第2部 血まみれの愛 23
森山と俊は二人で居酒屋で食事をしていた。指令が来ない限り行動は自由だったものの、二人はどこへ行くにも一緒に行動していた。理由は簡単で、研究所から出ても、知り合いが誰もいないからだった。俊は実家と断絶状態だったし、森山も事情は同じだろう。
一般の人と付き合うにしても、JSである自分の身分を隠さなければないのが億劫だった。彼らと一緒に食事をしたとしても、青春時代の大半を研究所内で過ごしたというのに、どうやって話さずにいればいいのだろうか。
仕事以外にヌシや館野と付き合うなんてあり得ない。結果、森山と一緒につるむしかなくなる。
「あれからヌシと会っているのか?」
「会うわけねーじゃん。俺を殺そうとした奴だぜ。あんな奴、はっきり言って顔も見たくねえよ」
「そうか……」
憤りの表情を見せる俊に対して、森山はさらりといなすように視線を下へ落とした。最近お気に入りの梅酒ロックを手にとって、一口飲む。
「あいつも、そんなに悪い奴じゃないと思うけどな」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。最低だ。お前はまだ、昔のイメージで見ているだろ」
酔いも手伝い、少々絡み気味になっているのを意識しながらも、やめられなかった。
「ちょっとそう思っただけだ。気にするなよ」
「ホントにひでえ奴なんだよ」
半分残っていたビールのジョッキをすべて飲み干し、インターホンで追加を頼んだ。
「お前、あんまり酒が強くないんだからさ、そんなに飲むとまた病院送りだぞ」
「俺たちはもう大丈夫らしいぞ。いくら飲んでも危険になったら、〈奴〉がブレーキをかけるんだ」
〈奴〉はアグノーの隠語だ。 保護庁以外で安易にアグノーの名前を使えば、パニックが起きかねない。
俊は届いたビールを胃に流し込み、げっぷをした。既にかなり酔いが回っており、座っていても、体がふらついている。ヌシの話なんか出すからだと怒りながら、飲むペースが速まる自分を抑えられなかった。
「あいつ、館野と別れたらしいな」
「へえ。そうなんだ」
「なんだ、気にならないのかよ」
「なんでだよ」
「好きだったんじゃないのか。あいつのこと」
「バカ言うな。あんなの好きになれるわけねえじゃん」
「そうなんだ。でも、一瞬顔がひくついてたように見えたがな」
森山の口元が少し笑っていた。
「気のせいさ」
気のせいじゃなかった。動揺しているのは自分でもわかったが、悟られたくなかっただけだった。
がれきの中、憎しみで顔をゆがめて自分に向かってくる顔。泣きながら自分に抱きついてきた夜。由衣と教室でケラケラ笑い転げていたあの日。それぞれの顔を思い出すたび、憎しみといとおしさが入れ替わり、頭は混乱していく。
酔っ払った男女の笑い声が響く、こんなに騒がしい中でも、自分がひどく孤独なのを感じていた。
「そりゃそうと、この間、保護局にいた堀田さんが死んだのは知ってるだろ」
「ああ。確か急性心不全だってな」
「それ、病気だと思うか?」
ジョッキを持った俊の手が止まった。
「〈奴〉を使えば病死に見せかけられるよな」
「誰かが殺したというのか」
「酔っ払い、声がでかいよ。もう少し小さな声で話せ」森山が身を乗り出し、顔を近づける。「仮の話だ。現実問題、昼間に脱走JSが堀田さんの職場まで行くのは自殺行為だ」
「確かにそうだろう。だったら、取締班のメンバーがやったとでも言うのか」
「わからん」
森山は梅酒を飲み干した。
十時を過ぎたので、二人は居酒屋を出て、アパートへ戻った。それぞれ別々に住んでいたものの、心細いせいもあり、歩いて三分程度しか離れていない場所を借りている。飲んでいた居酒屋も、アパートから二百メートルほど歩いた場所だった。
おぼつかない足取りで階段を上った。体の表面は火照って熱かったものの、芯は寒く、震えていた。頭の中では、ヌシと館野が別れたという森山の言葉が、勝手にリフレインしていた。意識からはじき出そうとするが、酔いのまわった頭では理性の力が弱い。笑ったり憎しみを浮かべているヌシのイメージが、いつまでも暴れ回っていた。
部屋に入って鍵を掛けると、急に吐き気を覚え、トイレへ駆け込んだ。便座を上げると同時に、口から居酒屋で飲み食いしたものが吐き出されていく。同時にヌシのイメージも一緒に吐き出されていくような気がして、少し気分がよくなる。
堀田の話は既に俊の意識から完全に消えていた。




