第69話 尾道の午後と、夕暮れの海
坂を下りきると、
再び商店街のアーケードが見えてきた。
ひよりが言う。
「なんか……
さっきより街が明るく見えるね」
悠斗が頷く。
「午後の光やな。
坂の上とはまた違うわ」
すずは静かに言った。
「……影、薄い」
湊はその言葉に目を向けた。
(確かに……
午後の光は影を柔らかくしている)
しまなみの島々の影とは違う、
街の影だった。
商店街に入ると、
レモネードの店の前でひよりが立ち止まった。
「ねぇ……これ飲みたい!」
悠斗が笑う。
「ええやん。
レモンの街やしな」
すずは静かに頷いた。
「……喉、乾いた」
湊も同じ気持ちだった。
(しまなみの風を浴び続けた体が、
レモンの香りを求めている)
四人はレモネードを買い、
アーケードのベンチに座った。
ひよりが一口飲んで目を丸くする。
「すっぱ……でもおいしい……!」
悠斗が笑う。
「走った後の体に染みるわ、これ」
すずは静かに言った。
「……光の味」
湊は胸の奥がじんわり温かくなる。
(レモンの香りと、午後の光が混ざっている)
レモネードを飲み終えると、
ひよりが商店街のお土産屋を指さした。
「お土産……買って帰りたいな」
悠斗が言う。
「せやな。
家族に何か買って帰ろうや」
すずは静かに店内を見つめた。
「……レモンの匂い」
湊は店に入ると、
レモンケーキや雑貨が並んでいるのを見て思った。
(尾道って……
街全体が“黄色い光”みたいだ)
ひよりはレモンケーキを手に取り、
嬉しそうに笑った。
「これ、絶対喜ばれるよね」
悠斗はキーホルダーを選びながら言う。
「俺はこれにするわ。
旅の記念や」
すずは静かに小さなノートを手に取った。
「……光、描けそう」
湊は写真立てを選んだ。
(しまなみの写真を入れたい)
商店街を抜けると、
尾道水道が夕暮れの光を受けて揺れていた。
ひよりが息を呑む。
「……きれい……」
悠斗が目を細める。
「夕方の海って、なんか切ないな」
すずは海を見つめながら言った。
「……光、オレンジ」
湊はその言葉に胸が震えた。
(しまなみの夕方とは違う。
尾道の夕方は、街の影が混ざっている)
波はゆっくり揺れ、
船の音が遠くで響いていた。
加藤先生が言う。
「尾道の夕暮れは“旅の終わりの光”だ。
しばらくここで休もう」
ひよりがベンチに座りながら言う。
「今日……
終わってほしくないな」
悠斗が静かに頷く。
「分かるわ。
でも、終わりがあるから旅なんやろな」
すずは海を見たまま呟いた。
「……風、優しい」
湊は深く息を吸った。
(しまなみ海道の旅……
本当に終わりに近づいている)
四人は夕暮れの海を眺めながら、
静かにその時間を味わった。
オレンジ色の光が、
ゆっくりと海に溶けていった。




