第9頁 エンゲージ
航海2日目──食料庫にて。
「あれ?冷えが悪くなってきたな?」
食料庫を冷やしているクーラー魔術は、拡張式で持続時間を伸ばしてあるが、それでも大体6時間くらいで切れるので、その都度再起動させている。
だが、今回は魔術の調子が悪い。いつも通り念じても、魔術式に置いた手のひらが冷たくなる程度だ。
「島を離れて魔力が薄くなったからだろう。強めに魔力を込めてみろ」
俺の背中にもたれかかっているカプラからアドバイスが。重い……あと弾力が凄い。
カプラは俺が作業をしていると、何かともたれかかってくるのだ。
しかし、最初こそドギマギしていたが、2年もされ続けた今となっては平常心。
……なんてことは一切なく、むしろ最近はヤギの状態でもドギマギするようになってきた。
単純接触効果とパブロフの犬によって、ここまで歪められてしまうとは、我ながら度し難い単純さだ。
閑話休題。雪の結晶の絵に再び手を置き、雑念を払うようにいつもより強く念じてみる。
「ふぐ、ぐぐぐ……」
「まだ足りないぞ。ほらもっと」
歯を食いしばり、手に力を込める。俺の顔はおそらく真っ赤になっているだろう。
「ふぐぬぬぬぬあッ──!」
1分ほど力を込めて、ようやく冷気が出始めた。俺は強い脱力感に襲われて床に座り込み、息を荒げる。
魔力を一度に沢山消費した時に起こる、軽度の魔力欠乏の症状である。
調子に乗って複雑にし過ぎた魔術を起動しようとした時など、それは酷いものだった。脱力感に加えて、二人が何言っているのか分からなくなった。
「ゼー……ハー……」
「ほら、これ飲んでおけ」
カプラから渡されたココナッツジュースを、一息に飲み干す。
「ありがとうカプラ……」
「二人とも〜!ちょっと甲板に来とくれ〜!」
マーレの声がハッチの方から聞こえる。
「呼んでいるが、お前はどうする?」
「まだ動けない……後から行くと伝えてくれ……」
「そうか、わかった」
* * *
年季が入って所々傷んでいる帆船が、大海原を突き進んでいる。
一般的な商船に比べて一回り小さい船体。その左右に3つずつ配された砲門は煤で黒ずんでおり、放たれた砲弾の数が並大抵でないことが感じとれる。
甲板には大小様々な傷跡を持つ、血の気の多そうな男達。
その中に、一際目立つものが一人。貴族のようなコートを羽織り、黒い髭を蓄え、左目に眼帯をつけた、左の腕と頬がない男。
「船長!船です!どうしやすか?」
船長と呼ばれたその男は、歯の抜けた小柄な船員の男から手渡された、望遠鏡を覗き込む。
遠くに見える船のサイズを見て、すぐに望遠鏡から目を離し、怒りを露わにする。
「あぁ?小型船じゃねぇかよ。すぐ逃げられるし割に合わねぇっての。ネズミ追っかけるくらいなら、”荷”をとっとと売っぱらってデカい商船襲う方がいい」
「でも、女とガキしか見当たりやせんからいけそうですぜ?それに、女のツラと身なり、かなり上等ですぜ」
再び望遠鏡を覗いた船長の男は、鋭い目で女を値踏みするように見回し、それから船をじっくりと検分した後、歪んだ笑みを浮かべた──
* * *
若干の肌寒さを感じ始めた頃、脱力感が抜けて、ようやく立てるようになった。
ハッチから甲板へ出て、二人に合流する。
「ごめん二人とも……それで、なにがあったんだ?」
「ノゾミ!見とくれ、小人じゃ!」
そう言うマーレの指差す先を見ると、昨日見たばかりのクラバウターマンの姿が。
……また?
両手を大きく左から右へと振る小人。
ジェスチャーをするその小人からは、昨日とは違い、焦りが見て取れる。
──右へ進路を変更しろ、ということだろうか?左から何かが来るから?
「……嫌な予感がする〜!」
ズボンに引っ掛けてある、お古の望遠鏡を覗き、船の左方を見る。
すると、こちらの船より二回りほど大きい船が一隻、こちらへ幅寄せするように航行していた。
貨物船には少し小さい船体に、黒い帆、そして砲門の数からして明らかに戦闘用の船舶。
海賊だ。
「マーレ!カプラ!あの船から全力で逃げるぞ!」
ドウッ──!ドウッ──!
二発の砲撃。それは、船の眼前へと的確に落下し、大きな水飛沫を上げる。
「撃ってきやがった!」
「懐かしい音だなぁ……」
「ノゾミ!どうするのじゃ!?」
突然の砲撃に、三者三様の狼狽えを見せる。カプラなんか平気そうな顔しながら俺の陰に隠れている。
その姿に少し冷静さを取り戻し、砲撃を続けない相手の意図に思考を巡らす。
──無警戒に横っ腹晒して進んでたんだ、当てようとすれば当てられたはず。
それなのに、わざわざ前に落としたってことは、今のは警告だろう……逃げようとすれば、おそらく沈めに来る。ならば──
「あの船に思いっきりぶつけに行く!カプラ!乗り込んで船の連中をボコボコにしてくれ!」
「……その前に撃たれて沈められるんじゃないか?」
「大丈夫だ、そこは考えてある」
* * *
「船長!船がまっすぐこっちに来やす!」
「なにぃ!?ぶつける気かァッ!一、二発ぶち込んだ後こっちからぶつけるぞ!白兵戦の用意しとけ!」
船長から砲撃命令を受けた砲手達は、急いで砲弾を大砲に装填する。
それを見守る、腕に抉れたような傷を持つ岩のような大男は、迫力のある野太い声で命令を下す。
「砲撃用ぅ意ッ!」
『なるべく引きつけろ!外すなよ!』
伝声管を伝って船長の声が響く。
正面切って向かってきているため、被弾面積が減っており、小さな船体と相まって、距離があると撃っても当たらない。
砲撃を受けて真っ向勝負に来るような奴等に、今更牽制砲撃など無意味だ。故に、ギリギリまで引きつける。
長く海で共に戦ってきた船長の意図を、一瞬にして理解した砲手長の大男は、対象の船を凝視する。
そして、どんなに速力があろうと、回避が不可能な距離にまで船が迫ったのを確認し、砲手長は息を吸い込む。
「……て──」
砲手長が砲撃の号令を行う直前──
小型船の甲板が、強い光に包まれた。




