第6頁 難破船と墓守
無人島生活3日目。今日の朝食もさくらんぼだ。次の実の季節までさくらんぼか魚だけというのはつらい。
「次の季節はもう2、3日もすれば来る。それまでの辛抱じゃ」
「よかった……」
遠くに飛ぶ鳥を、飢えた目で見つめながら、砂浜を3人──今は1人がヤギなので2人と1匹で歩く。
普段は四足で歩いているのに、シーツを纏って二足歩行なんてしたら転ぶのは目に見えているから、こっちの方がいいだろう。俺にとっても、シーツお化けの美人よりデカいヤギの方が気が楽だ。
砂浜をしばらく歩き、森を越えると──
「これが、カプラを乗せていた船か」
潮風と波によって侵食された木造船が、岩肌に刺さっていた。最大でも20人は収容できるほどの大きさの船。その甲板には、中ほどから圧し折れたマストが。しかし、帆はない。ただし、千切れてなくなったわけではなさそうだ。持ち去ったのだろう。
「しかし、立派な船じゃの〜」
確かに、ほとんど禿げてはいるが、当時は目を惹いたであろう色鮮やかな塗装の跡があり、意匠も凝っている。金まであしらわれており、この船に乗っていた者達の目的は、貿易というよりは、使節であったという印象を受ける。
しかし同時に、所狭しと並ぶ錆切った大口径の大砲からは、その船が大規模な海戦を想定していたように思える。
船体をよく見れば、大きな損傷は嵐や座礁など、環境的な要因によって受けたものというより、砲弾を撃ち込まれたような……いや、それよりもっと大きく、重たいものを叩きつけられたような跡だ。クラーケンにでも襲われたのだろうか。
近寄って穴の空いたところから船内を覗き込んでみるが、ほとんどものがない。帆同様に物資も持ち出したのだろう。ますます、あの小屋がお宝部屋に思えてくる。
「相変わらず、無惨なものだ……」
哀愁漂う瞳で船を眺めるカプラ。彼女の記憶の中にあるこの船は、一体どんなものだろうか。
この船と、その船員たちが形作った彼女の記憶は、一体どんなものだろうか……。
装飾の金を取っておこうかと思っていたが、やめておこう。これ以上寂れたこの船を、見たくなくなった。
「……よし、マーレとの約束通り、砂浜で遊んでいくか!」
──小屋のお宝探しはその後だ。
* * *
元来た森を引き返す3人。
笑顔で先を進む小さな少女と、顔に影を落とした最後の古き友。そして、その後ろを歩く、友の一人にどことなく似た雰囲気の、異邦の少年。
「何して遊ぶかのう!なぁノゾミ!……あれ?」
「ん?アイツどこ行った?迷子か?」
* * *
──目の前が真っ白だ。突然霧に覆われて2人を見失ってしまった。
「おーい!マーレ!カプラ!」
返事はない。だが、まっすぐ歩いていけば、砂浜に出るはず……
しかし、その考えも裏腹に、霧を抜けた俺の目の前に現れたのは、開けた平地だった。
そこには、文字のようなものが刻まれた、平たく四角い石が並んでいる。それはまるで──
「墓地…?」
「我々の夢の跡。そして、取り替え子らの、安息の地」
声に振り返ると男が立っていた。
男は、喪服を思わせる黒い服の上に、金をあしらわれた白く荘厳なコートを肩から下げており、冠婚葬祭を一度にやろうとしたような服装である。特にコートは、欧州貴族、または海賊船の船長を想起させる造りで、あの豪華な船に乗っていた者の服だと確信できるものだ。
我々の、ということは、ここにあるのは船員たちの墓だろう。あの船に乗り、カプラと旅を共にした者たち。だが後者には心当たりがない。
「取り替え子?」
「取り替え子。精霊の終の場所である此処、セレスティアの近くでは、人の子は幼い頃に魂を、精霊に食われてしまうことがある。その子らは、忌み子としてここに捨てられる」
「それは……まさかマーレも」
「あの子は特別だ。逆に、精霊を食らう力を、生まれる前から持っていた。しかし残念ながら、両親に取り替え子と勘違いされ、ここに連れて来られたのだ」
「勘違いされたって……人と変わらないように見えますが」
「今は力の使い方を学び、落ち着いているが、此処に来た時のあの子は、食らった精霊の魔力を御しきれず、体から魔力が迸っていた。取り替え子もまた、空の肉体に精霊が入り、そのような姿になるのでな」
──なるほど……赤子の頃から此処にいるのはそういうわけだったのか。
「忌み子のことは、あの子も知っていることだが、あまり触れないでやって欲しい。そして、此処のことも、あの子には隠してくれ」
「わかりました」
「ではな。あちらをまっすぐ進めばあの子らがいる。それと、君が探しているものは、小屋の中にちゃんとある」
男が差した指は、うっすらと向こう側の景色を写していた。
「最後に一つ、貴方のことを聞いてもいいですか?」
「……世界の果てを越える夢を背負ったあの船に乗った、しがない魔術師だった。今はひとりの墓守だ」
懐古と無念の表情を浮かべる男に礼を示し、墓場を後にする。
「カプラによろしくな──」
目の前が白い霧に包まれて──……白い毛に包まれる。
「ん?お前、いつの間にそこにいたんだ?」
「カプラ?」
「ノゾミぃ〜!心配じだぞ〜!」
飛びついてきたマーレの顔は、涙と鼻水でぐしょぐしょだった。持ってきていた布でマーレの顔を拭く。
「心配かけてごめん。じゃあ遊ぼう!」
「ぐずっ……うむ!」
靴を脱いで、波打ち際へ行く。
「そぉれっ!」
パシャァン──マーレに海水を浴びせる。
「やったのう?!」
バシャァァンッ!!──マーレが応戦する。
水掛け合ったり、砂浜を走ったり、コテコテの恋愛ドラマみたいな遊び方をしている俺たちを、カプラは座ってじっと見ているだけだった。水遊びは苦手なのだろうか?
しかし、何の道具もないと遊びに幅がないな……マーレが楽しそうだから良いが、次は色々用意するか。スコップとか、替えの服とか──
のしっ……背中に感じたことのない重圧を受ける。
「重ッ!カプラッ!その体格でのしかかられると、潰れるッ!」
カプラは素直に背中から降りて、また座り直す。だが、その顔には翳りがあるように見える。構ってほしいのだろうか?だが、どう構えばいいのか……人として、それともヤギとして?
……今はヤギだし、ヤギとして構うか。
角に軽く触れてから、指を立てて頭を搔く。頭を傾けて来たから、これで合っているようだ。そのまま、うなじを辿って背中へと範囲を広げていく。心なしかウットリとした顔をしている。
「マーレも撫でてやってくれ」
「珍しいのう、カプラがここまで弱った顔をするのは」
カプラはただ黙ったまま撫でられていた。
「さてと、そろそろ昼だし帰るか。お宝探しもあるしな。次はもっと遊べる道具を揃えてから来よう」
「分かったのじゃ!」
小屋に帰って昼食を済ませたら探索を始める。
「あったあった」
小屋の物置部屋、そこにある箱の中に丁寧に仕舞われた、仕立てのいい船員服が18着。作りはあの墓守の服と同じだが黒くはない。そしてコートが6着。色はバラバラだ。その中から緑を選び、船員服と一緒にカプラに渡す。
「カプラ、これ着てみてくれ」
「分かった」
──小さめの服は……ないな。ダボダボでもワンピース代わりにはなるか。
青のコートとシャツだけをマーレに渡す。
「マーレはこれを」
「うむ!」
2人が着替えている間に探索を進める。いくつかの本と信書、ちょっとした豪邸が買えそうなほどの金銀財宝、それと──
「あった……帆だ」
「ノゾミ!着替えたぞ!」
カプラは背が高く顔立ちもキリッとしているから男装でもよく映える。胸の辺りが少しパツパツだが……。マーレは、袖余りすぎだな……袖を紐で縛って短くしておこう。
「うん、2人とも似合ってる」
夜も更けて、先に2人が寝た後、俺は出来立ての紙に万年筆を走らせる。この3日間に起きたことを一つ一つ、記していく。ひと月ほど前まで毎日飽きるほど書いていた日本語が、懐かしく思えてくる。
「タイトルは……そうだな」
異世界漂流日誌。




