第4頁 島脱出計画
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「島の脱出計画を練る前に、この島について知りたい」
「分かった。ええと、図を書いた方が分かりやすいかの」
マーレは水を指につけ、机の上に凸の字と、それに刺さる細長い葉のような絵を描く。すると、水をつけた指が淡い光を放つ。その指でマーレは机に草履のような図を大きく描く。
「インク瓶と羽ペン…そしてこれは、この島か?」
「そうじゃ、水が乾くとこの魔術は消えてしまうから、手短に話すぞ」
マーレは、彼女から見て机の右側に丸を描き、次に、島の真ん中辺りで交差する3本の線を描く。
「まず、日が昇る東はこっちじゃ。そして今いるところはこの3本線が交わるところ、6本の洞窟が合流するところじゃ」
「ふむふむ」
「桜の木は北西の洞窟、魚を獲ったのは北の洞窟の先じゃ。あとは南西に砂浜、南に川があり、北東の洞窟の途中に、セレが普段いた泉がある。その先は森じゃな」
マーレは光る指でトン、トン、と場所を示していく。
「南東の洞窟の先は何があるんだ?」
「あそこは近付かんほうがよい。この島で一番自然豊かな場所じゃからの」
自然豊かが危険の理由に使われるのを初めて聞いた。要するにこの島で生き残ってる強い生物が集まってるってことか…近づかない方が良さそうだ。
机の上の光が静かに消える。
島の地理は把握した。あとはこの島の動植物…これは実際に見て聞いたほうがいいか。
「じゃあ船を造るのは砂浜がいいな。木は川を流していけば労力を減らせる…よし、マーレ!散歩がてら砂浜に行こう!」
──最初に1人でこの洞窟に入った時の入口を、2人で歩く。漂流してすぐの頃には、こんな小さな漂流仲間ができるとは思ってもみなかった。違う世界に来ていたなんてのも、思いもよらなかったが…
入口の方から来た光が体を突き抜けていく。
「この光ってなんなんだ?」
「形を失い、この島に還って来る精霊じゃ。特に川には強い流れが生まれておるから、こうして光として見える。おかげで川の近くの木は生命力に満ちて、とても頑丈じゃから船に良いと思うぞ」
「そうなのか」
滝の水飛沫を全身に浴びながら洞窟を出て川を下り始める。改めて見ると法隆寺の心柱にでも使えそうな大木だ。
「これを斧で倒すのは一苦労だな…あ、そうだマーレ、あとで魔術を教えてくれないか?」
「いいぞ!」
木を切る魔術があるといいな…
──砂浜へとたどり着き、波打ち際を無邪気に走り回るマーレの後をついていきながら船について思案する。
船体の木は問題ないだろう。問題は動力だ…手漕ぎのボートでは流石に心許ない…今後の事も考えてしっかりとした帆船にしたい。というか造船は夢だったから妥協はしたくない!かと言って麻も綿もないだろうし…そうだ、木で作った紙で布を作って樹液でコーティングすれば…?
「ノゾミ、そんなに楽しそうな顔してどうしたのじゃ?」
「え?あぁ、船のイメージをしてたんだ。もう既に大方固まってきたぞ」
「おお、三角の帆にするのか?」
「言霊ってそんな心の中筒抜けになるの?」
マーレの心は全く覗けないというのに、一方的に心を覗かれているのは不公平だ…マーレ個人の才能なのだろうか。
「まぁ、そうだ。キャラベル船って言って、大きな三角帆のおかげで風上にも進める小型の帆船なんだ。大航海時代に活躍した船だな」
多くの船が行き交う大海を、悠々と突き進む一隻の船の絵図が、2人の脳内で展開される。
「さて、ある程度イメージが固まってきたし、一旦戻るか」
「もう帰るのか…?」
寂しげに俯き服を引っ張るマーレ。遊びたい盛りなのだろう…だが、早めに計画を立てておきたい。
「明日もここに来るつもりだから、その時遊ぼう。今日は魔術を教えてくれるんだろ?マーレ先生」
「──!そうじゃったな!フフフ、先生か…!」
見事に晴々とした顔になった。
こうしていると年の離れた姪っ子を思い出す。あの子は今年小5だったか…見送りにも来ていたが、会ったのは高2の夏休み以来で、見違えるほど大きくなっていて驚いた。マーレも、この島を出る頃には少し大きくなっているだろう。
洞窟に帰ると小屋の扉が開いている。閉めて出たはず。壊れたのか?それとも……
「むぐ、あむ、美味い、だが塩気が足りない、もそっと足して…うん、美味い」
裸の女が作り置きの飯を食っていた。
「……誰?」
「カプラ!それはわれらの飯じゃ!勝手に食うでない!」
「少しくらい良いだろう!この塩も私が手伝ったんだ!それに、この量をお前1人では食い切れ…ん?われら?」
カプラと呼ばれた女の、琥珀のような目が、女に頭を抑えられぴょんぴょんと跳ねるマーレを飛び越しノゾミに留まり、下から上まで観察される。
「おぉ、人間だ。マーレ以外の人間を見るのは久しぶりだな」
「ノゾミのことはええから、代わりの食べ物を取ってこい!」
「あぁ分かった分かった……」
カプラはマーレに押し出されるように小屋を出る。
「マーレ、他に人間がいたのか?」
「いや、あやつは人間ではない」
人間ではない?精霊というやつか?なんにせよ猫の手でも借りたい状況だ!
「カプラ…!」
「なんだ人間」
振り向いた彼女の目──黒い瞳孔が、横に伸びていた。ある種の動物に見られる……水平の瞳孔。西洋における悪魔の象徴とも言えるもの。その目に釘付けになり、言うはずの言葉が口から出ない。
「君は…いったい…」
目に釘付けになっているうちに、カプラの手足は動物のそれに変貌していた。白い毛に覆われた腕に、二つに割れた蹄。その変貌は徐々に全身へと移り──尻には小さな尻尾が。頭には立派な2本の巻き角が。
──カプラ。イタリア語、またはラテン語においてヤギを意味する言葉であり、その名の通り、彼女は……ヤギであった。
「見ての通り、名の通り、ヤギだ」
カプラは北西の洞窟へと消えていく。
「カプラは行ったか。では、魔術を教えてしんぜよう!」
「あ、あぁ…」
「と言っても、われもこの本に載っておることをそのままやっておるに過ぎんが」
古びた洋装の書物。装丁の良さから、かなりの貴重品と思われるそれの、1ページ目を開く。
「……言霊は本には通じないか」
読めない。文体からしてアルファベットのような言語であるということ以外、何もわからない。図が書いているが、これが術式か…?
「安心せい、セレに読み聞かせてもらったから大体は教えられるぞ」
「まず、術式は円の内側に基本式、外側に拡張式を、円に沿うように書くのがベースじゃ。基本式だけでも使えるが安定はせぬ。ここに載っておるのは基本式の例じゃな」
直線と丸だけで描かれた回路のような図が並ぶ。高度過ぎて訳がわからない。
「あのインク瓶の魔術はなんなんだ?明らかにここにあるのとは物が違うが」
「この魔術が使いづらいということで作られた、簡易的な魔術じゃ。魔力の通ったもので絵を描き、何がしたいかをイメージすると使える。ただし、できることは限られておるし、力も弱い」
マーレがインク瓶の魔術で虚空に火を描く。すると、チャッカマンくらいの火が出る。
ノゾミも、見様見真似でインク瓶の魔術を使ってみる。火ではなく雷の絵を描き、電気のイメージをする。
パチパチと放電している術式に手を近付けると、静電気が走ったような痛みを感じる。
「痛ァッ!……なるほど」
これがあれば、作れるかもしれない──紙を。
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