第12頁 夢の巨人
見渡す限り白一色の空間を、色とりどりのクラバウターマンたちが、列を成して行進している。しかし、我が船に住み着いている灰色は居ない。
一糸乱れぬ動きで向かう先には、お爺さんなのかお婆さんなのか分からない、ローブを着た老人が。
その老人は静かにこちらを向いて、話を始めた。
「あの水晶が強く光るのは、蓄えられた魔力が引き出されているのじゃ。最後の一回、魔力欠乏を起こしたのは、蓄えが減って、引き出すのに多くの魔力を必要としたからじゃ」
魔術のせいで気を失ったと思っていたが、石の方だったのか……。
「人間は、魔力を扱う力が弱い。故に、モノの力、そして、人の力を正しく借りよ。それが、巨人を打ち倒す力になろう」
白一色だった世界が、濃霧の海へと代わり、大小さまざまな帆船が行き交う。
その遠くに、黒く、巨大な影が──
海で直立しているにもかかわらず、胸から上が海上に出ている、大きな影。
行き交う船を睨みつけるその影の目は、あらゆる敵を打ち倒さんとする、強い意思が垣間見えた。
「それから、魔力欠乏には気を付けよ。空の器に、良からぬものが入ることもある」
老人が指差した俺の胸の中から、見覚えのある灰色のクラバウターマンが這い出てくる。
地面に降り立った小人は、俺を見上げて、海軍式の敬礼をした。
そんな妙な夢が、ゆっくりとぼやけて消え──目を開けると、大きな巻き角が目に入る。
「目が覚めたか」
俺体を起こし、二段ベッドの下段から出る。
「どんくらい寝てた……?」
「ほんの数時間ほどだ」
「そうか……マーレと、囚われていた人たちは無事か?」
「あぁ」
「なら良かった」
「……すまなかった」
申し訳のない顔で謝罪を口にするカプラ。
意外と繊細なんだよな……。
「いや、俺が油断してただけだ。カプラに非はない」
まだ申し訳のない表情のカプラ。
「むしろ、3人を安全に連れて来てくれて、俺が寝ても、船を動かしてくれたんだ。感謝しかないよ。ありがとう」
「いや……礼には及ばん……」
「まだ足りないか……?」
そういえば、感謝と激励をするって話だったな。
「天才!最強!美人!ええと……立派な角!」
「も、もういい!分かったから……。それより、マーレの方へ行ってやれ」
落ち込んだ顔ではなくなったカプラに安堵し、部屋を出る。
貨物室の椅子に、3人の少女が座っていた。
「君たち、災難だったね」
「助けていただき、ありがとうございます」
少女の一人、1番の年長に見える面倒見の良さそうな子が、椅子から立ち上がり、頭を下げた。
「どういたしまして。俺は碇望海。陸までの間、よろしく」
「私はソフィアです。よろしくお願いいたします。隣の彼女はセシリア。そちらはイザベラさんです」
セシリアと呼ばれた気弱そうな少女は、ソフィアの陰から頭だけ出して会釈する。
イザベラと呼ばれた気の強そうな少女は、椅子から立ち上がり、社交界の女性のような、丁寧な挨拶をする。
「故郷まで送るけど、出身はどこだ?」
「私とセシリアはイスパーニャ人で、イザベラさんはイタリエ人です」
同郷の2人は旧知の仲、イザベラさんとはまだ知り合って日が短いのだろうか。
「なるほど……ソフィアさん。後で寄港先の相談をしてもよろしいか?」
「承知いたしました」
──まずはマーレに起きたことを知らせなければ。
ハッチから甲板へ出る。
外はすっかり日が落ちていた。
俺と目があったマーレは、不安が晴れた顔で駆け寄る。
「ノゾミ!起きたか……!」
「すまん、心配かけた」
「全くじゃ……!ぐずっ……」
「ごめんなさい……」
船で一人、俺たちの帰りを待っていたマーレの不安は、計り知れないだろう。
初めて大きな敵意を向けられて、落ち着く間もなく一人残されて──
今思えば、俺も、初めて砲撃を受けて、気がはやって危険なことをしてしまっていた。
「次あんなことがあっても、マーレを置いていくことはしないって、約束する」
「……絶対じゃぞ」
「あぁ」
くるるるる……
「飯にするか。今日は掻っ払ってきた牛の干し肉だ」
「うむ!」
下へ降りて、3人に声をかける。
「食事にしよう。干し肉の予定だけど、魚と果物もあるぞ」
「干し肉をいただきたいです。3人とも、あまり食べていませんでしたので……」
「わかった。飲み物は水とジュース、どっちがいい?」
「私は水を」
「わ、わたしはジュースがいいです」
「水でお願いします」
「カプラ、ジュース頼んだ」
「わかった」
食料庫に入り、干し肉を6つに分け、軽く塩を振る。
扉の向こうから、カプラの果実生搾りショーに対してだろう拍手が聞こえる。
「賑やかじゃの」
木のマグに水を注ぐマーレが嬉しそうに呟く。
「そうだな。でも、これからはもっと賑やかになるぞ」
陸に着いたら人を雇う予定だ。3人ではあまりに人手不足。
それに、一隻では積める物資にも限界があるから、随伴船も買うつもりだ。
この船の食料庫に入る備蓄は、3人でも1週間分くらいで、貨物室も使えばもっと積めなくもないが、長距離航海には足りない。
それに、海賊との戦いで理解したが、安全のために大砲は必要だ。
巨人……夢で見たアレを倒すのなら、尚更。
「どうぞ、干し肉だ」
「ありがとうございます」
「うぅ……おいしい……」
セシリアさんは干し肉を受け取ると、口いっぱいに頬張る。小さな体格と相待ってリスのようだ。
「私は外で食べさせて頂きますわ」
「イザベラさん?ここで食べていけばいいのに。危険があれば知らせが来るし」
イザベラさんは、俺の楽観的な物言いに猜疑の目を向けて、呟く。
「……不安なのですわ。また同じ目に遭いたくありませんの」
「わかった。気をつけてな」




