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海山羊に関すること〜異世界周航記〜  作者: 碁式游
第一章 人を売り買いする者

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第8頁 小さき密航者

海の日に間に合わなかった……


「もう島も見えなくなったな」


船尾でじっと水平線を見つめるマーレを見ながら呟く。水面を走っていた光の帯も消えて、辺りはとうとう、見渡す限り青一色の世界だ。


「それで、どこへ行くんだ?」


藻塩の入った小瓶を片手に、カプラが話しかけてくる。

実家の島では特産で、作り方を知っていたから作ってみたが、随分と気に入ったようだ。


「島から西にある、墓守達の出発点の国、イスパーニャだな。半島に位置する、貿易で栄えた海洋国家だそうだ」


こっちの世界にも、高緯度帯には東から西に吹く、貿易風のような恒常風がある。この風に乗れば、航海術が未熟でも簡単に航海できるのだ。

それに、墓守から東には行くなと、念を押されていた。海流に乗っての航行は難易度が跳ね上がるため、元より西に向かうつもりであったが、一体何故だろうか……


「そうか……つまり、私の母の故郷か」


行き先を聞いたカプラは、甲板に座り込み、藻塩を摘みながら物思いに耽り始めた。


「塩は程々にしろよ……?」


「あぁ……」


「1たす1は」


「あぁ……」


「角触っていいか?」


「あぁ……」


──ダメだ。生返事しか返ってこない。


船尾にいるマーレに声をかけに行こうと、カプラから目を離すと、甲板を動く影が一つ、目に入る。


「ん?あれは……」


目線の先にいたのは、陽気に踊る老いた小人。手のひらに乗りそうなほど小さいそれは、ナイトキャップ様の水夫帽、乗馬ブーツに黄色いホーズといった出立ちであった。

……それは、欧州における、船に人知れず棲みつき、船の安全を守護する存在。船の凶事や沈没の前触れとしてのみ、人前に姿を表すとされる、ある精霊と類似していた。

そう、曰くクラバウターマンと。


──え?早くない?まだ出航したばかりだぞ……


こちらの視線に気づいた小人は、軽快なステップを踏んで目の前を横切り、ハッチをすり抜けて船内に入っていった。


「ちょちょちょ待て!」


船室に入って小人を探す。

入ってすぐは貨物室。墓守達から譲り受けた金銀財宝や本、衣服や道具の類と、光る鉱物などの、島で集めた使えそうなものが、所狭しと並んでいる。


「何処に隠れた……?」


トントントン──木を叩くような音がした方を見ると、小さなトンカチで木箱を叩き、大きな身振りで自分の存在をアピールしている小人の姿が。


「あっ!いた!」


俺が気付いたことを確認すると、小人は扉をすり抜け、船室のより奥へと入っていった。


扉を開けて再び小人を探す。扉の先は調理場兼食料庫。塩漬けの魚に干物の魚、12種の果実に調味料、そして水とワインの樽が収容されている。

そしてここは、雪の結晶のような模様を描いた紙を貼り付けてあり、それを用いた魔術を使って10℃前後に保っている冷蔵室だ。

顔に紫色のシミを付けて、ワイン樽の影からのそのそと出てきた小人は、ブルブルと小刻みに震えていた。


「寒そう」


ゆっくりと歩いて部屋を出ていく小人。此処にはワインを飲みに来ただけで、どうやらまだ終点ではないらしい。

再び寝室を通り、次は反対側、船尾に当たる方へ向かう。

そこにあるのは寝室兼作業場。二段ベッドが両脇に配置され、長机が一つ置かれた空間。長机の上には大きく複写された海図がある。


「さてと、君は一体何を伝えに現れたんだ……?」


小人は、引き出し収納の上に鎮座していた。その足元には二つ折りの紙束。


「あれ、こんなのあったかな?」


紙を拾い上げて開く。


『我が弟子へ。この手紙を読んでいるとき、君は愉快な小人《精霊》に出会っているだろう。それは私からの餞別だ。気休め程度ではあるが、船を守り、危機を知らせる』


「墓守《あの人》の仕込みか……」


中々粋な見送りをする。それはそうと、弟子って言われるの初めてだ。確かに短いながらも師弟とも言える関係だったが、そう呼ばれるとむず痒いものがある。


続いて書かれているのは、関わりのあった人々のことを日誌に仔細に書いているから活用してくれ、とのこと。それから、現在のポートウスの情勢についての考察。

見送りの言葉より、役に立つ情報を優先するのはあの人らしいな……


『──ポートウスに着いたら紋章を見せるといい。身分証明の助けになるだろう。最後になるが、君達の旅路に祝福を。

追伸。後の2枚はマーレとカプラそれぞれに宛てた手紙だ』


2枚……いや3枚あるな。筆跡も1枚だけ違う。

これは……師匠、まんまと利用されたな。


「ノゾミ〜!どうしたのじゃ〜?」


マーレが船室に降りてくる。マーレの声で我に帰り、小人のいた場所を見ると、姿を消していた。


「手紙だ。2枚はマーレ宛て、1枚はカプラ宛てのだ」


2枚の手紙をマーレに渡す。


「われのは2枚なのか?……これは!」


かぶりつくように手紙を読み始めたマーレを一人にし、甲板にいるカプラに手紙を届ける。


「ほい、手紙だ」


怪訝《けげん》そうな顔で手紙を受け取ったカプラが、文面を見て目を丸くする。


「ふん……アイツめ、見送りに姿を見せないと思ったら、こんなことを……」


カプラに渡した手紙、その裏にも文が書かれていることに気付き、自分宛てのを裏返すと、小人の絵と、師匠のとは違う筆跡で「マーレをよろしく」という一言。

この絵は、精霊であるクラバウターマンを通して、保護者《セレスティオン》が見守っているという意味だろうか?


「師匠の粋な計らい、いいように使われまくってるな……」


しばらくして、悩みが少し晴れた顔をしたカプラが手紙を手渡してきた。


「読み終わったのか?」


「あぁ。母の故郷の場所が書いてあった。それと、塩の有名どころの情報だとかも」


故郷はポートウス北部の山岳地帯だと書かれている。

それはそうと、長い付き合いのカプラにも、見送りの言葉は一文だけか……もう少し書くべきだぞ、師匠。


「さて、昼食にするか。幸い、あの人のおかげで、危険が迫れば知らせてくれる仲間が出来たし、みんなで揃って食べるとしよう」


「私は塩漬けの魚が食べたいぞ。藻塩をたっぷり付けてな」


「そうするか。出航祝いだ」


彼《小人》の分も、用意しておくか。


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