
慌てて振り向くが、時すでに遅し。偽ナイトは既に目前に迫り、剣を振りかざしていた。
「っ!」
瞬時にこちらも剣を出現させ受け止めるが、助走有りの攻撃と、行き当たりばったりの防御では入る力が全然違う。手に伝う感覚で分かる、こちらの剣が折れる。
ならば押し返す事はやめる。代わりに渾身の力を込めて体の重心をズラした。こちらも体勢を崩す事になるが、受け身を取る準備ができている分復帰は早いはず、それに引き換え相手は力を込めている分その勢いで予想出来ない倒れ方をするだろう。綱引きで急に力を緩められるようなものだ。
立場逆転。少しズルい気もするが、倒れた隙に腕が脚を折れば戦闘不能になるはず。
作戦通り、八夜はわざと転倒する。剣から逃れる為に横にズレるように。目論見通り、偽ナイトはまるで引き込まれるように体勢を崩した。そのまま前のめりに倒れて、あとは予定通り。
「や、マジ!?」
偽ナイトは、まるでその作戦を見透かしていたかのように、右足を大きく踏み込んで転倒を阻止、そのまま倒れたままの八夜を逆に強く蹴り飛ばした。
鎧同士がぶつかり合う重い音が響き、八夜が地面を転がる。ダメージはそこまで無いが、蹴られた腹部の装甲から嫌な煙が立っている。もし破られ、直撃を受ければまず助からないだろう。
作戦を読まれ、逆に利用された。こんな芸当自分には到底出来ない。
「これを……あ、やば!」
再び、気付くのが遅かった。倒れた八夜の右腕を偽ナイトが踏みつけ動きを阻止する。同時に胸を膝で押さえつけられ、上体の動きも封じられた。偽ナイトはその状態の八夜の首に、剣を突き立てる。
やろうとしていた事を全てやられ、尚且つトドメはその上を行かれている。完全に負けた。偽物とはいえ、自分に。
「止まれ」
剣が首を貫こうとした瞬間、カイシが言う。すると、偽ナイトの動きがピタリと止まり、変身も解け、最初と同じ人形のような状態になった。
「あ、ありがとうございます」
「俺とやるよりはマトモに戦えていたが、それにしてもだ、なんだ今のザマは」
「うぐ……同じ姿だからと油断しました……実力も同じだろうと」
「同じだよ」
カイシの言葉に、一瞬思考が止まる。同じ? はて、同じとはどういう意味だろう。
「現時点で、今のお前はこのぐらい動ける。力も速度も、攻撃パターンも全く一緒だ」
「そ、それは……買い被りすぎですよ、実際あっさり負けちゃいましたし……」
「唯一違う所があるとすれば、コイツは決して容赦しない、完全に戦闘に特化したヨル、という事だ。お前はコイツに勝たなければいけない」
そうじゃなきゃ話にならない、と言って、カイシは偽ヨルを抱えて修練場の真ん中へと再配置する。
自分を超える、というやつだ。かなり物理的ではあるが、実際分かりやすくて良い。コレに勝つ事が出来れば、一つ先に進める。
「よし……やるぞ!」
自分の頬をパチンと叩いて気合を入れ、再度偽ヨルの肩に触れる。直後、即座に拳を突き出して攻撃を仕掛けてくるが、さっきまでと違ってコチラは変身したままだ、更に言えば、来る事は分かっている、不意打ちじみた一戦目と違って、有利なのはコチラ。
「生身のパンチなんて効かないよ! いくら私でもそんな事……」
これも再び、猛烈に嫌な予感がした。パンチというか、拳を頭部に当てただけ。そっと触れただけ、攻撃とすら認識できないその行為が、本当に無意味なわけが無い、そう思った時にはすでに遅かった。
突如拳から赤黒い肉塊のようなものが膨れ出し、あっという間に八夜の全身を覆う。ドクンドクンと脈打つソレは、徐々にその鼓動が速くなり、そして──。
大爆発を起こした。
装甲が弾け、変身が解ける。鎧のおかげで多少はダメージの軽減があったとはいえ、全身を襲った爆発は、五感の全てを奪うには十分すぎる威力だった。まるで人形のように立ち尽くす八夜と、トドメを刺そうとする偽ヨル。
あっという間に逆転する立場に、カイシは本日二度目の大きなため息を吐いた。
「やれる事だ、そいつが出来る事は間違いなくお前が出来る事。今一度確認して、自覚しろ、お前はもう常識の外にいるんだ」
カイシのその言葉を最後に、八夜の意識はプツリと途切れた。剣が喉を貫通した事を認識出来ないまま、闇に落ちていった。




