第11頁 奴隷
奴隷商売。人類の歴史において、長きにわたり行われてきたもの。
社会構造の変化によって、俺が生まれた時代でこそ罪とされるようになったが、それもたった100年程の話だ。
そして、海はそういった「品物」を運ぶ交易路だったのだ。
新大陸開拓時代の奴隷船の「貨物室」。その構造を知った時は、中世の帆船への憧れが打ち砕かれた。
鎖に繋がれ、首に番号札をかけられた3人の女性は、怯えた顔で俺たちを見る。
「大丈夫、私達は海賊と無関係だ」
カプラは繋がれていた鎖を引きちぎって、安心させる言葉をかける。
「君達は、売られたのか?」
「いえ、誘拐されて……」
良かった……と思うのは、この人達にとっては「何処が」という話だろうが、もし、身売りであれば、解放したところで帰る場所がない。
解放した手前、どこか身を寄せる場所が見つかるまで面倒を見るつもりだが、15くらいの若い娘が長距離航海をするのは、マーレ《野生児》ならともかく普通は耐え難いものになる。
誘拐であれば、帰る場所はあるだろう。無茶な旅には付き合わせずに済む。
「ひとまず、俺達の船に来てくれ」
カプラと囚われていた女性達を、先に行かせて、俺は証拠品の回収のために船長室へ向かう。
「商品リスト、帳簿、航行記録……そして、これは私掠免状?」
私掠船──貴族などの許可を得て、海軍の代わりに、通商破壊や脱掠を行う私兵。
合法的な海賊とも言える者たち。
しかし、誘拐を行なっているのは、こいつらの暴走なのか、許可を出した貴族の、裏の顔というやつなのか……
なんにせよ、公になれば尻尾として切られるだろう。
商品リストから彼女達の記録を探す。
女性を中心とした取引済みのリストの最後に、まだ取引されていない3つの商品を見つける。
彼女達の証言の通り、購入の記録がない。
代わりに記されているのは、客船から「集荷」したということ。
「ひどいものだ……」
その時、部屋に置かれたランタンの明かりが、僅かに遮られたような気がして振り返る。
そこにいたのは、拳を大きく振り上げた、巨漢。
「まだ居たのかッ!」
拳を避けて、追撃を警戒するが、来ない。
代わりに、男は口を開く。
「我々とて理解している」
「……さっきの独り言に対する返事か?」
「あぁ」
「じゃあなんでこんなことを」
岩のような顔の男が、僅かに眉を顰める。
「……お前の名を聞こう」
「望海だ」
「海を望む……我々もそうだ」
満たされぬ目をした男は、部屋に貼られた海図──その右端、オケアノスという字に目を遣る。
「海に生き、まだ見ぬ海を望む。そのためには、莫大な金がいるのだッ!」
拳が再び動き出す──
拳を避けようとするが、狭い船長室では避けきれず、腕で受ける。
「いッてぇ……!」
「この程度では……海を望む者には足りんぞッ!」
拳の連打に、腕が赤く腫れていく。
──もう少し、まだ足りない……
両手の中に意識を集中させる。
左手の石礫と、右手の紙切れ。
意識すればするほど、強い脱力感が襲う。
──もっと……!
「ウグッ……!」
拳から意識が逸れ、腹部に一撃が入り──痛みに倒れ込む。
そして、脱力し──左手が開かれる。
「ぐあっっ……!」
石は砕けた。4度の閃光により限界に達して──
「ありがとうッ!」
窮地を救った石に感謝を込めて、右手を開き、紙を男の体に押し当てる。
その紙には、雷のマークと、威力を高める拡張術式。
バチチッ──……
気を失った男を縛り上げ、証拠を抱えて、ふらつきながら甲板へと上がる。
「……おい」
「はいぃ!」
モゾモゾと縄から抜けようとしている小柄の船員に声を掛ける。
「今からお前の縄を解く」
「え?」
手を縛られたまま海の上で野垂れ死になど、考えたくもない。それが俺のせいなど、いくら海賊でも罪を覚える。
「海賊続けるなり……好きにしてくれ」
回収した証拠を、しかるところに提出すれば、コイツらは私掠船からお尋ね者に早替わり。海軍に狙われる日々になるかもしれないが、それはまた別の話だ。
縄を解いた後は、海賊船に付けたロープを外して急いで自分の船に戻る。
「ノゾミ!大丈夫か!?」
クソ、何言ってるか分からん……
だが、顔を見れば心配していることは分かる。
「俺のことはいい……早く出発するぞ」
風に乗って、海賊船から急速に離れていく。
見えなくなった頃──気が抜けて、俺は倒れた。




