第13頁 ジャーキーとチェリー
「牛肉。セレの話に聞いておったが、魚と違ってすごく硬いんじゃのう。あと、噛めば噛むほど味が出る」
唾液で柔らかくなるまでしがまなくては飲み込めないほどの、水分の抜け切ったジャーキーをゆっくりと食べていく。
カプラとセシリアは、余程腹が減っているのか、無言でしがんでいる。
「流石にここまで硬いジャーキーは珍しいけどな……陸に着いたらちゃんとした肉料理を食べようか」
「でしたら、私の屋敷にいらしませんか?これでも伯爵家の娘ですので、それなりのものをご提供できるかと思います」
──伯爵の娘……って、貴族令嬢じゃないか?
「えっと……ソフィアさん。貴族に対して無遠慮な言葉遣い、失礼でしたか……?」
「いえいえ!お気になさらないでください!私どもの方が年若いですし、恩人に立場で遠慮されると、立つ瀬がありません。ここには咎める者はいませんから、変わらず接していただければ」
「そういうことなら……」
「ソフィアは貴族なのかの?」
マーレは興味津々な顔でソフィアに質問する。
「ええ、そうですね」
「おぉ!やはり、大きな家に住んでおるのか!?」
「はい。両手では数えられないくらいの部屋がありまして、沢山の使用人が住み込みで働いております」
「ほぉ〜!綺麗なドレスを着たりするのかの?」
「ええ。今回はイザベラさんの帰省に着いていくだけの個人的な旅行でしたので、このような普段着ですが、パーティでは綺麗なドレスを」
「見てみたいの〜!」
「フフ、よろしければ試着されてみますか?私の幼い頃のものがまだあるはずですので」
「よいのか!?」
マーレは貴族社会という、新しい世界の話を、いたく気に入ったようだ。
「す、すみません、ジュースのおかわり貰えますでしょうか。口の中が渇いてきて……」
ジャーキーを半分ほど齧ったセシリアさんが飲み物のオーダーをする。
「ひょうふぁいふぁ《了解だ》」
カプラは口の中をモゴモゴさせながらオーダーを受ける。
「マーレも水いるか?」
「たのむ」
「ソフィアさんも、水入れてくるよ」
「ありがとうございます」
二人からマグを受け取って食料庫に向かう。イザベラへ持っていくために、新しいマグを取り出し、水を注ぐ。
水を注いだマグを二人に渡して、甲板へ向かう。
「イザベラさん。水どうぞ」
「ありがとうございます」
「どう?海の様子は」
「何もありませんでした。ですが、安心はできません。なにせ、攫われたのは夜のことでしたから」
イザベラは繋がれていた手首を握りしめる。
「そうなんだ……。でも、あまり気を張りすぎなくてもいいんだよ。俺たちもいるし、暗闇の中、この小さな船を見つけるのは難しいから」
「いえ……私が旅行に誘わなければ、あの二人が、こんな硬い干し肉を齧ることもなかったでしょうから……」
イザベラは、少し齧った干し肉に目を落とし、自責の念に顔が険しくなっていく。
伯爵家の娘として、立派であらねばならない。そして、二人の友人として──彼女たちには、あんな恐ろしい目に二度と遭わせたくないのだ。
「少し待ってて」
「……?はい」
食料庫に向かい、あるものを取り出す。
「これ食べてみて」
「リンゴですか……?」
少女の手には僅かに余る大きさの、赤く丸い果実を、イザベラは恐る恐る一口齧る。
「酸っぱい!」
イザベラは予想外の味に大きな声を上げ、目を丸くする。
「……はっ!すみません。取り乱しました……。え?なんですかこれ……?」
「さくらんぼだよ」
「え?さくらんぼ……さくらんぼ?」
イザベラは、自分の中のさくらんぼの味を思い返す。少しの酸味と甘さ。確かに、酸味に驚きはしたが、このリンゴもどきは、さくらんぼの味と合致する。
幼少の時分には、もっと大きく種がなければ、などと思っていた彼女は、空想の実現に僅かに心躍った。
しかしすぐに、これを渡した意図に疑問を覚え、冷静になる。
「……ええと、なぜこれを私に?」
「干し肉以外にも色々あるよってこと。それから、ビックリして気が晴れたでしょ。耳を澄ませてみて」
「……?」
目を閉じて、聴覚に意識を向ける。さっきまでは意識にも入らなかった音が、冴えた頭に流れ込んでくる。船に寄せる波の音、風にはためく帆の音。その中に、友人の楽しそうな声が。
「二人を楽しませたくて、みんなで楽しみたくて、旅行に誘ったんでしょ?なら、楽しまなきゃ。その手伝いなら、俺たちに任せてよ。海賊くらい、ぶっ飛ばしてやるさ」
イザベラの顔から強張りが消える。
イザベラは俺に柔らかく微笑み──
「──ありがとうございます」




